展覧会「マン・レイと女性たち」

アート|2022.11.18
豊田奈穂子

 展覧会「マン・レイと女性たち」は、20世紀を代表する多才の芸術家マン・レイ(1890~1976)の生涯をたどり、彼の撮った女性たちの写真150点以上を展示しています。それにくわえて女性にかかわる絵画やデッサン、彫刻やオブジェ作品も数多く展示して、マン・レイの芸術全般への視野をひろげ、マン・レイの回顧展とも言える大規模な展覧会に仕上がっています。
 全体の構成としては、マン・レイの生涯に対応する17のテーマを立て、女性像を中心とするさまざまな作品が展示・解説されています。

展覧会ではマン・レイの生涯と作品の歩みをたどれるように、彼の移り住んだ土地に応じて4つの章を設けている。
書籍『マン・レイと女性たち』の扉ページより

 マン・レイは恋人や友人、女性シュルレアリスト・女性芸術家から社交界・ファッション界・映画界の女性たちまで、多くの女性たちと対等に接し、偏見のない目で、それぞれの美しさを定着させています。この展覧会では、そうしたマン・レイ自身と出会えるだけでなく、自由に生きた20世紀の女性たちと対話することもできるでしょう。

上段左より:キキ・ド・モンパルナス、リー・ミラー、アドリエンヌ・フィドラン、ジュリエット・ブラウナー
中段左より:メレット・オッペンハイム、ニュッシュ・エリュアール、ドラ・マール、ドロテア・タニング
下段左より:ココ・シャネル、エヴァ・ガードナー、ジュリエット・グレコ、カトリーヌ・ドヌーヴ
Courtesy Association Internationale Man Ray, Paris & Telimage, Photothèque Man Ray, Paris Ⓒ MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2580

 昨夏より東京・長野・新潟を巡回した「マン・レイと女性たち」展は、このたび、神奈川県立近代美術館 葉山にて最終幕を迎えます(2023年1月22日まで)。本会場では、これまで展示してきたシャネルのドレスやスキャパレッリの帽子、エルザ・トリオレやメレット・オッペンハイムによる手作りアクセサリーにかわって、美術館学芸員の朝木由香さんの担当による特集展「マン・レイと日本」が加わりました。
 もともと同美術館の所蔵品には、マン・レイの撮った唯一の日本人アーティスト宮脇愛子のガラス彫刻などもあり、「マン・レイと女性たち」展の枠内にさりげなく展示された宮脇作品は、葉山の海と風と緑と陽光のなかで、美しくうつろいきらめいています。

《宮脇愛子の肖像》 1962年 ゼラチン・シルバー・プリント(レプリカ)宮脇愛子アトリエ蔵
Ⓒ MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2698
左:神奈川県立近代美術館所蔵の宮脇愛子のガラス彫刻《MEGU》 (1972年)の展示風景
中央と右:特集展「マン・レイと日本」小冊子と展示風景
(写真提供:神奈川県立近代美術館)

 この展覧会が構想されたとき、日仏二人の監修者の間には、共通の目標がありました。それは「世界中の女性たちに、マン・レイの撮った女性たちを通して自由を感じ、みずからを解放するきっかけを与えること」でした。
 日本側の監修者はシュルレアリスムの第一人者である巖谷國士で、20年ほど前の「マン・レイ 私は謎だ。」展以来、二度目のマン・レイ展に、前例のないテーマ「女性」を据えました。フランス側の監修者であり、晩年のマン・レイの二度目のパリ時代(1951~1976)に彼と、さらに彼の没後も夫人のジュリエット(1991年没)と親交のあった国際マン・レイ協会会長マリオン・メイエも、「テーマが女性なら最高」と言って大いに賛同し、日本での展覧会を巖谷に託しました。

マリオン・メイエ Marion Meyer
20世紀美術史家としてアーティストらと交友。1979年に画廊を開設し、ダダとシュルレアリスムを専門に扱う。ジュリエット・マン・レイがパリに設立した国際マン・レイ協会を継ぎ、2004年に会長就任。マン・レイの作品を守り、その光芒を伝えることに尽力している。
巖谷國士 Kunio Iwaya
仏文学者・美術批評家・明治学院大学名誉教授。1960年代からシュルレアリスムの研究と実践で知られ、第一人者とされる。著書・訳書多数。写真や講演のほか、展覧会監修の仕事も多く、2004~05年の「マン・レイ 私は謎だ。」展では、マリオン・メイエと協力しあった。

 二人の監修者は同年齢で、東京とパリで、1960年代から20世紀美術に接し、研究し、さまざまな展覧会にも協力してきた体験の持ち主です。いわば自分の人生に重ねながらマン・レイを回顧できる位置にもあるので、あたかもマン・レイ自身が語るかのような展覧会が期待されました。
 はたしてヴァリエーションに富む作品の選定・構成がなされ、事実にもとづくマン・レイの個人史の再構成によって、優れた日本語による展覧会と不可分な書籍『マン・レイと女性たち』(巖谷國士著、平凡社刊)が生まれました。
 この本は資料面も充実していて、たとえば巻末にある「人名解説と索引」を見れば、展覧会に登場するすべての女性たちの生涯を知ることができますし、マン・レイをめぐる年譜、文献目録、映画紹介、またパリの関係地図まで収録されています。

監修・著 巖谷國士 平凡社刊 定価2,750円(税込) 編集協力 アートプランニング レイ 装幀・デザイン 中村香織(コパンダ) A5判 総ページ272
2022.10.22(土)~2023.1.22(日)まで 神奈川県立近代美術館 葉山で開催中

 パンデミックのさなかの開催となったために、多くの規制や障碍もありましたが、開催館以外でも監修者の講演会などが催されてきた(2021年末から京都寺町二条・長野門前町・松山道後・佐賀唐津で、劇団唐組の名優・久保井研と藤井由紀の朗読で聴くスライドショー『マン・レイと女性たち』とともに、巖谷國士の講演会が企画された)こともあり、神奈川での展覧会開催を待ちわびていた方々も数多くおられると思います。
 ちなみに、神奈川県立近代美術館と同時期にはDIC川村記念美術館にて「マン・レイのオブジェ 日々是好物」展も開催中(2023年1月15日まで)で、ふたつのマン・レイ展は広報における協力関係を結んでいます。
 このような機会に日本の国内でも、マン・レイの評価がいよいよ高まることを期待しています。

豊田奈穂子(とよだ なおこ)
「アートプランニングレイ 」アソシエイトディレクター。出版社勤務ののち、1998年より公私立美術館での展覧会企画にたずさわる。巖谷國士監修による展覧会「マン・レイ 私は謎だ。」「澁澤龍彦 幻想美術館」「森と芸術」「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」「旅と芸術」「マン・レイと女性たち」を企画し、それぞれの展覧会図録となる書籍の編集を手がけた。

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