第1回 オーチャードホール/シアターコクーン統括・加藤真規インタビュー
BunkamuraのDNAを引き継ぎながら、
新たな挑戦を

カルチャー|2022.11.24
文=鈴木伸子 写真=押尾健太郎

 渋谷の一大文化拠点である、Bunkamuraのはじまりからいま現在、そして未来への取り組みを辿っていく本特集。今回からは3回にわたり、各施設のプロデューサーに今後の取り組みについて語っていただく「Bunkamuraをつくる人」をお届けする。第1回はオーチャードホール、シアターコクーンを統括する加藤真規氏にインタビュー。入社以来、取り組んできた劇場づくりの工夫や歴代芸術監督とのエピソード、そして、2023年4月以降の取り組みについて語っていただいた。

歴代芸術監督から学んだものこそが
我々の財産

 オーチャードホール、シアターコクーンの自主公演の企画・制作、両劇場の運営・管理を統括する加藤真規は、Bunkamuraオープンの前年である1988年に入社。Bunkamuraの歴史とともに歩んできたことになる。
「入社当時はBunkamura全般の広報担当だったのですが、3年目にシアターコクーンに異動になりました。それから何年間かの仕事は“串田和美番”でした(笑)。芸術監督である串田さんにひたすらくっついて、毎日毎日、串田さんの芝居の稽古を始めから終わりまで見ているという役割です。それまでの私は特に演劇好きというわけでもなかったので、演劇の楽しさは、串田さんを通して知りました。串田さんは、特にプロフェッショナルなことを要求するわけでもなく、みんなで一緒に舞台をつくる楽しさを大事にされていました。それは今の私の演劇制作という仕事のベースにもなっていると思います」

 1996年には串田和美氏の芸術監督の任期が満了し、串田氏が主宰するオンシアター自由劇場とのフランチャイズ契約も終了。その後、1999年に第二代芸術監督に就任したのが蜷川幸雄氏だった。
「蜷川さんは芸術性の追求はもちろんですが、常にお客さんがたくさん入るような話題性のある公演でないとダメというプロデュース感覚もある方で、芸術監督を務められた期間も17年間と長かった。その間、私だけではなくシアターコクーンの制作者たちは、プロデューサーとはどういうものかを教えられ、ものすごく鍛えられたと思います。
 今も忘れられないのは、2004年のアテネ五輪のプレ・イベントとして、パルテノン神殿の下の野外古代大劇場で、蜷川さん演出、野村萬斎さん主演の『オイディプス王』の制作を担当したことです。当時のギリシャの首相から直々に蜷川さん演出の舞台をとリクエストされて実現したもので、ほとんどのテレビキー局の出資、NHKでの中継、全国紙一面での報道と、私自身の現場でのプロデューサー仕事では一番の晴れ舞台となりました」

2004年アテネ五輪のプレ・イベントとして、上演された蜷川幸雄演出、野村萬斎主演の『オイディプス王』稽古写真。パルテノン神殿の下の野外古代大劇場で行われた上演時を「空には月が浮かび、まるで古代アテネの風景を見ているかのような幻想的な舞台だった」と加藤は振り返る。 写真:細野晋司

 しかし、2016年に蜷川氏が死去。一時期芸術監督が不在となったこの時に、シアターコクーンの芸術監督が今後も必要なのか加藤は考えを巡らせたという。
「民間運営の劇場で芸術監督がいる所はほとんどなくて、蜷川さんという大きな存在がいなくなった後でしたし、芸術監督という立場をどうするか迷いました。結論として、自分たちが直接アーティストとものづくりをすることで大いに成長してきたという実感から、我々の下の世代にもそういう経験が必要だという思いに至りました」
 そして2020年に、第三代芸術監督に就任したのが松尾スズキ氏だった。
「現代を代表する人気演出家であり、これまでもシアターコクーンで何度も公演をされていて、劇場スタッフとのコミュニケーションも円滑な方でした。またシアターコクーンは、劇場の規模的にも舞台の美術的な面白さが重要です。松尾さんがシアターコクーンで上演された初の作品はミュージカル『キレイ』でしたが、「コクーンでやるならミュージカル」と判断されて、この劇場の雰囲気と個性を感じ取る、そのセンスはさすがだと当時から感嘆していました」

①熊川哲也オーチャードホール芸術監督 写真:Toru Hiraiwa
②松尾スズキシアターコクーン芸術監督 写真:細野晋司

 加藤が担当するもう一つの施設、オーチャードホールは、コンサートホールであり、オペラ、バレエなども上演する複数目的に対応できるコンバーチブルホールだ。2012年に就任したオーチャードホール芸術監督は熊川哲也氏である。
「熊川さんはアーティストであり、かつ経営的センスにも優れているという稀有な方。そういう意味では蜷川さんと共通しています。熊川さんはバレエダンサーであり振付家、演出家でもあります。そういった複合的な視点をお持ちの方なので、ぜひ芸術監督をやっていただきたいとお願いすることになりました。
 熊川さん主宰のKバレエ カンパニーの作品は、東京フィルハーモニー交響楽団、NHK交響楽団の定期公演とともに、今やオーチャードホールのプログラムの核になっています」

11月以降も続く
注目のプログラム

 2023年4月、Bunkamuraはオーチャードホールを除いていったん休館する。しかしそこに向けて、この冬からも見逃せない舞台、ステージが続く。
「オーチャードホールでは、12月にKバレエ カンパニーの『くるみ割り人形』と、こちらも毎年恒例の小曽根真さんの『クリスマス・ジャズナイト』がありまして、東京フィルハーモニー交響楽団とNHK交響楽団の定期公演も行われます。実はオーチャードホールだけは、2023年4月以降も週末を中心に開館できることになったので、フランチャイズの東京フィルの定期公演などは来年以降も続けていく予定です。
 シアターコクーンでは、松尾スズキさんの新作『ツダマンの世界』、海外の才能と出会い、挑戦する“DISCOVER WORLD THEATRE”シリーズの『アンナ・カレーニナ』(演出:フィリップ・ブリーン、出演:宮沢りえ、小日向文世ほか)、黒田育世演出・振付のコンテンポラリーダンス「『波と暮らして』『ラストパイ』」の上演と続き、そして最後の最後に松尾さんが贈るエンタテインメントショー『シブヤデマタアイマショウ』で締め括ることになります」

2023年4月からの一時休館まで、オーチャードホール/シアターコクーンでは魅力的な公演が目白押しとなっている。

プロデュース集団Bunkamuraとして、
今までにないプログラムへの挑戦

 そして、期待と注目が集まるのは、来年以降も続いていく自主制作の、渋谷Bunkamura以外の場所での、演劇やコンサート公演だ。Bunkamuraは休館中もオリジナル企画の制作の歩みを止めることはない。
「オーチャードホールにしてもシアターコクーンにしても、今まで劇場のキャパシティに縛られて企画を立てていた面がありました。これからは、今までオーチャードホールではできなかったような小規模な室内楽のコンサートなどの企画にも挑戦していきたい。来年1月にはKAAT神奈川芸術劇場で、Kバレエ カンパニーとの新しいプロジェクト〈K-BALLET Opto〉の第2弾公演『プラスチック』が予定されていますし、また来春以降、横浜みなとみらいホールや目黒区のめぐろパーシモンホールなどでのコンサートのほか、すでにBunkamuraの外での活動は始まっています」

 また来年4月にはホテル×エンタメ施設からなる超高層複合施設「東急歌舞伎町タワー」が開業、(株)TSTエンタテイメントが運営する約900席の劇場「THEATER MILANO-Za」がオープンする。
「『THEATER MILANO-Za』では、Bunkamura企画制作による5月のこけら落とし公演『舞台・エヴァンゲリオン Beyond』(仮)が予定されています。庵野秀明さんの監督作品「エヴァンゲリオン」シリーズの映画を、東急歌舞伎町タワーの場所に以前あった映画館「新宿ミラノ座」が旗艦館として上映するなど、新宿・歌舞伎町は原作ファンには特別な場所として知られています。施設オープン時には劇場のほかホテル、映画館、ライブホールで、「エヴァンゲリオン」の世界観を体験できる各種の企画も実施されます。『舞台・エヴァンゲリオン Beyond』(仮)の構成・演出・振付はベルギー出身の世界的振付・演出家、シディ・ラルビ・シェルカウイさん。Bunkamuraではこれまでにも『テ ヅカ TeZukA』『プルートゥ PLUTO』の演出・振付や『DUNAS-ドゥナス』の演出・振付・出演などでご一緒しています。
 さらに、来年11月には渡辺えりさん演出でテネシー・ウィリアムズ作『ガラスの動物園』と別役実作『消えなさいローラ』を紀伊國屋ホールで上演することが決定しています。
 今まではオーチャードホール、シアターコクーンの劇場の魅力とBunkamuraのブランド力を上げる作品の企画制作を追求してきたのですが、この先の5年間は、その外で、自分たちBunkamuraのプロデュース集団としての価値を高めていかなければならない。大変なことですが、それがこれからの目標だとも言えます」

『舞台・エヴァンゲリオン Beyond』(仮)の構成・演出・振付を担当する振付・演出家のシディ・ラルピ・シェルカウイ。 写真:Jeroen Hanselaer

加藤真規(かとう・まき)

1988年、株式会社東急文化村に入社。広報室勤務を経て、シアターコクーンのプログラムに携わるようになる。現在は常務執行役員・舞台芸術事業部事業部長。

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