堀内誠一のポケット 第38回

アート|2024.6.30
林 綾野|写真=小暮 徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

地図

談=堀内花子

父はどこに行っても土地勘があって、はじめて訪れる街でも、列車を降りると駅からスタスタと歩き、道に迷うということはありませんでした。もちろん旅行前はミシュラン・ガイドを、フランス語は読めなくてもじっくり見ていました。ミシュランの地図には自動車旅行をたのしくする「絶景」マークなどもあり「さすがはタイヤ屋だ」と褒めていました。
一度行った場所は忘れないので、何年も前に行った店の地図をささっと描いて「ここが美味しかったよ」と渡していました。旅先では「ひとに道を聞くな」とたびたび言われました。とりわけイタリアでは「わからない」と答えるかわりに嘘を教えられるからと。それに駅や教会の場所さえわかっていれば、美味しい店がどこにあるかは自ずと分かるというのです。同じ理屈で、トイレの場所を聞くのも馬鹿馬鹿しいと言っていました。建物のどこにトイレを作るかなんてことは考えればわかるのだと。
小さい頃から地図を描くのが得意で、小学生時代は戦況報告の地図を黒板に書く役目だったそうです。
絵本の絵を描く時もお話の舞台の地図や地形を想像していたと思います。
私たちが描く地図を見て褒めてくれたり、直してくれたりもしました。地図に興味を持ってもらいたいと思っていたのでしょうね。妹の紅子が小学生の時、物語に登場する場所を調べているのを見て、大きな紙に世界地図の白地図をひと晩で描き上げてくれたこともあります。旅行先や物語の舞台を書き入れていくはずでしたが、すぐにフランスやイギリスは書き入れた名前でゴチャゴチャになり、あとは空白のまま…。残念ながらあまり役には立たなかったようですが妹にとっては忘れられない父の贈り物です。

堀内家に残る各地の地図、ミシュランガイド、旅先で手に入れたパンフレットなど。1960年に訪れたエジプトのカイロの冊子には当時のスケッチやメモも残されている。
地図やパンフレットが保管されているダンボール。この他にも数箱あり、その量の多さに驚かされる。
「パリの名所絵地図」と名付けられた堀内による手描き地図。豆粒大の絵や書き文字で埋め尽くされている。特にパリの地図に関しては、細かい路地までそらで描くことができた。
堀内家には地図とはまた別に「洞窟の資料」という箱も残っている。洞窟関連の写真集や図鑑、各地の洞窟のパンフレットなどが入っている。若い頃から洞窟に強い興味を持っていた堀内は、山口県の秋吉台・秋芳洞、北海道のプコッペ洞、岩手県の龍泉洞、福島県のあぶくま洞、海外ではスペイン、メキシコ、中国などの洞窟や鍾乳洞、オーストラリアのエアーズロックの洞窟壁画も見に行っている。
絵本『どうくつをたんけんする』の原画。水彩、エアブラシなど画材を駆使して描かれた絵は美しい。この絵本には地形や構造、洞窟に生息する虫に至るまで詳細に描き記されている。

「父が持っていたものといえば、地図。」と言って、花子さんは書庫の片隅からいくつかの箱を持ってきてくださいました。そこにはパリ、ローマ、バルセロナ、ヘルシンキ、オスロ、ブルージュ、カイロ、北京、台北といった世界のあちらこちらの町々、さらにフランスやイタリア、メキシコ、インド、オーストラリアなどの国々、ヨーロッパ全体など広域なものまで多種多様な地図や街紹介のパンフレットがぎっしりと詰まっていました。それは「ちょっと集める」という量をはるかに超えたボリュームです。   
1960年に初めて海外旅行に出かけて以来、堀内さんは訪ねた国、街の地図やパンフレットなどを処分せずにそのまま置いていたのでしょう。実際には1956年頃に出かけた北海道旅行の際の地図まであり、一度手にした「地図」は全て取っておいたのだと思われます。それとは別に愛読していたというミシュラン・ガイドも数多く残っています。
ananで連載していた「パリからの旅」「空飛ぶ絨緞」をはじめ、旅の紀行エッセイやPOPEYE、BRUTUSといった雑誌にも堀内さんの手描きの地図が度々登場します。地図そのものの正確さ、そこに書き込まれた小さな文字など、神業的な技巧に加え、建物や名物を描いたチャーミングなイラストや粋なコメントなどその魅力は尽きません。堀内さんの地図は見るだけでも楽しく、描かれている場所に対するイマジネーションを広げてくれ、さらに実用性もあるという他にはないもの。雑誌や本に掲載されたものだけでなく、花子さんの回想によれば、家族のためにささっと書いたものも見やすく正確。子供の頃から地図を描くことを得意としていたという堀内さんには、道や方角を把握する特別な能力があったのかもしれません。
1985年、堀内さんは絵と文共に手がけた『どうくつをたんけんする』を、「たくさんのふしぎ」(月刊配本絵本)の1冊として出します。「たくさんのふしぎ」は堀内さんがロゴを手がけ、コンセプト作りにも関わったシリーズ。この絵本で堀内さんは洞窟の構造をはじめ、長い年月をかけてどのように洞窟ができていくかを絵と言葉で丁寧にあらわしています。
花子さんによれば、堀内さんは機会があれば日本や中国、メキシコなどの洞窟を昔から見てまわっており、いつか本にまとめたいと構想されていたそうです。「地形というか、地理が本当に好きだったんです」、花子さんのこの言葉にはっとするものがありました。グラフィックデザイナー、イラストレーターとして「地図を描くのが好き、得意」ということに留まらず、堀内さんは地形そのものに対する興味があったのだということ。大地の構造そのものに対する深い造詣があってこうした地図が生み出されていったのだということに今更ながら気がつき、驚くばかりでした。
堀内家に残されていた無数の地図。使い込まれボロボロになっているものもあれば、書き込みがしてあるものもあります。訪ねた地で地図を手に、どこにどんな建物があり、人々がどんな風に動き、暮らしているのか、堀内さんは地理学的な視点で街を見つめていたにちがいありません。そうやっていくうちに「建物のどこにトイレを作るかなんてことは考えればわかる」ようになるのでしょう。
残された大量の地図の山は、単なるコレクションではなく、訪ねたそれぞれの地で堀内さんが地形を見つめ、その地に生きる人たちの様子を感じ取っていった痕跡の一つなのです。
(文=林綾野)

次回配信日は、7月31日です。

第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ、第27回 デンマークのヴァイキング人形、第28回 メキシコのおもちゃ(前編)、第29回 メキシコのおもちゃ(後編)、第30回 最後まで飲んでいたスコッチウイスキー、第31回 エピナールの紙人形とおもちゃ絵、第32回 バルセロナの人形、第33回 パリ自宅の棚、第34回 ドイツのカラス指人形、第35回 コーデュロイのコート、第36回 堀内家のシュークルート、第37回 バルセロナから来た黒板、  はこちら

・ここで触れた書籍・雑誌
『どうくつをたんけんする』 作・絵:堀内誠一 1985年(福音館書店)

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2024年7月6日(土)~9月2日(月)
島根県立石見美術館
休館日:休館日:毎週火曜日(8月13日は開館)
開館時間: 9:30~17:00(入館は17:30まで)

記念講演会「絵を愛した父」
7月6日(土) 14:00~15:30
トーク:堀内花子 聞き手:林綾野

ワークショップ「豆本をつくってみよう」
8月11日(日・祝) 14:00~16:00
講師:堀内紅子

詳しくは「島根県立石見美術館サイト」でご確認ください。
https://www.grandtoit.jp/museum/


「堀内誠一 絵の世界」
2024年9月14日(土)~11月24日(日)
イルフ童画館〈長野県・岡谷〉

・新刊のお知らせです。

『父・堀内誠一が居る家 パリの日々』 堀内花子 カノア
家族と共に暮らしたパリの日々の思い出。長女・堀内花子から見た父・誠一の日常が綴られたエッセイが刊行されました。初公開の貴重な写真や手紙、イラストレーションなども収録しています。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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