堀内誠一のポケット 第21回

アート|2022.10.25
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第21回 2冊のまめ本

談=堀内花子


 父の絵本づくりにとくに決まったパターンはありませんでした。束見本をもらうと、表紙にラフをサラサラっと描いて最初の数ページを下描きすることもありました。ですがたいていは紙にそのまま描きはじめていたような気がします。束見本にラフを全ページ描くことはなかったと思うので、この2冊の「まめ本」は、実に珍しいものです。
『ねびえ』と『きこりとおおかみ』という絵本を描いたとき、私たちはフランスに住んでいたので、父は担当の編集者と会って打ち合わせができません。ですので多少は簡略化しているところもありますが、ほぼ全ページを描き込んでいます。小さなサイズにしたのは、フランスから日本に送る航空便の送料を節約するためでした。担当編集者の時田さんが丁寧なやりとりを大切にしながら本づくりをする方だったこともあるでしょう。
時田さんに書いた手紙の中にある「フランス民話絵本集」の構想はいかにも父らしいです。山口智子さんというフランスの伝承民話を研究しながら、ストーリーテラーとしてもすぐれているパートナーあっての提案です。かなわなかったのは本当に残念です。

左手には福音館書店の月刊絵本「かがくのとも」の1975年8月号として出版された『ねびえ』。まめ本の表紙には「かがくのとも8」とある。右手には、やはり福音館書店の月刊絵本「こどものとも」の1977年2月号として出版された『きこりとおおかみ』。このまめ本でのタイトルは「やけどをしたオオカミときこり」となっている。
1976年7月9日、『きこりとおおかみ』について、堀内より福音館書店の担当編集者、時田史朗に宛てた手紙。「ミニ・ダミーを送ります」と始まり、ページ割りとイラストのイメージをどのように展開させていくか細かく綴られている。
『ねびえ』『きこりとおおかみ』の絵本とまめ本。並べてみるとまめ本がいかに小さいかがよくわかる。

花子さんが手にしている2冊のまめ本。今から40年以上前、1970年代に堀内誠一さんが作ったものです。幅10cmにも満たないこのとても小さな手製のまめ本をめくっていくと、絵とともに小さな文字で文章もしっかりと書き込まれたページもあります。地図や手紙もそうですが、堀内さんが書く文字は小さく細密です。どちらも、全体の流れ、絵の構図など、その後出版された『ねびえ』『きこりとおおかみ』という2冊の絵本とその内容はほとんど変わりません。このまめ本を作った時には、すでに堀内さんの構想はしっかり固まっていたということがうかがいしれます。
1974年から、家族とともにパリ郊外での暮らしをはじめた堀内さん。パリに移住した理由は、絵本の仕事に集中したかったためとも語っています。『ほね』『ねびえ』『こすずめのぼうけん』『マザー・グースのうた』など、実際、この間多くの絵本や挿絵本を手がけました。
花子さんが右手に持っているまめ本は、月刊絵本「こどものとも」の1977年2月号として出版された『きこりとおおかみ』ですが、この時点で表紙に書かれているタイトルは「やけどをしたオオカミときこり」となっています。花子さんがまめ本と一緒に見せてくださった、福音館書店の担当編集者時田史朗さんへの手紙には「タイトルは「はげあたまになったオーカミ」というのではいかがでしょうか。」と堀内さんは書いています。元はフランスのピカルディ地方の民話というこの絵本。タイトル1つにしても、日本の子どもたちに伝わりやすいものはどんなものか、堀内さんは模索を重ねていたのでしょう。
堀内さんの中には、この『きこりとおおかみ』にとどまらず、数冊まとめた形で、「フランス民話絵本集」を作りたいという熱い思いがありました。時田さんへの手紙には、フランスの民話について「形式にはまりすぎてないのでかえって流動的」「神秘的な魅力よりは常識が勝っていますが、明日を想いわずらいたくない庶民の望みが反映していて健康的です」と、その魅力について綴っています。そして絵本のシリーズとした際には、「様式的すぎず ナイーブなものにしたい」とも書き添えています。
「絵本集」の構想は残念ながら実現しませんでしたが、堀内さんはその後も『ふくろにいれられたおとこのこ』(南フランス)、『パンのかけらとちいさなあくま』(リトアニア)など、民話を元にした絵本をいくつか手がけています。堀内家に残された、こうしたまめ本や手紙など、絵本作りのプロセスともいえる資料は、堀内さんがいかに丁寧に絵本のあり方やコンセプトを考えていたのかを今に伝えてくれます。子どもたちのためにいい絵本を作ることは、堀内さんが生涯大切にした仕事の一つでした。
(文=林綾野)

次回配信日は、11月21日です。


第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産はこちら

・ここで触れた書籍

*『ほね』 堀内誠一/作・絵 1974年(福音館書店)
*『ねびえ』 堀内誠一/絵 1975年(福音館書店)
*『こすずめのぼうけん』 ルース・エインズワース/作  石井桃子/訳
堀内誠一/絵 1976年(福音館書店)
*『パンのかけらとちいさなあくま』
リトアニア民話  内田莉紗子/再話  堀内誠一/絵 1979年(福音館書店)
*『ふくろにいれられたおとこのこ』
フランス民話  山口智子/再話  堀内誠一/絵 1982年(福音館書店)
*『マザー・グースのうた』 谷川俊太郎/訳  堀内誠一/絵 1975年 (草思社)

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 原画展 くるみわり にんぎょう」
2022年10月29日(土)~12月25日(日)
銀座・教文館9階ナルニア国

「堀内誠一 原画展 オズの魔法使い」
2022年12月27日(火)~2023年1月22日(日)
銀座・教文館9階ナルニア国

・新刊のお知らせです。

『ここに住みたい』 中公文庫 中央公論新社
1992年にマガジンハウスから刊行された「堀内誠一のここに住みたい」を増補改訂した文庫が9月21日に発売になりました。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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