堀内誠一のポケット 第16回

アート|2022.5.27
文=林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第16回 少年崇拝

談=堀内紅子

父が描く男の子はたいていピッタリした半ズボンをはいてますよね。昭和の子はみんなそうだったのか、ちょっと小さくなったズボンにお尻を無理やり押し込めているような男の子が定番でした。父本人は中性的で、尊敬する女性や大好きな画家は女性も多いのに「男の子はこうだけど、女の子はダメね」といった当時でもムッとくる発言は少なくありません。そんな父は「少年」というものに対して並々ならぬ憧れと理想を持っていたように思います。
このルーヴルにあるローマ時代のアニウス・ウェルスの頭像は、幼い少年というだけで美少年像ではないと思うのですが、父が装丁やデザインなどを広く手がけた、NHKルーヴル美術館Ⅱで「皇帝と美少年」というタイトルで紹介されています。父のアイデアで取り上げたのでしょうか。 
レプリカを購入して手元に置きたいとまで考えたのは、このアニウス・ウェルスは実は7歳で亡くなっていて、その死を悼み、父親のアウレリウスが作らせた像だということが、父の気持ちを大きく揺さぶったからだと思います。
この少年に重なるのは、父が大好きだったフランスの作家レオポルド・ショヴォーの「ショヴォー氏とルノー君のお話集」のルノー君です。ルノー君は、父親であり医師だったショヴォーによる虫垂炎の手術ミスで12歳で亡くなっています。そのことを父は切なそうにたびたび話していました。

長年堀内家の棚を飾ってきたアニウス・ウェルスの頭像(レプリカ)。裏面には「MUSÉE DU LOUVRE」の刻印がある。アニウスは、父マルクス・アウレリウス(ローマ皇帝、通称カラカラ帝)、母ファウスティナの間に生まれた末子で、169年、7歳でこの世を去ったという。堀内が装丁、デザインを手がけたシリーズ「NHKルーブル美術館」の「地中海世界の輝きⅡ ギリシャ/ローマ」(日本放送出版協会)でこの像も紹介されている。

左:BRUTUS 54号(1982年11月15日刊)、「ブルータスの大食贅食快食宣言」特集中、「食はシチリア、味は天下の美少年」に掲載された「HOTEL TIMEO タオルミナのホテル」の原画。堀内は「スパゲッティ食べある記とスケッチ」とうたってエッセイを執筆し、イタリアのパスタ料理の魅力に加え、美少年の存在について熱く言及している。 右:20世紀初頭、ドイツ人、グローデン男爵がタオルミナで撮影した若者のヌードをまとめた写真集「TAORMINA DEBUT DE SIECLE」の中の一枚。「その頃は人目をしのぶ決死的行為だったのだろう、男爵の死後かくされ、うずもれてしまった写真が近年パリで写真集になりセンセーションを巻き起こした」という。

堀内さんが気に入って、近くに置いていたというローマの少年像。丸い瞳にわずかに開いた唇はどこかあどけなく、少し寂しげにも見えます。紅子さんによれば堀内さんは「少年」という存在に深い想い入れがあったようです。そうやって意識してみると「半ズボンの少年」は堀内さんの絵本に頻繁に登場します。「たろうのともだち」シリーズのたろう、「ひでちゃんのにっき」や「どうくつをたんけんする」の主人公、本連載の第6回に登場した「いそがしいいさむ」のいさむもそうです。
この像のモデルとされるアニウス・ウェルスやレオポルド・ショヴォーの息子、ルノーが少年のまま亡くなってしまったことに切なさを感じていたという堀内さん。ご自身の少年時代は、戦争によって分断されてしまいました。1941年に太平洋戦争が勃発してから約2年後、12歳頃に母方の実家のある石川県に疎開。転校先では疎開児童として苦労したこともあったようです。戦後、焼け野原となった東京に戻って、家族の暮らしを立てるために働きはじめた時はわずか14歳でした。失われたからゆえに、少年時代、そして少年そのものへの憧憬の念がいつの間にか堀内さんの中に募ったのかもしれません。
堀内さんの少年への眼差しは、このアニウス像や自身の描く純真な少年像を起点としながら、「美少年」という様々に好奇心をくすぐる存在へと向かっていったようです。1982年刊行の「ブルータスの大食贅食快食宣言」特集の中で、堀内さんは「食はシチリア、味は天下の美少年」という6ページにわたる小特集の取材、執筆、イラストの全てを手がけ、食の特集に「美食」ならぬ「美少年」の話題を織り込むという離れ業を見せています。イタリアはスパゲッティが美味しい、特にシチリアのタオルミナは格別だということ。そしてタオルミナといえば、19世紀初頭、ドイツ人のグローデン男爵が若者のヌード写真を撮ったこと、その写真が近年パリで刊行されセンセーションを巻き起こしたこと。「こんなおいしそうなおしり初めて見た」と添えてグローデンの写真も紹介しています。タオルミナという見知らぬ地を舞台に、食、そして美少年へと読者の興味を引き寄せいていきます。少年への憧れと愛着。それは絵本の中では子どもたちの心と響きあい、男性誌の上では好奇心を刺激するエピソードへと。堀内さんの「少年崇拝」は、形を変えながらその創作活動のはしばしに姿を表しています。
(文=林綾野)

次回配信日は、6月20日です。


第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計はこちら

・ここで触れた書籍・雑誌
*「NHKルーブル美術館 地中海世界の輝きⅡ ギリシャ/ローマ」1985年(日本放送出版協会)
*「BRUTUS」54号(1982年11月15日刊)(マガジンハウス)
*「ショヴォー氏とルノー君のお話集」1〜5 レオポルド・ショヴォー 作/出口裕弘 訳 1986-1987年 (福音館書店)

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2022年7月25日(月)まで
ベルナール・ビュフェ美術館 (静岡・長泉)
https://www.clematis-no-oka.co.jp/buffet-museum/exhibitions/1873/

休館日 水曜日・木曜日
開館時間 10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)

<巡回展会期情報>

2022年7月30日(土)~9月25日(日)
県立神奈川近代文学館 (神奈川・横浜)

その後も巡回する予定です。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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