まもなく終了! 異世界を感じる展覧会

アート|2023.9.21
坂本裕子(アートライター)

いよいよ今週末まで! 見逃すには惜しい展覧会を紹介

秋の展覧会が続々と開催されていく9月。
その前に、今週末で終了する展覧会から、ちょっと不思議な世界を感じさせる展覧会を紹介。
異界、現実と非現実のあわい、無意識の表象。気になるものがあったら、9月最後の連休に訪れてみてはいかが?

「和のあかり×百段階段2023~極彩色の百鬼夜行~」 ホテル雅叙園東京

文化財建築と現代作家の競演。“あかり”が導く美しくて妖しい異界

左:エントランスホール
山口県柳井市の民芸品「金魚ちょうちん」と現在に残る唯一の相模鋳物の小田原風鈴、江戸時代から作られていたガラス風鈴にちなみ名づけられた「江戸風鈴」が、夏祭りの夕暮れを象徴する
右:百段階段
天井に描かれた絵や、階ごとに異なる窓の桟の細工などにも注目

日本美のアートホテルとして知られるホテル雅叙園東京にある「百段階段」。前身である目黒雅叙園の面影を唯一現在に残す木造建築の各部屋をつないでいる。昭和初期に、庶民にもひらかれた料亭として、壁画や天井画、彫刻から工芸までを当時の芸術家や職人に依頼し、素材にも贅を尽くした豪華絢爛な食の空間は、“昭和の竜宮城”とも呼ばれた。「百段階段」は、東京都の有形文化財にも指定されている。
毎年この空間を活かした展覧会が企画されている。なかでも「和のあかり」は、常とは異なる世界を感じさせて人気のシリーズ企画だ。8回目となる今年の夏は、「和のあかり」が照らし出す、人ならざるものの世界。
伝統を引き継ぎ、いまにその技を伝える多様な素材、制法のあかりと、現代アートが織りなす空間に、妖怪や鬼から神々まで、異界の情景が浮かび上がる。各間にはそれぞれのテーマに合わせた音楽や香りも加えられ、まさに五感で感じる極彩色の異界の旅を提供する。
現代のエッセンスを備えた伝統工芸のあかり、自然やエコに寄り添う現代アートのアイデアと作品の魅力はもちそん、近代を代表する画家や当時の職人の美で飾られた空間も新しい貌を魅せてくれるはずだ。

「異界へと続く道」(十畝の間)展示風景から
荒木十畝が四季の花鳥を描いた天井画と、木の肌をそのまま活かした柱、漆黒の螺鈿細工が見どころの部屋は、埼玉県越谷市で、国内唯一の藍染め技術である「籠染め」でゆかた生地を生産してきた工場が、その伊勢型紙の模様を真鍮にエッチングして制作した「籠染灯籠」を灯し、美しい影を重ねる。そこに表れるのは、一葉式いけ花の家元の作品。陽も落ちた青い光のなか、異界への道を示す
「鬼の住処」(漁樵の間)展示風景から
中国の故事「漁樵問答」の一場面を、彩色木彫と日本画で表し、純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられたまばゆいばかりのゴージャスな間が一変。赤や青の光を放つ水晶や不思議な花が、部屋の彫刻までも不気味な雰囲気に染め上げる。これらの造作はなんと、すべてペットボトルから作られている。その精緻さ、質感のリアルな再現性は驚愕の技術。現代作家・本間ますみの作品
「異界の四季」(草丘の間)展示風景から
磯部草丘の手になる四季草花絵に飾られ、職人による面腰組子の障子が美しい部屋は、実際に歌舞伎や舞台で使用される衣装や大道具たちが四季を表す精霊たちを現前させる。セットとは思えないほど丁寧に作られた、その技術と熱意を間近で確認できる貴重な機会
左は「藤娘」、右は「鷺娘」から
「白き狐の世界」(静水の間)展示風景から
池上秀畝による鳳凰舞鶴、小山大月による金箔押地秋草、そして橋本静水による扇絵などに囲まれた、めでた尽くしの間は、薄(すすき)が生い茂る白狐のいる野に変貌。「義経千本桜」の源九郎狐が姿を表す空間には、漉き紙による三日月のあかりのなかに、米川慶子が制作した藍染の花や、髙橋協子による妖怪たちが、妖しくも美しく、楽しく色を添える
「対岸の現世」(清方の間)展示風景から
鏑木清方の美人画や四季草花に囲まれた茶室風の部屋は、「水が紡ぐ詩」(星光の間)を過ぎて、水底から上がり、対岸に現世のあかりを見るシーンが想定される。照明作家・弦間康仁は、近未来的でありながら、どこか古代の記憶を放っているようなオブジェと、木や植物がそのままあかりとなった小さな作品で「光」そのものへの意識を喚起させる。倉敷の切子灯篭を発展させた「切子あかり」は、令和に入ってから、希望と癒しの意味を持つ「希莉光(きりこ)あかり」となって、カラフルにしかし、やさしい光で現世を思い出させる。かんざし作家・榮による「青い彼岸花」もお見逃しなく
「神々の園」(頂上の間)展示風景から
「たくさん」を意味する「九十九(つくも)」にちなみ、99段でたどりつく最上階は同じ異界でも神々の世界。現世へ戻る前に、生を寿ぐ福々しい空気に触れる。大島望が手がけるライティングデコレーションは、まさに光の曼荼羅。金平糖のような形のあかりの素材は紙。栃木ダボ製作所が間伐材を再活用して制作した「神々のお面」は、愛らしく持って帰りたくなる。埼玉県の「越谷張子だるま」は、和紙や英字新聞などを使用した花房茂デザインの「だるまアート」とコラボレーション。こちらもちょっと自宅に置いてもお洒落かも、と思わせる楽しさ
ホテル雅叙園東京のエントランスホール
ホールにもあかりと生け花のコラボレーション作品が。ショップには本展出品作家の作品をはじめ、魅力的なグッズも揃っている

展覧会概要

和のあかり×百段階段2023~極彩色の百鬼夜行~

会場:ホテル雅叙園東京
会期:2023年7月1日(土)~9月24日(日)
時間:11:00–18:00(入館は17:30まで)
料金:一般1,500円、学生800円(要学生証呈示)、未就学児無料
電話:03-5453-3140
公式サイト:https://www.hotelgajoen-tokyo.com/100event/wanoakari2023/

「野又 穫 Continuum 想像の語彙」 東京オペラシティ アートギャラリー

現実と非現実を超えた新しくも懐かしい世界に自然と人間の関係性を想う

C章 展示風景から

巨大なガラスの球体に植物を内包した構造物、古代を感じさせながら時代も場所も定かではない石の建物、近未来のような都市風景……。
野又穫(1955–)が描く世界は、見たことがない、「シュール」ともいえそうな不思議な風景なのに、どこか懐かしく、切なさを喚起する。
大学でデザインを学んだのち、広告代理店に勤務しながら絵画制作に取り組んだ野又は、1986年のギャラリーでの個展以降、作家活動に専念し、“知る人ぞ知る”作家として、熱心なファンを獲得していたが、2020年にイギリスの有力ギャラリーの目に留まり、世界的なデビューを果たす。そのきっかけとなったのが同館で2004年に開催された個展だったという。野又の作品をこよなく愛したという寺田小太郎により寄贈された同館のコレクションは、代表作40点余を含み、最大の所蔵館となっている。
企画展示室における初の大規模個展では、このコレクションに、初期から最新作までが集められ、その全貌を追える。ファンには待望の、そして知らなかった人には貴重な出会いの機会となるだろう。
彼の描く世界には人影はなく、遠い未来に人類の痕跡を見るような気持にもなる。人の存在がないことが却って人の営みを強く感じさせるのだ。現実と非現実という認識を無化し、建築というもっとも人工的なものと、時を含めた自然との関係を静かに、深く問いかける、野又の豊かな想像が紡ぎ出すメッセージに耳を傾けたい。

B章 展示風景から
1990年代の作品
B章 展示風景から
1990年代の作品 描かれる建築物は大型化するとともに、土や植物など自然のものと結合しているようなものになっていく
A章 展示風景から
大学卒業後、広告代理店でデザイナーとして働くかたわらに制作された作品は、いつの、どこのものとも知れない建造物が描かれる。不思議な構造を感じさせる建築模型とともに並ぶ空間では、描かれた建築の内部に入っていくような感覚を得られるだろう。本展では唯一人物が描かれている作品もここに。探してみて!
C章 展示風景から
1990年代末から21世紀初頭にかけて制作された作品が並ぶ。この頃、野又の画面には、風車や気球、船の帆などが多く現れてくる。それらは、静止していた画面に動きの印象を付与し、大気や空気の流れ、そして時を感じさせる
左・中央が、自然と人間の拮抗を見つめ続ける野又のまなざしをよく伝える《Babel 2005 都市の肖像》
D章 展示風景から
〈光景 Skyglow〉シリーズ(左)から最新作〈Continuum〉シリーズ(右)
D章 展示風景から
2008年頃から最新作までが紹介される。
これまでの構造物や風景の画面に、何かしらの気配のようなものがより先鋭化されていく。やがてそれは、闇に浮かび上がる光の表現に昇華する。これらは、まるで画面が自ずと光を発しているような不思議な作品になっている
左:資料展示 野又の思考の軌跡が感じられる貴重な機会だ 右:2011-15年に制作された〈Square Drawing〉の展示風景から
2011年に起った東日本大震災で、これまでに描いてきた建造物が圧倒的な自然により破壊されるのを目の当たりにした野又はいっとき制作ができなくなったという。その時期に制作されたのがこのドローイングシリーズ。このひとつひとつを確かめる作業を経て、最新作「Continuum」が生み出された

展覧会概要

野又 穫 Continuum 創造の語彙

会場:東京オペラシティ アートギャラリー
会期:2023年7月6日(木)~9月24日(日)
時間:11:00–19:00(入館は18:30まで)
料金:一般1,400円、大・高生800円、中学生以下無料
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:http://www.operacity.jp/ag

「横尾龍彦――瞑想の彼方」 埼玉県立近代美術館

国を超え、ジャンルを超え、思想を超え、意識を超えて。越境を通した画家の生涯

第1章から第2章への展示風景
額装されていない状態で見られる作品が嬉しい

日本とドイツを往来しながら、独自の画を追求し続けた画家・横尾龍彦(1928–2015)。東京美術学校日本画科を卒業したのち、キリスト教に帰依して、渡欧先のスイスで初個展を開催。帰国後は宗教や西洋の神話をテーマに幻想画を描き、澁澤龍彦や種村季弘らに高く評価されるも、1980年以降には、禅やルドルフ・シュタイナーの霊学に影響を受け、ドイツと日本を拠点に、東西思想の融合を目指して抽象画を描くようになる。やがて、制作前に瞑想をして、無心の状態で描く無作為のスタイルを確立。その風景をパフォーマンスとして公開しつつ、意識を超えた世界の美を追求した。
あまり知られてこなかった横尾の日本の美術館における初の回顧展が開催されている。画業の初期から最晩年の作品まで、その変遷のみならず、新聞小説の挿絵や書籍の装幀に、写真やスケッチなどの資料や、パフォーマンスの映像まで、横尾の画業の全貌をたどれる内容だ。今回の調査で明らかになった、聖母子像の彫刻作品群の報告もあり、その多彩な制作をさらに印象づける。
初期の幻想画は、内にあるものを吐露しているような情念がおどろおどろしくも美しく表され、異様な迫力にひきつけられる。やがて、静謐な黙示録の世界を表した「青の時代」を経て、禅や書を思わせる筆致と激しい飛沫による抽象画へ、さらには「水が描く、風が描く、土が描く」と本人が述べたように、公開制作をも含んだ、瞑想から無意識の状態で描かれた作品へと変貌していく。
次々と変わっていく制作スタイル、日本画と油彩、彫刻にパフォーマンス、絵具に異素材の活用という縦横無尽な手法とともに、東西の地を超え、思想の枠を超え、自他や人と自然との意識すらも超えて、その先にある「美」を追い続けた画家の生きざまが感じられる空間だ。

第1章 北九州からヨーロッパ、東京へ 展示風景から
左:《水と霊》 1966年 個人蔵
右:《聖女》 1966年 個人蔵
第2章 悪魔とエロスの幻想 展示風景から
右:《幽谷》 1971年 北九州市立美術館
第3章 内なる青を見つめて 展示風景から
左:手前から《封印は解かれた》 1985年 個人蔵、《黎明》 1983年 神奈川県立近代美術館、《風景》 1984年 個人蔵 画面に噴出していた想念が美しい青に塗り込められたような画面。画家本人が「青の時代」と呼ぶ時期の作品
左:第3章 内なる青を見つめて 展示風景から
右:第4章 東と西のはざまで 展示風景から
《アウロラ》 1991年(左)、《天体音響》 1992年(右)ともに個人蔵
第4章 東と西のはざまで 展示風景から
禅の概念を感じさせる画面には、砂や金箔などが使用されているものも。近くで確認したい
第5章 水が描く、風が描く、土が描く 展示風景から
左:《宇宙音響 Ⅰ》《宇宙音響 Ⅱ》 2010年 個人蔵
《海》 2014年 個人蔵
事実上の絶筆とされる本作は、これまでインターネット上でしか公開されたことがなく、展覧会では初公開となる。水の動きをそのままにとらえたかのような勢いとみずみずしさは、晩年の作とは思えない力を持つ

展覧会概要

横尾龍彦――瞑想の彼方」

会場:埼玉県立近代美術館
会期:2023年7月15日(土)~9月24日(日)
時間:10:00-17:30(入館は17:00まで)
料金:一般1,000円、大高生800円、中学生以下無料
    障害者手帳呈示者と付添者(1名)は無料
電話:048-824-0111
公式サイト:https://pref.spec.ed.jp/momas/

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