伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?
デルフト・タイル
談=堀内花子
いま我が家の台所の壁にはられているこのタイルは、1979年の夏に平凡出版の会長清水達夫さんと夫人の多喜さんとの旅でオランダのデルフトに行ったときに買ったものです。
いくつもある伝統的な「子どもの遊びシリーズ」から10枚ほど選んで買いました。もちろんレプリカです。けれど、いつかフランスの住まいを引き払い、日本のどこかに家をつくりたいと考えていた父は壁にはめ込みたいと考えていました。
清水夫妻はアンティークの本物を数枚求められていましたが、いまごろ清水家ではどこに飾られているのでしょう。
この旅行にはわたしが父の助手・通訳がわりとして同行しました。母は数日遅れて合流。妹はその夏、日本に一時帰国していました。いつもの安旅行とは違い、清水夫妻に失礼のない(とはいえ五つ星などではありませんが)ホテルに泊まり、毎食美味しいレストランで食事を堪能しました。ゲントからアムステルダム、エダムなどをまわったようです。
今日わたしの印象に残っているのは食事でもホテルでもなく、やはり聖堂や美術館で見た絵画です。メムリンクやファン・エイクなどフランドル派の画家の世界。またいつか訪れてみたいです。
たいせつに持ち帰ったタイルは、父が亡くなったのちに建てた家の台所の壁にあしらいました。
輪回しや縄跳び、凧揚げやコマを回す子どもたち。遊ぶ子どもの姿を描いたタイルがところどころにはられた堀内家の台所にはほんの少しヨーロッパの香りが漂います。このタイルを購入した1979年夏の清水夫妻との旅について堀内さんは、「私の旅行法 ベルギー、オランダの旅」と題し、定村質士さん(当時日本エディターズスクール出版社・編集者)宛に書き送っています。このエッセイはその後『パリからの手紙』に収録されました。文中で堀内さんはオランダのデルフトでタイルを購入したことにも触れています。
「私達も清水さんが求められたのと同じ「子供の遊び」シリーズを買いました。今出来の薄くてツルルツした安いものでしたが、プリントでなく古い絵柄を伝えたものです。店の人に聞いたら、この絵柄はデルフト産でなく、オランダも北のフリーズランドのマッカムで作られるものだそうです」
白地の上に絵付けを施したタイルは16世紀頃からオランダ各地で盛んに作られました。中でもフェルメールの生まれ故郷で知られるデルフトは陶都と言われるほどで、いつしかオランダ各地で作られるタイルは総称して「デルフトタイル」と呼ばれるようになったとか。堀内さんがデルフトのお店の人から聞いた通りです。エッセイには「子供の遊び」シリーズのタイルを描いたイラストも添えられており、堀内さんがこのタイルを気に入っていたことがうかがわれます。文中では訪れた街や食べた料理の印象に加え、ヴァン・ダイクやメムリンクなどフランドル絵画を見たことについて熱い感想が綴られていて花子さんの旅の印象と重なります。
1974年、堀内家はパリ郊外に移り暮らしました。その少し前に、堀内さんは小田原に土地を購入し、いつしか家を建てようと構想します。1976年の堀内さんの手帖に家の間取り図を書き留めたページを花子さんが見せてくださいました。玄関やアトリエ、花子さん、紅子さんの部屋まで記載は詳細に至ります。土地を買った後、建てるならこんな家だろうと考えを巡らして描いたものと思われます。デルフトで「子供の遊び」シリーズのタイル一揃えを見つけた時もいつか建てる家のことが頭によぎったのでしょう。
それからいくらか歳月が流れ、堀内さんが逝去されてから路子さんは小田原に家を建て、いよいよタイルは台所に収まりました。ただデルフトのタイルは日本のものとはサイズが合わなかったため、「子供の遊び」シリーズの周りに貼る白いタイルはその頃フランスにいた次女の紅子さんが苦労してヨーロッパから手配されたそうです。古い絵柄を伝えたもの、堀内さんがそう綴った子どもたちが遊ぶ姿は、堀内家を訪れる人たちの目を今も楽しませています。
(文=林綾野)
次回配信日は、10月30日です。
第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ、第27回 デンマークのヴァイキング人形、第28回 メキシコのおもちゃ(前編)、第29回 メキシコのおもちゃ(後編)、第30回 最後まで飲んでいたスコッチウイスキー、第31回 エピナールの紙人形とおもちゃ絵、第32回 バルセロナの人形、第33回 パリ自宅の棚、第34回 ドイツのカラス指人形、第35回 コーデュロイのコート、第36回 堀内家のシュークルート、第37回 バルセロナから来た黒板、第38回 地図、第39回 クロード岡本さんのタイル画、第40回 岩波手帖、 はこちら
・ここで触れた書籍・雑誌
『パリからの手紙 −ヨーロッパ スケッチ ドキュメント』 堀内誠一
1980年 日本エディターズスクール出版部
・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。
「堀内誠一 絵の世界」
2024年9月14日(土)~11月24日(日)
イルフ童画館〈長野県・岡谷〉
休館日:毎週水曜日(祝日は開館)
開館時間: 9:00~18:00(入館は17:30まで)
ワークショップ「紅子さんと「長靴をはいた猫」の豆本をつくろう」
11月4日(月・祝) 13:30~15:30
講師:堀内紅子
詳しくは「イルフ童画館サイト」でご確認ください。
https://www.ilf.jp
「堀内誠一展 FASHION・FANTASY・FUTURE」
2025年 1月22日(水)~4月6日(日)
PLAY! MUSEUM〈東京・立川〉
休館日: 2月16日(日)
堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。