堀内誠一のポケット 第15回

アート|2022.4.28
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第15回 ミッキーマウスの懐中時計

談=堀内花子


このミッキーマウスの懐中時計は、1971年に、『anan』(1972年1月20日号)のアメリカ取材でディズニーランドに行ったときに買ってきたものです。それまで海外取材から父が持ち帰るもので、当時小学生だった私が覚えているのはモロッコの刺繍が施された皮のバッグとポルトガルの敷物くらいでした。いつも民芸品が多かったのに反して、この時はディズニーのキャラクターが乗った黄色いスクールバスを模したブリキ製のランチョンボックスなどワクワクするものばかりだったのを覚えています。妹の紅子は小さなパラパラマンガの冊子を2冊貰って、ついこの間まで大事に持っていたようです。この時計のミッキーは父が好きな時代のミッキーだと言っていました。私の最初の映画体験は父に連れられて観た「バンビ」です。森が火事になる場面で、「バンビ、逃げて!」と叫んだそうで、私は覚えていませんでしたが、しばらく経ってから父が話してくれました。父は「不思議の国のアリス」も好きでしたし、ウォルト・ディズニーに対してはその仕事に興味を持ち、敬意を持っていたと思います。父は腕時計を持っていませんでしたが、この懐中時計は動かなくなるまで自分で使っていました。

堀内が1971年にアメリカで購入したミッキーマウスの懐中時計。つい先日堀内家の引き出しから出てきた。
左:堀内手描きのディズニー映画のポスター。中央・右:「anan」 1972年1月20日 No.45 アメリカ特集 表紙と中ページ。

金属の部分が鈍く光るミッキーマウスの懐中時計。ミッキーの右手が時針、左手が分針になっていて、下に小さな秒針のダイヤルが付いています。1972年1月20日の発売の『anan』は、堀内さんが企画を立て、構成も手がけた「アメリカ特集」号。表紙はミッキーマウスとドナルドダッグと並ぶモデルの立川ユリさん。にっこりと笑うユリさんが印象的なこの写真、実は堀内さんが撮影したものなのです。「アメリカ特集 この号はぜんぶニューヨークで編集しました」と謳うこの号では、ニューイングランド、シカゴ、ニューヨーク、サンフランシスコ、オークランドなどアメリカのいくつかの町を、ファッション写真を中心としながら、それぞれ個性的な切り口をもって紹介。ロサンゼルスのディズニーランドについては6ページにわたってアトラクションの特徴や、レストラン、ショップのことまで丁寧に紹介されています。堀内さん自身が撮影した写真も随所に登場。深い思い入れを持って構成されたことがうかがわれます。
この懐中時計はその取材時に購入したものということです。それから4年後、1976年の「装苑」での連載、《パリの手紙》で旅先の買物について堀内さんは記事を書いていますが、そこでこの時計についても触れています。「ディズニーランドで安かったから買った。8ドル位だった。今、これしか時計持ってない。まだちゃんと動くし、流行って来たからうらやましがられる。」。日本にディズニーランドが出来たのは1982年。70年代、ミッキーマウスの人気は徐々に高まっていくのに先駆けて、堀内さんは『anan』でいち早く本場のディズニーランドを紹介したわけです。
花子さんのお話によると、堀内さんは「ある時代のミッキー」は好きだったとか。ミッキーマウスは1928年に登場して以来イラストが少しずつ変化しています。1970年代のミッキーは目がさほど大きくなく素朴な雰囲気です。1973年から約8年に渡ってパリに暮らしていた堀内家ですが、一時、カメラマンの小暮徹さん、イラストレーターのひでこさん夫妻が同居していました。この頃、堀内さんはシネマテークで上映される映画を常にチェックしていたそうです。そして「見るべき」お薦めの映画があると、ご家族や小暮さんたちに知らせるために、書き損じの原稿用紙の裏などに、自作の告知ポスターを描いて、ダイニングの壁に貼っていました。当時、その都度、処分してしまっていたそうですが、堀内家に残る何枚かの中に、ディズニー映画について描いたものがありました。ミッキーやドナルドなどのキャラクターがいきいきとしたタッチで描かれています。堀内さんはお手本がなくてもディズニーのキャラクターをすらすらと描くことができたそうです。それにしても、堀内さんがミッキーマウスの懐中時計を持っているのは、周辺の人にとって「意外」に見えたような気がしてなりません。ミッキーやディズニーに対する親しみもあったようですが、堀内さんの遊び心を感じさせる一品ではないでしょうか。
(文=林綾野)


次回配信日は、5月26日です。

第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、はこちら

・ここで触れた書籍・雑誌
*《堀内誠一 発 パリの手紙》 堀内誠一 「装苑」1976年1月号 – 12月号(文化出版局)

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。
「堀内誠一 絵の世界」

2022年7月25日(月)まで
ベルナール・ビュフェ美術館 (静岡・長泉)
https://www.clematis-no-oka.co.jp/buffet-museum/exhibitions/1873/

休館日 水曜日・木曜日(ただし2022年5月4・5日は開館)
開館時間 10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)

<巡回展会期情報>

2022年7月30日(土)~9月25日(日)
県立神奈川近代文学館 (神奈川・横浜)
その後も巡回する予定です。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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