堀内誠一のポケット 第40回

アート|2024.8.29
林 綾野|写真=小暮 徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

岩波手帖

談=堀内花子
父と母は結婚した当時から、アジェンダを用意して二人で仲良く書き込んでいました。1960年の父の初めての渡欧のときの手帳もあります。旅の印象や簡単なスケッチのほかに、誰にどんなお土産を買ったか、いくら使ったかなども記されています。
岩波書店の仕事をするようになってからは、毎年いただける「岩波手帖」を愛用するようになりました。
若い頃の最初のページには、その年の抱負みたいなものが書かれていて愉快です。行きつけの飲み屋のリストの順位をつけて、お酒は控えると宣言してみたり‥‥
日記ではないし、適当につけているので、何も記されていない白紙のままのページも多いです。けれど当時の父の仕事や活動を調べようと思ってページを繰ると意外な発見があり、推測を重ねると「なるほど」と思う事実が見えてきたりすることもあり、私にとってはちょっとした魔法の小箱です。

35歳から亡くなる54歳まで、パリ郊外に住んでいた時期を含め約20年使い続けた岩波手帖。上段左から3冊目は1970年の手帖に描かれた「anan」のデザインラフ。中段右は、1981年の手帖「Olive」の表紙ラフ。下段左は1982年の手帖で、3月メキシコを旅していたときの記録とスケッチ。
「anan」創刊第2号(1970年4月5日刊行)の誌面。生まれたばかりの「anan」ロゴをカラフルに並べた壁紙を編集室の壁に貼っているところを写真とグラフィックでレイアウトしている。手帖に描かれたラフスケッチには、「壁紙風ポスター」とメモが書かれている。今も使われている「anan」のロゴは、まさしく堀内さんの筆跡から生まれたものだということが分かる。

堀内家の箱の中にしまわれている手帖の中から「岩波書店」と型押しされているものを全て並べてみました。黒や深い緑、赤など年ごとに異なる色の革カバーに、その年が金色で箔押しされています。1968年から87年まで抜けることなく合計20冊。1967年、堀内さんは岩波書店より出された「人形の家」(ルーマン・ゴッデン 作/瀬田貞二 訳)の表紙と挿絵を描きました。つまり岩波書店とのご縁は67年からで、年末が近づいた頃、翌年の手帖を受け取ったのでしょう。「岩波書店の仕事をするようになってから」と花子さんがお話しくださった通りです。その後も「ふしぎなくつ」(ポラジンスカ 作 内田莉莎子 訳 1968年)、「空にうかんだお城」(フランス民話、山口智子 訳 1981年)などの表紙と挿絵を描き、「グリム童話集全3巻」(1984年)では装丁を手がけるなど、岩波書店との仕事を重ねています。
ぱらぱらと手帖をめくっていくと、打ち合わせの予定、会った人、食べたもの、お酒を飲んだ場所などがぽつりぽつりと書き留められています。細かく全ての予定が書き込まれているわけではありませんが、絵本の作画にまつわるメモも多く、「15日までに“手とゆび”」「雪わたりいそげ!」「オズの魔法使い5枚」など、堀内さんの仕事の様子が伝わってくる記述がいくつもあります。よく見ていくと、雑誌や広告、絵本など実にさまざまな仕事が同時並行で進んでいることがわかり、堀内さんの超人的な仕事ぶりに驚かされます。
余白の多い手帖のところどころに絵も描かれています。旅先で見つけた洋服、カフェで近くに座っていた人を描きとめたスケッチ。地図もあります。1970年2月のあるページには「anan」のロゴとパンダのイラストがびっしりと描かれていました。堀内さんが内容作りや編集方針に深く関わり、アートディレクターを務めた「anan」は1970年3月3日創刊。日本で初となる女性のための大判ヴィジュアル雑誌の登場は人々を惹きつけ世の中を沸き立たせました。そして4月5日刊行の第2号では“「アンアン」のファッション編集室がスタートしました。港区六本木です”と題し、“編集室は「anan」の文字をデザインした壁紙はりかえたところ”と続きます。六本木に編集室を構えること、雑誌のメイキングの裏舞台を誌面で紹介することなど、「anan」を世に出すにあたり堀内さんは新しいアイデアを次々に出し、実行していきました。手帖に記されていたのは、第2号のそのページのためのラフスケッチだったわけです。
「anan」に続き、平凡出版(現マガジンハウス)より刊行された雑誌、「POPEYE」(1976年)、「BRUTUS」(1980年)、そして1982年6月3日創刊された「Olive」のロゴも堀内さんによるデザインです。1981年の手帖には雑誌「Olive」のロゴ原案と思われるスケッチが残っていました。当時堀内家はパリ郊外に暮らしていました。花子さんのフランス人の友達でアルファベットの「i」の上の点「・」の部分を「○」で書く子がいたそうです。花子さんによれば、堀内さんは、「Olive」のロゴをデザインする際、そんなことも少しヒントにしたのではないかとのことです。
こうしたメモやスケッチは、堀内さんにとって、その時気軽にぱっと綴ったものに過ぎないのでしょう。ですが長い年月を経て、堀内さんが残した膨大な仕事と照らし合いながら見てみるとその成り立ちや作品誕生のライブ感を伝えてくれる貴重な資料に他ありません。目の前の仕事と向き合いながら先々の仕事の順番、段取りを組み立てていく。時折、手帖を広げながら思考する堀内さんの姿を想像すると、その目は遠い未来まで見通していたのかもしれない、そんなふうにも思えてきます。
(文=林綾野)

次回の配信日は、9月30日です。

第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ、第27回 デンマークのヴァイキング人形、第28回 メキシコのおもちゃ(前編)、第29回 メキシコのおもちゃ(後編)、第30回 最後まで飲んでいたスコッチウイスキー、第31回 エピナールの紙人形とおもちゃ絵、第32回 バルセロナの人形、第33回 パリ自宅の棚、第34回 ドイツのカラス指人形、第35回 コーデュロイのコート、第36回 堀内家のシュークルート、第37回 バルセロナから来た黒板、第38回 地図、第39回 クロード岡本さんのタイル画、  はこちら

・ここで触れた書籍・雑誌
『ふしぎなくつ』
作:ポラジンスカ 訳:内田莉莎子 絵:堀内誠一 1968年 岩波書店
『空にうかんだお城』
フランス民話 訳:山口智子 絵:堀内誠一 1981年 岩波書店
『グリム童話集 全3巻』
装丁:堀内誠一 1984年 岩波書店
「anan」創刊号/第2号 1970年 平凡出版
「BRUTUS」創刊号 1980年 平凡出版
「Olive」創刊号 1982年 平凡出版

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2024年9月14日(土)~11月24日(日)
イルフ童画館〈長野県・岡谷〉
休館日:毎週水曜日(祝日は開館)
開館時間: 9:00~18:00(入館は17:30まで)

ギャラリーツアー「花子さんと見て楽しむ堀内展」
9月14日(土) 14:00~15:30
トーク:堀内花子 聞き手:林綾野

ワークショップ「紅子さんと「長靴をはいた猫」の豆本をつくろう」
11月4日(月・祝) 13:30~15:30
講師:堀内紅子

詳しくは「イルフ童画館サイト」でご確認ください。
https://www.ilf.jp

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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