伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?
第27回 デンマークのヴァイキング人形
談=堀内花子
この人形たちは、父が最初のヨーロッパ旅行で買ってきたものです。子ども心に「北欧」のものだと知っていたのは、トロルとヴァイキングのイメージがわかりやすいからでしょうか。一緒に腕の長いサルの人形もいましたが、こちらは壊れてしまい、いなくなりました。この3体が60年以上も手元にあるのは、もちろん可愛いからでもありますが、サイズが小さくて本棚などに置きっぱなしにできたからです。サルのほうは大きくて置き場に困ってしょっちゅう動かされていたのです。
このとき父はフィンランド、ノルウェー、スウェーデンも訪れています。でもその十数年後、私たち家族とは、あれほど旅してまわったのにスカンジナビアはデンマークしか行きませんでした。母に見せたいものはたくさんあったはずなのに、どうしてなのかなと考えると、当時はまだ共産圏の国々が東欧と呼ばれ、西欧と北欧を大きく隔てていました。家族旅行では飛行機は使いませんでした。列車で共産圏を横切って北欧に行くのは面倒だったのでしょう。
1960年8月から1961年1月にかけての最初の海外旅行は堀内さんにとっても特別なものでした。その後、堀内さんはパリに暮らし、世界中を旅することになりますが、この時にはそんな未来が待っているとは夢にも思わなかったのではないでしょうか。旅の手帖を見ると、家族や友人たちへのお土産がメモしてあります。当時、海外に旅に出るなど滅多にないことで、堀内さん自身、見たいものは出来るだけ見ておきたい、親しい人にお土産を買って帰りたい、そんな意識があったのだと思われます。
1960年9月16日金曜日、デンマークの首都、コペンハーゲンに到着した堀内さんは、ホテルを探し、部屋に落ち着いた後「人魚」を見に行きます。デンマークの童話作家、アンデルセンの代表作である『人魚姫』の主人公である人魚をブロンズ像としてあらわしたもので、コペンハーゲン北東部ランゲルニエ地区の海沿いにあります。この時期、堀内さんは創設から関わった「アド・センター」でアートディレクターに留まらず、営業、経営などを一手に手がけ、忙しい日々を送っていました。その一方で、「くろうまブランキー」(1958年)、「七わのからす」(1959年)、「たろうのばけつ」(1960年)という3冊の絵本を世に出しています。後年「絵本作家の道こそ運命が決めた本命」と自ら語ったように、デザイナーとして仕事をしながらも、堀内さんの胸のうちには童話や絵本作品に対しての思いが常にありました。アンデルセンの生地であるデンマークを訪れたからには、人魚像を見てみたいと思ったのでしょう。この像はビール製造メーカーのカールスバーグがお金を出し、彫刻家のエドヴァルド・エリクセンによって作られたもので、1913年に同地に設置されました。
堀内さんの旅の手帖には人魚像を見た後、「バイキングのブラシを買う」とあります。ブラシの姿も描き込まれています。そして「割と高い」「いまクローネは高いから気をつけなくちゃ!」と添えています。半年に及ぶ旅の間、お金のやり繰りには何かと気を配らなくてはいけなかったようですが、初めて訪れた地で、堀内さんはこれぞと思ったものは購入しました。このブラシが付いたヴァイキング人形も気に入っていたようで、花子さんが回想されるように堀内家の棚に飾られていました。もう2体の人形はトロルで足の部分が取れてしまっています。そしてもはや堀内家から姿を消してしまった「腕の長いサルの人形」というのは、デンマークの工芸家、カイ・ボイスン(KAY BOJESEN)がデザインした「モンキー」のことでしょう。この人形は今も人気があり、よく知られていますが、発売されたのは1951年です。堀内さんはかなり早い段階から、ヨーロッパの新しいもの、優れたデザインのものに対するアンテナを張っていたと思われます。
バイキングのブラシを買った翌日、堀内さんはデパートに行き、セーターを買っています。自分の欲しいもの、親しい人へのお土産、どうしても訪れたい教会や美術館。27歳の堀内さんは好奇心いっぱいに旅を楽しんだのです。それにしても、たくさん買い込んだ品々はどうやって日本に持ち帰ったのでしょうか。それとも船便で送ったのでしょうか。堀内家には旅の思い出のアイテムは数多く残りますが、その辺の事情は花子さんにも紅子さんにもわからないそうです。
次回配信日は、5月29日です。
第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ はこちら
・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。
「堀内誠一 絵の世界」
2023年4月21日(金)~6月25日(日)
大分市美術館
休館日:4/2(月)5/8(月)5/15(月)5/22(月)5/29(月)6/12(月)19(月)
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
「ぐるんぱがやってくる 堀内誠一 絵の世界」
2023年7月1日(土)~8月20日(日)
ひろしま美術館(広島)
会期中無休
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
「堀内誠一 絵の世界」
2023年10月7日(土)- 12月17日(日)
群馬県立館林美術館
休館日:月曜日(10月9日は開館) 10月10日(火)
開館時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
その後も巡回する予定です。
・新刊のお知らせです。
『ぞうのこバナ』 世界文化社
まど・みちお/作 堀内誠一/絵
1969年に月刊絵本「ワンダーブック」に掲載されたまど・みちおとの共作が、53年ぶりに書籍として復活。同時期に堀内が描いた童謡のさしえ「ぞうさん」「かわいいかくれんぼ」「おつかいありさん」も併録しています。
『ぼくにはひみつがあります』 主婦の友社
羽仁進/作 堀内誠一/絵
1973年に好学社から刊行された映画監督の羽仁進との共作が、増補改訂版として50年ぶりに復刻されました。
『父の時代・私の時代』 ちくま文庫
1979年に日本エディターズスクール出版部から刊行された『父の時代・私の時代』が、このたび増補・文庫化され5月12日に発売になります。