堀内誠一のポケット 第24回

アート|2023.1.20
林 綾野|写真=小暮 徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第24回 お面に惹かれて

談=堀内紅子

壁や棚に飾ったりということはなかったのですが、家にはいくつかお面がありました。どれもおどろおどろしさはなく、色がきれいでどこかユーモラスです。このお面はメキシコから買ってかえったときは彩色を全くしていない白木の状態でした。自分で色をつけてみたいと考えたんだと思います。ブルータスのチャリティー販売に出品するのを機に彩色しましたが、「いろいろ考えてもシンプルになってしまうわね」と言っていました。
イメージはとてもはっきりしていて、決して子ども用サイズの面ではないにもかかわらず、つけるのは6、7歳の男の子で、白いシンプルな上下に水色のサッシュベルトを巻いているのだと、私に衣装の注文が来ました。「パジャマみたいなのでいい」と言われたものの簡単ではなく、同居していた祖母が見かねて縫ってくれました。サッシュベルトはダイロンでさらしを染め、仮面と衣装のセットで出品されました。売れなかったので、こうしてうちに残っています。
父がバーゼルのカーニバルで撮ってきた写真も子どもの姿ばかりです。中でも、「子どもが大きすぎる仮面をつけてフラフラ歩いてる」…というシチュエーションが大好物だったんじゃないかと思います。

1983年、メキシコで購入し、堀内さんが色を塗ったお面。後ろの布もメキシコで買ったもの。お面は1984年9月15日号の「BRUTUS」で「メヒコ・インディオと共作の仮面」と題し、写真と共に堀内さんがエッセイを書いて紹介しているs。紅子さんが頼まれたのはこの時の写真のための衣装だった。写真には白い衣装を着た男の子が仮面を被った姿で登場する。
堀内家に今も残るメキシコで購入した仮面。堀内さんは素朴でプリミティブなものを好んだ。花子さんは子どもの頃、堀内さんに連れられ、秋田に「ナマハゲ」を見に行ったことがあり、家にあるこうしたお面の存在は怖かったという。
堀内さんがバーゼルのカーニバルで撮影した写真。マスクをつけて仮装する子供たちは堀内さんを虜にした。

堀内家にある古い桐の箪笥や梱(こうり)。そこには堀内さんが旅先で買ってきたものがぎっしりと詰まっています。一つずつ手に取ってみると、古い人形や駒などの玩具、大きなカウベルなどに混じって風変わりなお面がいくつも出てきます。日本やアジアのどこかの国のもの、メキシコやヴェネツィアのカーニバルのものなどさまざまです。「僕はマリオネットや仮面劇のマスクに惹かれる」という堀内さん。旅先で気に入ったものに出会えば買って帰り、紅子さんが回想されるように、そうしたお面たちは堀内家の風景の中に溶け込んで、今にいたるまで大切にされてきたのです。
堀内さんは、この水色の顔に黄色い冠のお面と、1983年のメキシコ旅行の時に出会いました。中西部のミチョアカン州、パツクアロ湖近くの村の民芸品で、元々は木地のままだったものを買ってきたそうです。その後、堀内さんが色を塗ってこのようなお面となりました。パツクアロ湖の周辺には、白い髪に白い髭をたくわえた老人ふうのお面を被って踊る「老人踊り」という伝統舞踊があります。お面をつけた人々が老人のように腰を曲げ、タップダンスさながらに駄を鳴らします。老人がちょっと若者ぶっている感じで踊るのが特徴だとか。堀内さんによると老人踊りに使われるお面は「笑い顔」で、このお面はそれではなく、どちらかというと「このあたりの辻に立つ木彫りの十字架像のイエスに似ている」そうです。確かにその口元は小さく、どこか優しく微笑んでいるようにも見えてきます。光の加減や角度で見え方が変わってくるのもお面の面白いところではないでしょうか。
お面、マスクといえば、スイスのバーゼルで行われる「ファスナハト(カーニバル)」も堀内さんは大好きだったそうです。春、四旬節を迎えて行われるこのお祭りでは、大パレードと共に大人も子ども仮装して街をねり歩きます。子どもたちは慣れない様子で、お面の鼻の穴の部分から足元を見ながら歩くため、ヨロヨロして「小鬼が酔っ払った風情になる」と堀内さんは書いています。そんな様子を収めた写真もたくさん残されていますが、そこには堀内さんの子どもたちへの優しい眼差しが滲みます。「人格を消し去ってしまう」仮面の持つ尽きない魅力はファンタジーをこよなく愛した堀内さんの想像力を刺激したに違いありません。


次回配信日は、2月15日です。



第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード はこちら

・トークイベントのお知らせです。

「父を語る」連続講演その2
『堀内誠一 絵本の世界 復刊セット』刊行記念
堀内花子 × 堀内紅子 × 林綾野 トークイベント

2023年1月29日(日)10:00~11:30
代官山 蔦屋書店
オンラインライブ配信もございます。

詳しくは代官山T-SITEのサイトでご確認ください。
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/kids/30910-1611551227.html

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 原画展 オズの魔法使い」
2023年1月22日(日)まで
銀座・教文館9階ナルニア国

詳しくは教文館ナルニア国のサイトでご確認ください。https://www.kyobunkwan.co.jp/narnia/archives/info/

・新刊のお知らせです。

『ぼくにはひみつがあります』 主婦の友社 2023年2月2日発売
羽仁進/作 堀内誠一/絵 
1973年に好学社から刊行された映画監督の羽仁進との共作が、増補改訂版として50年ぶりに復刻されます。

『オズの魔法使い』 偕成社 
L.F.ボーム/原作 岸田衿子/文 堀内誠一/絵 
1969年に世界文化社から刊行されたものが、デザイン、装丁もあらたに復刊。堀内誠一のオリジナル原画を最新の技術で新たに取り込み、その美しさを再現しました。

『ここに住みたい』 中公文庫 中央公論新社
1992年にマガジンハウスから刊行された「堀内誠一のここに住みたい」を増補改訂した文庫が9月21日に発売になりました。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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