堀内誠一のポケット 第37回

アート|2024.5.30
林 綾野|写真=小暮 徹

第37回 バルセロナから来た黒板

談=堀内紅子

この小さな黒板は、フランスに住んでいたときのアパートの玄関の脇、電話台の上の壁に立てかけてあり、簡単なメモなどを書くのに利用していました。スペイン語の文字が入っているこの黒板、どこからきたのか忘れてしまっていたのですが、実はカメラマンの小暮徹さんがバルセロナから買ってきてくれたお土産だということが最近になってわかりました。素朴さが父の好みに合いそうだし、伝言板としても便利だろうからと、選んでくれたのでしょう。
父は電話で仕事の話を長々することはあまりありませんでしたが、日本から知人が来るときは必要とあらば空港へ迎えに行ったり、ホテルまで出向いてパリ観光案内役を買ってでました。この黒板には飛行機の到着時間やホテルの名前などが書かれていることが多かった気がします。
私たちがフランスで暮らし始めて間もない頃、小暮徹さんの奥さんのこぐれひでこさんが、短い期間ですが、私たちのアントニーのアパートの一室に暮らしていたことがあります。当時すでにパリに住んでいた小暮夫妻でしたが、徹さんが仕事で単身バルセロナへ移り住むことになり、パリに一人で残るひでこさんを父が心配して、「うちにくれば?」と誘ったと聞きました。フランス生活の先輩の彼女が家にいてくれたら、私たち母子が心強いだろうという考えもあったでしょう。実際、気さくなひでこさんはとても頼り甲斐があり、私たち姉妹には年の離れた姉のように接してくれました。週末にはクリニャンクールやモントルイユの蚤の市にお供したこともありました。ひでこさん、徹さんとのお出かけはとにかく楽しかったことを覚えています。
黒板に書いてある数字は、なぜだかまだ記憶していた当時の自宅の電話番号です。フランス人が書く独特の手書きの数字を再現したいと思いましたが、もう手が忘れていました。

小暮徹さんがバルセロナの蚤の市で買ったお土産の黒板。紅子さんがチョークで書いた数字は、当時住んでいたフランスの自宅の電話番号。
小暮徹さんが撮影したアントニーのアパートのベッドの上でトランプをしているひでこさん、花子さん、紅子さん。まだフランス語もわからず心細い姉妹にとって、ひでこさんは歳の離れた姉のようだった。
ポルト・ド・クリニャンクールの蚤の市にて、ひでこさんと紅子さん。朝早く出かけ、1日ひたすら蚤の市をくまなく歩きまわった。
ノルマンディーのバイユーで。誠一さんとこぐれひでこさん。
雑誌「装苑」で連載していた《堀内誠一発 パリの手紙》の原画。堀内さんはここで家族で訪ねたフランス各地を紹介している。真ん中左寄りに「バイユーのタピストリーを見に」の記述。

「フランスの家の玄関で使っていたものだから」そう言って紅子さんは、大きめの紙袋から黒板を取り出して見せてくれました。上の部分には、左から丸い時計に顔と手足のついたキャラクター、そして「Hay que estudiar」という文字、その横にはソロバンのように弾けるカラフルな玉がついたラインが2本。右端には流れ星型の飾りが付いています。「Hay que estudiar」はスペイン語で「勉強しなきゃダメ」という意味だそうです。素朴で可愛らしいこの黒板は元は子どものためのものだったのでしょう。パリで使われていたように堀内家の玄関横に置いてみると、紅子さんがチョークを手に取って、当時の電話番号を素早く書いてくれました。
紅子さんは1974年5月、9歳の時からフランスに暮らし始めました。フランス語がまったくわからないまま現地の学校に通い始め、慣れるまで大変な思いをしたそうです。こぐれひでこさんはそんなフランス暮らしの最初の数ヶ月を共にした素敵なお姉さんだったわけです。洋服のデザイナーで抜群におしゃれなひでこさん。紅子さんは服や靴など身につけているものを褒められると嬉しかったそうです。「もみちゃんは赤が似合うから覚えておいてね」その頃、ひでこさんにそう言われたことを紅子さんは今でも信じているとか。それを聞いたひでこさんは「若気のいたりでそんなこと言ってごめんね」と笑います。
1974年、路子夫人と姉の花子さんがフランスに来る前、堀内誠一さん、紅子さん、小暮徹さん、ひでこさんで出かけたノルマンディー旅行。旅のお目当ては、堀内さんが「こんなに簡潔にいきいきとしたイラストレイションは無い…と僕は思ってる」と敬愛の念を熱く語るバイユーの「マチルダ王妃のタペストリー」でした。11世紀のノルマンディー公ウィリアムによるイングランドの征服の物語を刺繍によって描き表したもので、幅約50cm、長さ約70mに及ぶ驚くべき大作です。作られたのは1077年頃で、保存状態も良いままに今に伝えられています。
フランスに来たばかりの紅子さんは、この旅の間中、車酔いで大変だったそうですが、小暮夫妻はこの旅のことを「いつもにこにこしているもみちゃんが可愛かった」と思い出深く語ります。堀内さんにとってにこにこと笑う紅子さんを伴ってのこの旅は、パリを起点とする家族旅行の始まりだったのではないでしょうか。
堀内さんは1976年9月、「パリの手紙 No.9」で、「ここ2年間に子ども連れで行ったとこを思い出して」として、シャンパーニュ地方、ベリー地方、ラスコー、ルルドなどフランス各地の見どころを紹介しています。「タピストリーを見に」と銘打ってバイユーについても触れています。この記事全体の冒頭部分には、旅する堀内一家4人のイラストが描いてあって、一番小さな紅子さんの台詞として「チェッ結局父さんが行きたいトコへ行くんじゃないか!」とあります。バイユーに始まった家族旅行に対しての少女としての率直な気持ちだったのでしょう。
「ドゥサン トラントセット キャランテーアン キャトルヴァン(237 4180)」。懐かしい黒板を前に思わず口ずさみながら電話番号を綴った紅子さん。7年間におよぶフランス生活で、いろいろなことがありながらも言葉も生活習慣にも自然に馴染んでいきました。バイユーのタペストリーも「いまならその物凄さが分かる」そう語る紅子さんにとって、父、堀内さんとの旅は時と共に形を変えて胸にしみてくるそうです。

次回配信日は、6月 28日です。

第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ、第27回 デンマークのヴァイキング人形、第28回 メキシコのおもちゃ(前編)、第29回 メキシコのおもちゃ(後編)、第30回 最後まで飲んでいたスコッチウイスキー、第31回 エピナールの紙人形とおもちゃ絵、第32回 バルセロナの人形、第33回 パリ自宅の棚、第34回 ドイツのカラス指人形、第35回 コーデュロイのコート、第36回 堀内家のシュークルート、 はこちら

・ここで触れた書籍・雑誌
《堀内誠一発 パリの手紙》堀内誠一 「装苑」1976年1月号-12月号(文化出版局)

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2024年7月6日(土)~9月2日(月)
島根県立石見美術館
休館日:休館日:毎週火曜日(8月13日は開館)
開館時間: 9:30~17:00(入館は17:30まで)

記念講演会「絵を愛した父」
7月6日(土) 14:00 -15:30
トーク:堀内花子 聞き手:林綾野

ワークショップ「豆本をつくってみよう」
8月11日(日・祝) 14:00 -16:00
講師:堀内紅子

詳しくは「島根県立石見美術館サイト」でご確認ください。
https://www.grandtoit.jp/museum/


「堀内誠一 絵の世界」
2024年9月14日(土)~11月24日(日)
イルフ童画館〈長野県・岡谷〉

・新刊のお知らせです。

『父・堀内誠一が居る家 パリの日々』 堀内花子 カノア
家族と共に暮らしたパリの日々の思い出。長女・堀内花子から見た父・誠一の日常が綴られたエッセイが刊行されました。初公開の貴重な写真や手紙、イラストレーションなども収録しています。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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