伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?
クロード岡本さんのタイル画
談=堀内花子
このタイル画はものごころがつく頃から家のどこか、つねに目につくところにあって、父から「これはクロード岡本というひとの絵なんだよ」と聞いていました。「父さんが大好きなひとだよ」とも言っていたように思います。家にある絵本や画集は、まだ字が読めなくても本棚に手さえ届けば自由に見ていたので、そこに並んでいた『てじなしとこねこ』の人だということも、わかっていたと思います。なにしろ不思議な絵ですから。魔法的な魅力があるのです。20年ほど前に落として少し欠けてしまいました。
これは父がプロデュースした子ども部屋のための展覧会のためにクロード岡本さんに依頼したものです。この展覧会で父が声をかけた作家には井上洋介さん、長新太さん、大村(山脇)百合子さんなどがいらっしゃいますが、いったい皆さんどんな作品をつくったのでしょう? ちなみに父は「星の王子さま」をイメージして宮大工の方に依頼した木製の置物、動物たちが集う木の絵を描いていたことが、亡くなって何年もたってからわかりました。
展覧会で売れ残った商品、子供心に見たことのないオレンジ色のビニールのインフレータブルのスツールなど、いくつか持ち帰ってきましたが、作家の作品として持ち帰ったのは、このクロード岡本さんのタイル画だけだったと思います。
15cm角ほどの白地の陶板に描かれた蝶々と花。筆に絵の具をたっぷりと含ませ、迷いなく引かれた描線は豊かで伸びやかです。花子さんが気に入って近くに置いていたというこのタイル画を描いたクロード岡本さんは、1946年8月にパリで生まれました。幼い頃から絵を描き、早くからその才能を発揮し、天才的な少年画家として話題を呼びました。日本でも1950年、わずか4歳の時に、その絵は早くも美術雑誌「みづゑ」の表紙を飾り、1954年、8歳の時に画集『クロード岡本 少年のえ』(1954年/王様芸術部)を出版。1958年には「少年画家の記録」がNHKで放送されるなど注目を集めます。1963年には、幼い花子さんも手に取っていたという絵本、『てじなしとこねこ』が福音館書店(こどものとも89号・1963年8月号)より出版され、絵本にまでその才能を広げました。
堀内さんが展覧会の企画からプロデュースまで全てを手がけた「子ども部屋のためのアート第1回展」は、芝公園に東京プリンスホテルが落成した際、地下アーケード内にオープンした「フジアートギャラリー」で、1964年9月1日から30日まで開かれました。堀内家にはこの時の展覧会の紹介のパンフレットや新聞記事が残されています。それによるとこの展示は、子ども部屋に想像力を刺激する玩具や家具、芸術作品を飾ることを提案するもので、販売もしていたそうです。この時のことを「タブロー画家の人達の小品に加えてイラストレーターの人達に作品を依頼し、私自身も家具や玩具をデザインした」と堀内さんは回想しています。(『父の時代・私の時代』)
出品作家の1人である大村百合子さん(後の山脇百合子さん)は、堀内さんと初めて出会ったのは1963年の夏で、それは「子ども部屋のためのアート展」の出品相談のためだったといいます。展覧会開催の1年前から、堀内さんが展示の構想を練り、作家の選出をし、その作家と直接会って話をするなど丹念に企画作りを進めていたことが想像されます。クロードさんもそうやって選出した作家の1人だったのでしょう。クロードさん、大村さんという、若く、当時新しい表現に挑戦している作家たちを抜擢していることから堀内さんが同時代の表現者たちを鋭く見つめていた様子がうかがいしれます。さらに回想を追ってみると「クロード岡本、長新太、堀文子氏らと瀬戸に行ってタイルの絵付けをしたりしました」とあります。展覧会に先立ち、クロードさんとは堀内さんはこのタイルの制作を共にしていたのです。たしかに堀内家に残された新聞記事に堀内さんによるタイル画の写真を見つけることができます。
当時、クロードさんは17歳、堀内さんは30歳くらい。タイルの絵付けを共にした2人はどんなふうに過ごしたのでしょうか。普段、堀内さんはけしておしゃべりな人ではなかったようなので、たくさんの言葉を交わしたわけではないかもしれません。「父さんが大好きなひとだよ」と、小さなタイルを持ち帰った堀内さんは、不思議な魅力を湛えた絵を描くクロードさんの創作活動を静かに見つめていたのでしょう。堀内さんは絵を描く人や物を作る人たちに敬愛の念を持って接し、若い人たちが活躍の場を得て、前進していく機会を作ることに力を尽くした人でもありました。このタイルにも堀内さんのそんな暖かな眼差しが向けられていたにちがいありません。
(文=林綾野)
次回配信日は、8月29日です。
第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ、第27回 デンマークのヴァイキング人形、第28回 メキシコのおもちゃ(前編)、第29回 メキシコのおもちゃ(後編)、第30回 最後まで飲んでいたスコッチウイスキー、第31回 エピナールの紙人形とおもちゃ絵、第32回 バルセロナの人形、第33回 パリ自宅の棚、第34回 ドイツのカラス指人形、第35回 コーデュロイのコート、第36回 堀内家のシュークルート、第37回 バルセロナから来た黒板、第38回 地図、 はこちら
・ここで触れた書籍・雑誌
『父の時代・私の時代 ―わがエディトリアル・デザイン史』
1979年(日本エディタースクール出版)/2023年(ちくま文庫)
・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。
「堀内誠一 絵の世界」
2024年7月6日(土)~9月2日(月)
島根県立石見美術館
休館日:毎週火曜日(8月13日は開館)
開館時間: 9:30~18:00(入館は17:30まで)
詳しくは「島根県立石見美術館サイト」でご確認ください。
https://www.grandtoit.jp/museum/
「堀内誠一 絵の世界」
2024年9月14日(土)~11月24日(日)
イルフ童画館〈長野県・岡谷〉
堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。