堀内誠一のポケット 第19回

アート|2022.8.17
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第19回 コリントゲーム

談=堀内紅子

この大きなコリントゲーム盤は、物心ついたときから身近にあった特別なおもちゃでした。本棚に立てかけてあるゲーム盤は、畳半畳分くらいの大きさで、父か母に頼まなければ子どもには持ち上げることもできませんでした。狭くてごちゃごちゃの家の中では平らに置くスペースを作るのも大変。とはいえ、来客があると父が「やりましょうか」と引っ張り出し、私たち姉妹も大人にまざって遊んだ記憶があります。母によれば、結婚したばかりの頃、父が得意そうに持って帰ってきたけれどその値段を聞いてびっくりしたのだそう。結婚祝いのひとつだったのかもしれません。

1930年代に日本で販売した「小林脳業」が社名の小林の音読みもじって「コリント」と名付けたそう。花子さんは堀内家に通い慣れた編集者と遊んだ記憶もあるという。
堀内さんが少年時代に描いたものを母、咲子さんは大事に保管していた。この双六もそのうちの1つで、古い紙を補強するためデパートの包装紙で綺麗に裏打ちされている。1987年に堀内さんが亡くなった後、咲子さんはこの双六も含め、保管していたものを路子夫人に託した。

 堀内家のリビングの片隅に、普段は立てかけられている大きな木の板。机に置いてみると、盤面に小さな釘が打ち込まれ、その間に球を転がして遊ぶ玩具だとわかります。「コリントゲーム」と呼ばれるこの球転がしの玩具は、堀内誠一さんのお気に入りでした。
 盤面の盤面のあちこちに空けられた穴と、釘で囲まれたいくつかのゾーンにそれぞれ点数が記してあります。鉄の小さな球を10個並べ、右側の突き出し口から小さな棒で1つずつ突いていきます。盤上に転がった球がいき着く穴やゾーンの点数を合計し、得点を競って遊ぶゲームです。アメリカで1910年代に生まれ、1930年代半ば頃から日本でも出回るようになりました。パチンコの元になったともされています。
 紅子さんによれば、新婚当初から堀内家にあったらしいとのこと。堀内さんと路子さんが結婚したのは1958年ですので、コリントゲームは少なくとも60年間は堀内家のリビングに存在していることになります。堀内さんは、何の気なしに独りで遊ぶこともあれば、訪ねてくる人と一緒にゲームを楽しむこともあったそうです。高得点を取るにはやはりコツがあって、うまくいったときに浮かべる嬉しそうな堀内さんのお顔を、花子さん、紅子さんは、いまでも思い出すそうです。
 トランプもそうですが、堀内さんがゲーム遊びを楽しむのは少年の頃からのこと。堀内家には、母、咲子さんから譲り受けた双六が残っています。堀内さんが少年の頃に描いたものです。「ふりだし」と「上り」の文字は誰か大人が書いたのでしょうか。そのほかの部分には子どもらしい、ですが整った綺麗な文字で「えんぴつのしん ほそくなれ けづって けづって ほそくなれ」「えんどうのつるより なおほそく」など各コマにセリフが書き込まれています。どうやら「ほそく」という言葉をテーマにしたすごろくのようです。雑誌の付録に双六が付いていれば、花子さん、紅子さんを誘って必ず遊んだという堀内さん。忙しい最中にも決して遊びを忘れない人でした。堀内家では今も変わらずコリントゲームを楽しむことができます。
(文=林綾野)

次回配信日は、9月20日です。



第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)はこちら

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2022年7月30日(土)~9月25日(日)
県立神奈川近代文学館 (神奈川・横浜)
https://www.kanabun.or.jp/exhibition/16710/
休館日:月曜日 (9月19日は開館)
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)

記念トーク(事前申込制)
「絵を愛した父」
トーク:堀内花子 聞き手:林綾野
2022年9月11日(日)14:00-

記念講演会(事前申込制)
「堀内誠一 絵の旅・文の旅」
講師:巖谷國士(仏文学者・美術批評家・旅行作家)
2022年9月17日(土)14:00-

詳しくは文学館のサイトでご確認ください。
https://www.kanabun.or.jp/event/upcoming-event/


その後も巡回する予定です。

「堀内誠一 特別コーナー展示」
2022年7月31日(日)~9月上旬まで開催予定
NADiff modern (ナディッフモダン)
〈渋谷東急 Bunkamura ブックショップ〉
http://www.nadiff.com/?page_id=166
「マザーグースのうた」の原画展示や
貴重本、グッズの販売をいたします。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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