堀内誠一のポケット 第29回

アート|2023.7.14
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第29回 メキシコのおもちゃ(後編)

談=堀内花子

家族でメキシコを旅した思い出は数えあげればキリがありません。
母と私たち姉妹にとって初めての新大陸です。到着したメキシコ・シティでは、どうやらメキシコに工場があるらしいフォルクスワーゲンのビートルが、もちろんピカピカには程遠いのですがたくさん走っていてタクシーもビートルでした。フランスでも日本でももうお目にかかれない一昔前の車種だったので、まるでおもちゃの国に来たと思いました。そして、まさにその通りだったのです。
シティではもっぱらシケイロス、オロスコ、リベラの壁画を見てまわりました。メキシコの歴史、文化について考えさせられたのも、それら壁画が歴史絵巻になって教えてくれたからです。料理は何を食べても美味しく楽しみでした。母はカカオを使ったモレ・ソースが気に入り、父はテキーラをちびちびとやっていました。
この悪魔の人形やメキシコ娘の鏡は、父が賞をいただいて、翌年母と二人でメキシコを再び訪れた時のお土産です。どこで買ったのかわからないけれど、我が家のメキシコのおもちゃはさらに仲間が増えました。

堀内さんが「大悪魔」と呼ぶ黒い悪魔の背丈は50㎝。赤い悪魔の方は槍を持っている。「骸骨と悪魔の人形はメキシコのおもちゃの最大の題材」だそうで、悪魔がバスの運転手だったり、牧師に扮したり、闘牛の牛の姿になっているおもちゃもあるそう。
メキシコ娘の鏡3体。堀内さんの解説によると「壁にかける鏡人形 ベニヤ板に泥絵の具 おそらく実用」。堀内さんは持ち帰る苦労を厭うことなく旅先で気に入ったものに出会えば購入したという。

1982年、家族でメキシコを訪れた堀内さんは「anan」での連載『堀内誠一の空とぶ絨緞』でこの国の魅力を12回にわたって紹介します。現地の写真に加え、堀内さん自ら描いたイラスト、地図を交えた紀行文で、見るにも読むにも楽しく、興味をかきたてる内容です。メキシコ観光局はこの記事を評し、堀内さんは「メキシコ観光局銀ペン賞」を受賞することになります。そして1983年、観光局の招待で、路子夫人と2人で再びメキシコを訪れることになるのでした。
2度目のメキシコ旅行の後、堀内さんは「母の友」に『メキシコのおもちゃをたずねて』という記事を書いています。この時の旅で購入したたくさんのおもちゃの写真が掲載されていて、この木製の背の高い悪魔と赤い悪魔も登場。「悪魔 恐ろしいものもいるけれど、何となく愛嬌のあるものもいて、実に多彩。この大悪魔は片足はけものの脚、片足は鳥の脚をしている」と、堀内さんは解説を添えています。記事の中でも「骸骨と悪魔はメキシコのおもちゃの最大の題材」として、滞在中に見かけた悪魔について熱く語っています。
堀内さんは自身の絵本の中でも悪魔の姿を描きました。『パンのかけらとちいさなあくま』(1979年)では、ちいさな悪魔を主役に、さまざまな姿をした大きな悪魔も描いています。どの悪魔もけっして怖くなく、尖った歯を見せながらニカッとわらう顔がなんとも憎めません。この絵本からも、堀内さんが悪魔を悪いものではなく、独特の個性を持ったユーモラスな存在と見ていることが伝わってきます。そんな堀内さんが、メキシコで愉快な悪魔のおもちゃと出会ったわけですから、どれだけ心が弾んだことか、想像に難くありません。
花子さんが「メキシコ娘の鏡」と呼ぶのは、平たい飾り人形のようなもので、お腹の部分が開閉し、中に鏡が貼ってあります。壁に打ち付けて鏡を使うときだけ開く、もしくはこの写真のように鏡を開いた状態であれば自立しますので、オブジェにもなるわけです。
堀内さんはメキシコのおもちゃについて「ちょっとした材料で実に気の利いたもの、可愛らしいもの、美しいものがある」*1 と愛情深く語っています。そしてそこにメキシコの人たちの強い民族性を感じ取っています。「残酷な自然、残酷なマヤ・アステカの宗教に続く、更に残酷な時代を通して、民族の反骨と生活の喜びを表現し続けたのは、こうしたおもちゃの相違ある造型と可憐な優しさ、笑いのエネルギーによってだった」*2 
ユーモアあふれるかわいらしいメキシコのおもちゃたち。堀内家のコレクションの中でも突出した量を占めるこれらのおもちゃには、その姿、形への愛着を超えた堀内さんのメキシコの人たちへの敬愛の念があふれているのです。堀内さんは、旅先で出会ったものに、その地域、そこに長年暮らしてきた人たちの生き方や、生きる力そのものを感じ取っています。1960年、28歳のとき、「まだ見たことのないものを見てみたい」そんな思いから始まった堀内さんの旅路は、文明や文化への好奇心、そしてそこに生きる人々のありようへと、旅を重ねるごとにその興味や共感は広がっていったのです。

・堀内誠一さんの展覧会と関連イベントのお知らせです。

「ぐるんぱがやってくる 堀内誠一 絵の世界」
2023年7月1日(土)~8月20日(日)
ひろしま美術館(広島)
会期中無休
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
今回取り上げた「メキシコ娘の鏡」が展示されています。

▶︎ワークショップ[堀内紅子さんとかわいくって楽しいモビールを作ろう!]
講師:堀内紅子(堀内誠一 次女)
2023年7月30日(日)14:00~15:30
会場:ひろしま美術館 事務棟地下講堂
定員:20名程度(申込先着順)

詳しくは「ひろしま美術館サイト」でご確認ください。
こちらをクリック



「堀内誠一 子どもの世界」
2023年7月8日(土)~9月18日(日・祝)
福井県ふるさと文学館
休館日:7/10、7/13、7/18、8/24、8/28、9/4、9/11
開館時間:火~金9:00~19:00 月・土・日9:00~18:00
観覧無料
今回取り上げた「赤と黒の悪魔人形」が展示されています。

▶︎ワークショップ[飾ってかわいい くるくる回るモビール作り]
講師:堀内紅子(堀内誠一 次女)
2023年7月28日(金)14:00~16:00
会場:福井県立図書館 研修室
定員:20名(要申込)

▶︎トークイベント「父と絵のこと 子どもたちへのまなざし」
トーク:堀内花子(堀内誠一 長女) 聞き手:林綾野(本展キュレイター)
2023年7月29日(土)14:00~15:30
会場:福井県立図書館 多目的ホール
定員:100名(要申込)

詳しくは「福井県ふるさと文学館サイト」でご確認ください。
こちらをクリック



「堀内誠一 絵の世界」
2023年10月7日(土)~12月17日(日)
群馬県立館林美術館

その後も巡回する予定です。

・新刊のお知らせです。

『父の時代・私の時代』 ちくま文庫
1979年に日本エディターズスクール出版部から刊行された堀内誠一の自伝『父の時代・私の時代』が、このたび増補・文庫化され5月12日に刊行されました。

『ぞうのこバナ』 世界文化社
まど・みちお/作 堀内誠一/絵 
1969年に月刊絵本「ワンダーブック」に掲載されたまど・みちおとの共作が、53年ぶりに書籍として復活。同時期に堀内が描いた童謡のさしえ「ぞうさん」「かわいいかくれんぼ」「おつかいありさん」も併録しています。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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