伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?
ポスター
談=堀内紅子
家にはいつも何かしらのポスターが飾ってありました。専門店や画廊で買ったものもあれば、美術館や旅先の観光ポスターなどさまざまです。なかでもパリの地下鉄路線図は役に立つこともあり、ずっと貼っていたかもしれません。姉によれば、二枚目を買いにいったこともあるそうです。
サヴィニャックは父が大好きなポスター作家でした。一目でサヴィニャックと分かる作風で、私たちがフランスにいた頃はまだ現役で、地下鉄の駅や街角にサヴィニャックのポスターを目にしない日はなかったほど。父はもういませんでしたが、サヴィニャックが描いたとしまえんの広告が登場した時はびっくりで、姉が駅員さんに掛け合って、掲示を終えたポスターを大量にもらって帰ってきたこともありました。
もうひとつのマリー・ベルのポスターはいつから目にしていたものなのか…マリー・ベルは「舞踏会の手帖」の主演女優です。父がとても好きな映画でした。
コクトーの名前は小さい頃から聞かされていて、詩人や小説家というよりも、まずは映画「美女と野獣」の監督、そして一筆書きのような絵を描く人という風に思っていた気がします。父に連れられて見にいったミリー・ラ・フォレのチャペルの壁画もとてもかわいくて大好きでした。


世田谷区若林の堀内家のリビングに入ると、たくさんの本やレコード、ガラスの瓶や小さなオブジェ、そして額装されたポスターもいくつか目に飛び込んできます。「どれも古くて、懐かしいというより、当たり前に昔から目に入ってるものなんです」と紅子さんは話してくれました。
中でも棚の上に置かれた、ユニークな絵柄の「まるまって挨拶するポスター」は、色彩も鮮やかで目を引きます。堀内さんが大好きだったというレイモン・サヴィニャック(Raymond Savignac,1907-2002)によるもので、フランスに住んでいる時に、堀内さんがポスター美術館で購入したものです。
ポスター美術館(MUSÉE DE L'AFFICHE)は広告に関わる資料や作品を収集、展示する美術館として1978年にパリに開館しました。フランスを代表するポスター作家であるサヴィニャックが絵を描いたこのポスターは開館記念に作られたもので、美術館の図録の表紙や招待状などにも同じイメージが使われています。ポスター美術館は1992年に「広告博物館」(Musée de la Publicité)となり、今では「装飾芸術美術館」(Musée des Arts Décoratifs)の一部門となっています。ポスター美術館が開館した1978年、堀内家はフランスに暮らしていました。堀内さんは開館するやいなや足を運んだのでしょう。
堀内さんは、1983年より月刊誌「母の友」で「子どものための展らん会」という連載(不定期)を手がけました。絵画、教会の壁画、漫画に至るまで、さまざまな造形表現を「母と子」「いぬ」「おみせやさん」などのテーマで紹介するもので、堀内さんならではの視点で選ばれた絵画やイラストに文章が添えられています。読者は知らなかった絵に出会い、それがどんなものか堀内さんに教えてもらえる、そんな連載でした。1985年5月号(396号)、第13回のテーマは「ポスター」で、サヴィニャックのものも数点紹介されており、このポスターには「リュ・ド・パラディに出来たポスター美術館のためのポスター 幾重にもおじぎしている感じです」と解説が添えられています。ポスターをくるくると巻いたような頭部のイメージは、たしかにそんなふうに見えます。
「ポスターの目的は、目立って、一度見たら忘れないような印象を与えることですが、それが目に心地よく、ホノボノした後味を残すことを以前のポスター画家たちは心がけていたように思います」堀内さんは解説の中で綴っています。作家の手の痕跡がそのままに残るサヴィニャックのものもそうですが、堀内家に残るジャン・コクトーによるマリー・ベルのポスターも柔らかな線の動きが人物の魅力を伝えてくれます。「ホノボノとした後味」というのは、サヴィニャックやコクトーの作品に見られるような人が作り出す手触り、肌触りのようなものかもしれません。「近頃はめっきり、シャープだけど冷たいカラー写真を使うのが流行で、人間の体温が少し不足気味のようです」最後の一文に堀内さんのデザイナーとしての心情が見え隠れします。イラストだけでなく、手書きの文字や地図など、温もりあふれる創作を数多く残した堀内さん。身近に置いていたこうしたポスターの一枚一枚に向けた愛着にその仕事への想いが透けて見えるようです。
(文=林綾野)
次回配信日は、3月28日です。
第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ、第27回 デンマークのヴァイキング人形、第28回 メキシコのおもちゃ(前編)、第29回 メキシコのおもちゃ(後編)、第30回 最後まで飲んでいたスコッチウイスキー、第31回 エピナールの紙人形とおもちゃ絵、第32回 バルセロナの人形、第33回 パリ自宅の棚、第34回 ドイツのカラス指人形、第35回 コーデュロイのコート、第36回 堀内家のシュークルート、第37回 バルセロナから来た黒板、第38回 地図、第39回 クロード岡本さんのタイル画、第40回 岩波手帖、第41回 デルフト・タイル、第42回 長新太さんの絵、第43回 レコードプレーヤー はこちら
・ここで触れた書籍
『ぼくの絵本美術館』
堀内誠一 1998年 マガジンハウス
・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。
「堀内誠一展 FASHION・FANTASY・FUTURE」
2025年 1月22日(水)~4月6日(日)
PLAY! MUSEUM〈東京・立川〉
休館日: 2月16日(日)
「堀内誠一展 FASHION・FANTASY・FUTURE」関連イベント
【PLAY! NIGHT】「堀内誠一展」スペシャルトーク
出演:堀内花子/林綾野
2025年3月22日(土) 18:30−19:30
詳しくは「PLAY! MUSEUMサイト」でご確認ください。
https://play2020.jp/article/seiichi_horiuchi/
・新刊のお知らせです。
『空とぶ絨緞』 堀内誠一 中公文庫
1981年から1983年まで「anan」で連載された「堀内誠一の空とぶ絨緞」は1981年にパリ生活から戻った後の旅行エッセイで、1989年にマガジンハウスで1冊の本にまとめられました。今回未収録の新たなイラスト、文章を満載して初文庫化されました。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。