堀内誠一のポケット 第20回

アート|2022.9.20
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第20回 谷川俊太郎さんからの手土産

談=堀内花子

このモラは、谷川さんが確かアムステルダムだったかで開かれた詩の集まりの帰りに、パリ郊外の我が家に寄ってくださった時のお土産です。とりわけ母が気に入りました。その時からずっと、父が亡くなって母がひとり暮らしをした住まいにも、画鋲で貼っています。ちょっと汚れていますね。洗濯した記憶もありません。
谷川さんと父が会う機会は数えるほどだったと思います。お互い忙しいし、仕事は「あ・うんの呼吸」で済んでいたのです。すごく理想的な関係だったと思います。
父も、おそらく谷川さんも、相手がきっと喜んだり、面白がったりするモノ以外はお土産にしないと思うのです。これはまさに我が家の風景になった一品です。

堀内さんが亡くなった後に路子夫人が建てた小田原の家に飾られる「モラ」。
堀内さんと谷川さんの最初の絵本となった『ぴよぴよ』。 『マザー・グースのうた』のヒットにより、当時、堀内家も谷川家も経済的な安泰を得ることができたようだ。

小田原の堀内家の壁にさりげなく飾ってある布。藍色の台布にアップリケされたオレンジ色の布は、迷路のような模様がプリミティブな魅力を放っています。切れ目を丁寧にまつりながら縫い付けるその手業も見事です。モラは、パナマの先住民族であるクナ族の布です。
詩人の谷川俊太郎さんは、もともと民芸品がお好きで、いっときモラにもはまっていたとか。東京の民芸店で買い求め、額装して部屋に飾るなど愛好していたそうです。このモラは、1977年に谷川さんがパリ郊外に暮らす堀内さんを訪ねる際、手土産としてプレゼントしたものです。
堀内さんと谷川さんは、1960年代からはじまり、たくさんの仕事をご一緒してきました。花子さんが知る限りで、2人で手がけた最も早いものは、1960年創刊の雑誌「ディズニーの国」での仕事だそうです。1962年11月号では「ひとりぼっち」という谷川さんの詩に堀内さんが挿絵を描いていますが、同誌で他にもいくつかの作品が残っています。初めての絵本での仕事は、1972年に刊行された、『ぴよぴよ』、『かっきくけっこ』、『あっはっは』の3冊です。「ことばのえほん」(ひかりのくに)と題され、3冊セットで販売されました。本連載の第6回で紹介しました、谷川さんが書いたショートストーリーに堀内さんが絵を添えた「いそがしいいさむ」(「くらしの泉」の1972年8月号)など、雑誌での仕事もいくつかあります。
そして1975年、2人は『マザー・グースのうた』を共に出版することになります。谷川さんは翻訳を、堀内さんは表紙、挿絵、レイアウトはもちろん、詩の選定や掲載する順序決めまで手がけました。当初、1冊ものとして企画されたこの『マザー・グースのうた』は反響を呼び、早速続きが出されることになります。全5巻に及ぶシリーズとなり、今に続くロングセラーとして広く知られるようになりました。
こうした仕事を通じて、堀内さんと谷川さんは、信頼関係を育み、個人的にも親しい間柄となりました。それでも花子さんが回想されるように、忙しい2人がプライベートで会って話をするような機会を持つことはあまりなかったようですが、1977年には、共通の友人である絵本作家の安野光雅さんも加わって、堀内さんと谷川さんの三人組でノルマンディーを旅しています。まずはパリ郊外の堀内家に集合して、レンタカーを借りての旅ということでしょうから、谷川さんはこの時に堀内家にモラをお持ちになったのかもしれません。
同年、堀内さんと谷川さんは、『24にんのわらうひとともうひとり』という絵本も出しています。1987年に堀内さんが亡くなるまで2人の交友は続きました。そして2020年には、かつて堀内さんが小冊子「ピアノの本」のために描いた絵に谷川さんが詩を書き下ろす形でまとめた『音楽の肖像』(小学館)が出版。さらに2021年には、1970年代に堀内さんが描いた絵に、谷川さんがあらたにストーリーをつけた『ちちんぷいぷい』(くもん出版)も出版されるなど、2人のコラボレーションは形を変えながら今なお続いているのです。
(文=林綾野)

次回配信日は、10月25日です。


第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲームはこちら

・ここで触れた書籍・雑誌

*「ディズニーの国」 1960年創刊(リーダーズ ダイジェスト 日本支社)
*ことばのえほん1『ぴよぴよ』
*ことばのえほん2『かっきくけっこ』
*ことばのえほん3『あっはっは』
谷川俊太郎・さく 堀内誠一・え 1972年(ひかりのくに/2009年くもん出版から
復刊)
*『マザー・グースのうた』 谷川俊太郎・訳 堀内誠一・絵 1975年 (草思社)
*『24にんのわらうひとともうひとり』谷川俊太郎・さく 堀内誠一・え 1977年 (ポプラ社)
*『音楽の肖像』 堀内誠一×谷川俊太郎 2020年(小学館)
*『ちちんぷいぷい』 谷川俊太郎・ぶん 堀内誠一・え 2021年(くもん出版)

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2022年7月30日(土)~9月25日(日)
県立神奈川近代文学館 (神奈川・横浜)
https://www.kanabun.or.jp/exhibition/16710/
休館日:月曜日 (9月19日は開館)
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)

詳しくは文学館のサイトでご確認ください。
https://www.kanabun.or.jp/event/upcoming-event/

その後も巡回する予定です。


「堀内誠一 原画展 くるみわり にんぎょう」
2022年10月29日(土)~12月25日(日)
銀座・教文館9階ナルニア国

「堀内誠一 原画展 オズの魔法使い」
2022年12月27日(火)~2023年1月22日(日)
銀座・教文館9階ナルニア国



・新刊のお知らせです。

『ここに住みたい』 中公文庫 中央公論新社
1992年にマガジンハウスから刊行された「堀内誠一のここに住みたい」を増補改訂した文庫が9月21日に発売になりました。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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