堀内誠一のポケット 第18回

アート|2022.7.25
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第18回 スズキコージさんのスケッチブック
(後編)

談=堀内花子

 天ぷら屋さんでアルバイトをしていたコージズキンの絵と人柄を、父は直感的に見定めたのだと思います。当時、創刊の準備をしていたananで紹介するだけでなく、新しい絵本作家を探していた出版社にも推薦できると見込んだのでしょう。短い間だったとはいえ、まるで「舎弟」のようにズキンを可愛がったことを、今回あらためて知りました。
自分の仕事場に立ち寄らせ、行きつけのバーに連れて行き、「おやゆびちーちゃん」の取材のための北海道旅行に誘い、野郎二人の珍道中もやっています。父はその後コージズキンの活躍には頓着しません。もちろんパリの家に遊びにきてくれた時は歓待しています。コージのジプシーさながらの旅の報告を絵入りの手紙でもらえたのはさぞや愉快だったことでしょう。
 父の訃報は電話で伝えました。その数日後に届いた父の似顔絵、よく似ています。

コージズキンことスズキコージさんが描いた堀内誠一像。 どちらの絵も手にグラスを持っているのは、堀内さんがいつもお酒を楽しんでいたからでしょう。
スケッチブックをルーペで眺めるスズキコージさんと路子さん、花子さん。懐かしい思い出話に花が咲きました。
美術館の堀内誠一作品を観るスズキコージさん。堀内さんの生き方そのものが「アート」だったと回想。

小田原の堀内家のリビングに飾られている堀内誠一さんの姿を描いた2つの絵。大きな瞳に精悍な顔立ち、手にはグラスを持っています。1987年8月17日に堀内さんが急逝してからしばらくして、スズキコージさんが描き、ご家族に贈ったものです。

静岡県長泉町のクレマチスの丘に建つ2つの美術館。ベルナール・ビュフェ美術館では2022年春から夏にかけて「堀内誠一 絵の世界」展が開催、時を同じくしてヴァンジ彫刻庭園美術館では、スズキコージさんのライブペインティングが行われました。18歳の時に堀内誠一さんと出会い、それを機に、絵を描くことを生業にしていったコージさん。堀内さんの展覧会とコージさんの絵のイベントが同時期に行われるという巡り合わせとなり、路子夫人、花子さん、みなさん揃っての再会となりました。


花子さんは、コージさんに見せるために、例のスケッチブックを携えて美術館に来てくださいました。「アバウトに言ってもね、僕がなんとか浜松の高校出た頃、実家で描いたものだと思うなあ」とコージさん。50年以上の歳月を経て、10代後半に描いた自らのスケッチブックと再会です。「アラビアのロレンスっていう映画を見て、びっくりしてね。この絵は、それにインスパイアされて描いたやつだ。あれは、たしか浜松の東洋劇場というところで学校早引きして観に行った覚えがあるから。」
 「平凡パンチ女性版」で絵を紹介してもらったことをきっかけに、コージさんは堀内さんを慕って、仕事場であるアド・センターに足繁く通います。絵を見てもらい、バーやディスコにも連れて行ってもらったといいます。堀内家を訪ねた際はその本棚を見て、衝撃を受けます。「堀内さんの丸い窓の家に泊めてもらったら、大きな壁が全部本で! 片っ端から見せてもらいました。洋書が多いのね、もうびっくりしちゃって。そこで見つけたのが、ドクター・ハインリヒ・ホフマンの『もじゃもじゃペーター』とか。その時は本当に至福の時間でした。堀内さんの本棚を見て、もう目から鱗というか、こんな絵本の世界があるんだって知ったのはその時ですね。そういう舞台があるってことを見せてくれたのが堀内さんなんです。絵を描く人間にとって、絵本という舞台があるんだってことをね」
 1974年に堀内家がパリに引っ越し、コージさんが堀内さんに会う機会は少なくなりますが、パリの家に遊びに行ったりと交流は続きました。その後、1981年に堀内さんは帰国しますが、仕事に追われる中、6年後の1987年に急逝。旅先で訃報に触れたコージさんは急ぎ、東京に戻ります。そして堀内さんの早すぎる死をどう受け入れていいか苦しんだと言います。
「空前絶後に多忙な、全身全霊で闘ってたというか、アートしてたという方でしたから。堀内さん自身は楽しんでやってたと思うんですけど、それにしても、超過酷なスケジュールをこなしていたと思います。」 告別式で堀内さんの棺を運びながら号泣したコージさんは、その別れを思い出し、涙を浮かべながら語ってくれました。
「みんな愛してたからね、堀内さんのこと。あんな人、二度と出ないわ。岸田衿子さんが一言、堀内さんのことを『美しい人でした』って、『きれいな人でした』って言ってたよ。女性に対してはいうかもしれないけど、男性に対してはなかなか出ない言葉かもしれない。精神的なことももちろん含んでる言葉だと思う。僕もね、行けるとこまで行く。堀内さんもね、あの世で喜んでくれると信じてますから。」*

*スズキコージさん談(2022年5月「クレマチスの丘」にて)

(文=林綾野)


次回配信日は、8月17日です。



第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)はこちら

ヴァンジ彫刻庭園美術館でライブ・ペインティングを行ったスズキコージさん。大きなキャンバスいっぱいに生命力溢れる花の絵を描く。

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2022年7月30日(土)~9月25日(日)
県立神奈川近代文学館 (神奈川・横浜)
https://www.kanabun.or.jp/exhibition/16710/
休館日:月曜日 (9月19日は開館)
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)

記念講演会(事前申込制)
「堀内誠一 絵の旅・文の旅」
講師:巖谷國士(仏文学者・美術批評家・旅行作家)
2022年9月17日(土)14:00-

記念トーク(事前申込制)
「絵を愛した父」
トーク:堀内花子 聞き手:林綾野
2022年9月11日(日)14:00-

詳しくは文学館のサイトでご確認ください。
https://www.kanabun.or.jp/event/upcoming-event/


その後も巡回する予定です。

「堀内誠一 特別コーナ展示」
2022年7月31日(日)~9月上旬まで開催予定
NADiff modern (ナディッフモダン)
〈渋谷東急 Bunkamura ブックショップ〉
http://www.nadiff.com/?page_id=166
「マザーグースのうた」の原画展示や
貴重本、グッズの販売をいたします。


堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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