堀内誠一のポケット 第22回

アート|2022.11.21
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第22回 騎士のマリオネット

談=堀内紅子

シチリアに旅行したのは、1977年の春、復活祭のお休みの間でした。並木道のベンチに座っているおじいさんたちみんなが、小さな紙袋に入れた固そうなそら豆をかじっていたのを覚えています。お土産屋さんには甲冑を着た人形がたくさんぶら下がっていました。どれも同じような顔なのですが、父と母は相談しながら時間をかけて選んでいました。リュックでの旅行だったのに、こんなに大きなガシャガシャしたものをよく持って帰ったものです。フランスの家で飾っていた当時は衣装も鮮やかな青で、甲冑もピカピカしていました。東京に帰ってからもしまえる場所がなかったからか、部屋のどこかにぶら下がっているのが常で、いつも視界の片隅にいた、まるで家族の一員のような人形です。

人形を操る紅子さん。堀内さんが購入してから40年以上の時が流れ、甲冑も衣装も経年の味わいを滲ませるが、人形の表情は凛々しい。
竜と戦う騎士オルランドのポスター。 人形劇一座の入口看板をポスターにしたもので、堀内家の壁にずっと飾っていた。

地中海で最も大きな島であるシチリア。イタリアの南に位置するこの島は「文明の十字路」とも呼ばれ、ギリシャの神殿やビザンチンの礼拝堂など、さまざまな文明の名残りが島中に遺されています。1977年の春、シチリアを家族で旅した堀内さんは、州都のパレルモでこの人形を購入しました。その時のことを児童文学研究家の瀬田貞二さん宛の手紙に綴っています。「街のスーヴニールに甲冑姿のマリオネットが並んでいました、この人形たちを演ずる小屋がちょっと歩いただけで3軒見つけました。細い露路なんかに旗が出ています。この騎士の顔が実に美々しくて、ウッチェルロの絵のような悲愴美があるのにすっかり魅せられてしまいました」
蚤の市に吊るされたマリオネットを前に、イタリアの画家ウッチェルロを愛し、人形好きで、劇も好きという堀内さんの気持ちが高揚する様子が伝わってきます。瀬田さんへの手紙には、いくつかの店を見て、手持ちのお金のことも鑑みながら真剣にマリオネットを選んだと書かれています。紅子さんの記憶の通りです。
そして堀内一家は小屋でマリオネット劇、「オルランド(騎士ローラン)」を鑑賞します。シャルルマーニュ(カール大帝)の12騎士のひとりで、大帝の甥でもあるオルランド(仏名ローラン)を主人公とする物語です。「シャルル大帝配下の騎士がひとりひとり名乗りをあげながら舞台いっぱいに整列する、何でもないのに、輝かしく、泣けてくるような場面が感動的で、これは一見の価値はあります」「伝統的といっても、決して洗練されていなくて、何か生ま生ましい庶民的な見世物的充実感があります」と、劇を見た感想を堀内さんは熱っぽく手紙に記しています。
この劇を気に入った堀内さんは、騎士オルランドが竜と戦う場面を表したポスターも購入します。マリオネットとポスターは長年、堀内家の壁を飾ることになるのです。「この人形劇がいちばんの収穫、心に残るスペクタルでした」。このシチリア旅行では古代都市セリヌスの遺跡、モンレアーレの大聖堂のビザンチンのモザイクなどを見て周りますが、堀内さんの心を強く捉えたのは人形劇でした。てらいがなく土地の香りのするものを敬愛し、少年のように胸を躍らせた堀内さん。手紙を通じて友人たちへ、雑誌を通じて読者たちへそのときめきを多くの人に届けようとしました。このマリオネットは40年以上の歳月を経た今もなお、堀内さんの心の高まりを私たちに伝えてくれます。
(文=林綾野)

次回配信日は、12月15日です。


第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本はこちら

・ここで触れた書籍

*『パリからの手紙』 堀内誠一 1980年(日本エディターズスクール出版部)

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 原画展 くるみわり にんぎょう」
2022年10月29日(土)~12月25日(日)
銀座・教文館9階ナルニア国

「堀内誠一 原画展 オズの魔法使い」
2022年12月27日(火)~2023年1月22日(日)
銀座・教文館9階ナルニア国

・新刊のお知らせです。

『オズの魔法使い』 偕成社 2022年12月3日発売
L.F.ボーム/原作 岸田衿子/文 堀内誠一/絵 
1969年に世界文化社から刊行されたものが、デザイン、装丁もあらたに復刊されます。堀内誠一のオリジナル原画を最新の技術で新たに取り込み、その美しさを再現しました。

『ここに住みたい』 中公文庫 中央公論新社
1992年にマガジンハウスから刊行された「堀内誠一のここに住みたい」を増補改訂した文庫が9月21日に発売になりました。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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