堀内誠一のポケット 第6回

アート|2021.10.15
文=林 綾野|写真=小暮 徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り

談=堀内花子
「この黄色い瓶、いいでしょ」と父に見せられたのはいつだったのか。風呂上がりや髭剃り後に、父がこのオードトワレを「はたいていた」ことと、その柑橘系の香りも覚えています。数分後には消えてしまう香りを今も覚えているのは、当時、夜遅くまで仕事をしていた父が起き出すのが午後2時頃。ちょうど私が学校から帰ると、風呂上がりの父がコレをつけているタイミングだったからかもしれません。父が亡くなって数年後、このムッシュー・バルマンを探したところ、ロゴもサイズも違うスプレー瓶になっていました。父が気に入った瓶は捨てられずにいます。

堀内が愛用していたオードトワレ、ムッシュー・バルマン(MONSIEUR BALMAIN)。堀内家の棚の上には今でも空になった瓶が置かれている。後ろに見えるのは絵本作家のスズキコージさんによる堀内誠一像。

右:生活の中の家電について紹介する冊子『くらしの泉』(松下電器産業)。1972年8月号に掲載された「いそがしいいさむ」は、少年の日常を綴るショートストーリーを谷川俊太郎が担当し、堀内誠一が絵を描いた。
左:同誌掲載の絵の原画。主人公のいさむの左側にムッシュー・バルマンの黄色い瓶が描かれている。このオードトワレはその後ライセンスの移行でデザインも調香も変わってしまった。

ananなどファッション雑誌のアートディレクションを務め、最先端の流行を切り開いていた堀内さんですが、「流行は作るもので、乗るものではない」と、日頃から着るものや持つものに強く執着することはなかったといいます。ただ香りにはこだわりがあったのか、使用したオードトワレはムッシュー・バルマンのみ。堀内さんが愛用したこのオードトワレは1964年より販売されたもので、花子さんの記憶の通り、柑橘系の清涼感漂う香りが特徴です。1960年より仕事で頻繁に海外に出かけた堀内さんは、空港の免税店に立ち寄って、時折ムッシュー・バルマンを購入していたとか。香りもさることながら、黄色のボトルに黒いキャップというデザインを気に入っていたのかもしれません。堀内さんは、絵本の他にも雑誌や挿絵の仕事も多く、堀内家にはそうした原画が数多く残っています。1972年に『くらしの泉』のために描いた「いそがしいいさむ」もその1枚で、この黄色いボトルの姿もあります。花子さんによると、堀内さんの絵には、こんな風に身近なアイテムが描き込まれることもままあるそうです。このショートストーリーの主人公「いさむ」のような半ズボンの姿の少年像も堀内さんが幾度となく描いたイメージです。水彩絵の具やオイルパステル、油性ペンなど、さまざまな画材で多様な絵を描いた堀内さんですが、根底に流れるスタイルや好きなテーマがあったことも事実。そうした傾向を絵の上に見つけることはなんともいえない楽しみでもあります。
(文=林綾野)

次回配信は、10月30日です。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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