堀内誠一のポケット 第30回

アート|2023.8.17
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第30回 最後まで飲んでいたスコッチウイスキー

談=堀内花子

父はお酒が好きでした。家で飲むのはビールとウイスキー。私が物心ついた時に飲んでいたのは王様の絵がついたニッカかサントリー角瓶でしたが、少しずつグレードが上がり、フランスに越す頃はリザーブかローヤルになっていました。私たち姉妹が小学校にあがる頃までは、夜遅くお客さんを連れて帰ることも少なくなく、そんなときは浪花屋の柿の種、南部煎餅、いかり豆などをつまみに、みなさん水割りを飲んでいたことを覚えています。母もその輪に加わっていました。
ワインはフランスでは毎日飲むようになりましたが、飲むと眠くなるといい、仕事中はスコッチウイスキーを飲んでいました。でもスコッチはフランス産ではないので高いのです。愛飲していたホワイト&ブラックやカティーサークは、スーパーの売り場では鍵のかかったガラスケースの中にコニャックなどの高級酒と並んでいました。イギリスに行くときは、たとえ3倍の時間がかかってもホバークラフトではなく、フェリーを使いました。というのもフェリーの船内には免税店がありお酒が買えたからです。旅行中はカメラバッグに一本入れて、毎夜ホテルでガイドブックを読みながらちびちびとやっていました。
帰国してからは、某商社主催のパーティーで知ったスコッチ、ジョン・ベッグ・ブルーキャップ一辺倒になりました。父の通夜には好きだった笹巻きけぬき寿司とジョン・ベッグを用意しました。やがていつのまにか生産が終わってしまい、母はラフロイグを飲むようになりましたが、父だったら何を飲んだのかなと思うことがあります。

堀内家に残る空のボトルとその箱。スコッチウイスキーの味わいをこよなく愛したという堀内。プルシャンブルーを思わせる深く青いラベルやボトルの佇まいも美しい。
ミニボトルにピッチャーやお皿などのノベルティコレクション。いつもまとめ買いをしていたので、その特典でもらったものなのではと花子さん。マッチは新橋にあった「BAR John Begg」のもの。堀内と同時代を生きた人たちの中で、このお酒を愛した人は少なからずいたのだ。

ブルーのラベルが貼られた「John Begg」のボトル。中にウイスキーはもう入っていませんが、たくさんの本や人形たちと一緒に堀内家のリビングの棚に並んでいます。ボトルだけでなく、ウイスキーの入っていた箱、そしてピッチャーやお皿、マッチなどジョン・ベッグにまつわるアイテムも家のあちこちにあります。花子さんのお話を聞いていると、リビングの扉からふっと堀内さんが入ってきて、ジョン・ベッグのボトルを手に取って、グラスにトクトクっと注ぐ、そんないつもの堀内家の様子が目に浮かんでくるようです。
お酒が好きだったという堀内さん。いつ頃からお酒を飲んでいたのか、ご本人が「早すぎる自叙伝」と称した『父の時代・私の時代』を読み返してみました。1947年、14歳の時より堀内さんは伊勢丹百貨店の宣伝課で働き始めますが、仕事を終えた後、高円寺にあった現代絵画研究所に絵を描きに通います。さらに、「自由美術家協会」の研究所にも通い、熱心に絵を描きます。
「麻生三郎や鶴岡政男のひきいる芸術鉄火場から呑み屋への、ぐでんぐでんの夜行軍に巻き込まれ、麻生氏の『おーい!お前も大地に接吻しろ!』という号令でカマラゾフのアリョーシャみたいなことをやっては新宿駅前の呑み屋街をころげ廻っていました」。
こんなふうに当時の様子を堀内さんは回想していますが、おそらく1947年から1950年頃のどこかでの出来事だと思われます。この頃はまだ10代後半ですが、浴びるように飲む前衛の画家たちに混ざりながら、お酒の味を覚え始めたのかもしれません。
堀内さんの友人、知人、共に仕事をした人、旅をした人の多くが、堀内さんが美味しそうにお酒を飲む姿を目の当たりにしています。堀内さんとの思い出のシーンとして「お酒を一緒に飲んだ」ということを、大切にしている人もたくさんいらっしゃるようです。ビールや日本酒、ワインやシャンパン、カルヴァドスなど、場所や状況に応じて色々なお酒を楽しんだ堀内さんですが、日常的に飲んでいたのが、スコッチウイスキーであり、亡くなる直前まで愛飲したのがジョン・ベッグでした。
棚に置かれた空のウイスキーのボトル。今ではかつて堀内さんが飲んでいたお酒のボトルとして何か風格のようなものを放っているようにも見えます。どうして空のまま置いてあったのか。堀内さんが亡くなって間もない頃、路子夫人は54歳という若さで旅立ってしまった夫が愛飲したお酒のボトルをただただ捨てられずにいたのでした。それから30年以上の間、このボトルはそのままひっそりと棚に置かれているのです。多くの人と楽しくお酒を飲んだ堀内さんですが、24歳の時に出会って以来、生涯を共にした路子さんがいちばんの飲み仲間でした。「私が一番お酒、強いのよ」と言って、にっこり笑いながら今でも路子さんは美味しそうにお酒を楽しんでいます。その実、今は食事の時にほんの少し口にするくらいですが、グラスを手にする路子さんは凛としていて素敵です。「父さん、好きだったのよね」と、ご家族が呟きながら眺める空っぽのジョン・ベッグのボトルは、一体どんな味がしたのか、堀内さんはどんな風に飲んでいたのか、私たちにたくさんのことを想像させるのです。

(文=林綾野)

次回配信日は、10月12日です。

・堀内誠一さんの展覧会と関連イベントのお知らせです。

「ぐるんぱがやってくる 堀内誠一 絵の世界」
2023年7月1日(土)~8月20日(日)
ひろしま美術館(広島)
会期中無休
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

詳しくは「ひろしま美術館サイト」でご確認ください。
https://hiroshima-museum.jp/special/detail/202307_HoriuchiSeiichi.html


「堀内誠一 子どもの世界」
2023年7月8日(土)~9月18日(日・祝)
福井県ふるさと文学館
休館日:7/10、7/13、7/18、8/24、8/28、9/4、9/11
開館時間:火~金9:00~19:00 月・土・日9:00~18:00
観覧無料

詳しくは「福井県ふるさと文学館サイト」でご確認ください。
https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/bungaku/category/kikaku/29605.html


「堀内誠一 絵の世界」
2023年10月7日(土)~12月17日(日)
群馬県立館林美術館
休館日:月曜(ただし10月9日は開館)・10月10日(火)
開館時間: 9:30~17:00(入館は16:30まで)

詳しくは「館林美術館サイト」でご確認ください。
https://gmat.pref.gunma.jp

その後も巡回する予定です。

・新刊のお知らせです。

『父の時代・私の時代』 ちくま文庫
1979年に日本エディターズスクール出版部から刊行された堀内誠一の自伝『父の時代・私の時代』が、このたび増補・文庫化され5月12日に刊行されました。

『ぞうのこバナ』 世界文化社
まど・みちお/作 堀内誠一/絵 
1969年に月刊絵本「ワンダーブック」に掲載されたまど・みちおとの共作が、53年ぶりに書籍として復活。同時期に堀内が描いた童謡のさしえ「ぞうさん」「かわいいかくれんぼ」「おつかいありさん」も併録しています。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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