堀内誠一のポケット 第5回

アート|2021.9.30
文=林 綾野|写真=小暮 徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情

談=堀内紅子
父の仕事の息抜きはクラシックレコードを聞きながらのトランプ遊びでした。愛好していたのは2組のカードを使うスパイダーソリティアです。ダイニングテーブルいっぱいにカードを広げ、ときには1時間以上、1人で遊んでいました。旅先のレストランで料理を待つ間も「ほら、やるわよ」と、トランプを取り出しました。その場合の定番は、場所を取らないページワンです。お腹が空いて機嫌が悪くなる子どものためと言っていましたが、せっかちで待たされるのが嫌いなのは本人もおそらく一緒で、勝負に勝つのも大抵父でした。

堀内が愛用していたトランプ。カードの滑りが悪くなり、シャッフルしづらくなると新しいものに取り替えていたという。古いものも捨てられなかったようで、使い込んだカードが堀内家には10数セットも残っている。いっときパリの堀内家に暮らし、堀内のトランプ遊びをよく見ていたカメラマンの小暮徹さんが「スパイダーソリティア」を再現してくれた。テーブルクロスもパリの堀内家で愛用していたもの。

堀内は1973年4月に創刊された月刊絵本「ひらけ!ポンキッキ」のアートディレクターを約2年務めた。毎号何人もの絵本作家に作品を依頼し、子どもたちの好奇心をくすぐる内容となっている。堀内は作家の人選、コンセプト作り、レイアウトまで手がけた。上は、「ひらけ!ポンキッキ」に掲載された堀内による迷路の絵、下はトランプと小人による「ふしぎなえ」仕立ての安野の絵。

堀内誠一さんの最も親しい友人の一人に絵本作家の安野光雅さんがいます。1970年代より、風景を描きにヨーロッパに頻繁に通っていた安野さんは、パリの堀内家に度々滞在しました。堀内さんと安野さん、共通する趣味、興味はいろいろあったようですが、なんといっても二人とも大のトランプ好きでした。安野さんがパリの堀内家を訪ねるときは、昆布や納豆などの日本の食材、話題の本などを携えてきたそうです。あるときその中にトランプの一人遊びばかりを集めた本がありました。そこに紹介されているトランプ遊びを堀内さんはまずは全て試します。そして気に入ったもののいくつかを毎日のように繰り返していたそうです。ダイニングテーブルで音楽を聴きながらトランプに興じる堀内さんの姿は家族にとって日常の風景でした。
2人が一緒に仕事をする機会は滅多にありませんでしたが、堀内さんが編集とアートディレクションを務めた月刊「ひらけ!ポンキッキ」には安野さんの絵も度々登場します。旅、アート、文学や歴史への興味、トランプ、そして何より絵を描くこと、2人には多くの共通点がありました。戦後の日本で、絵本づくりに深く携わり、好奇心旺盛にさまざまな仕事を手がけた堀内さんと安野さんには特別な絆があったに違いありません。1987年に堀内さんが急逝した際、弔辞を読んだのも安野さんだったのです。

(文=林綾野)

次回配信日は、10月15日です。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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