伝教大師1200年大遠忌記念
特別展『最澄と天台宗のすべて』
東京国立博物館 平成館

アート ニュース|2021.11.8
文=坂本裕子(アートライター)

現代まで継承される信仰の力を、人と寺宝で感じる

仏教国家としての日本が成立し、整備されつつあった平安時代初期、ふたりの僧が、手本としていた唐に渡り、当時最新の仏教を持ち帰った。
 ひとりは日本に天台宗を開いた最澄(767~822)、いまひとりは高野山金剛峰寺を本山とした真言宗を開いた空海(774~835)。
 ともに密教を伝えて日本の仏教界に新風をもたらし、二大仏教として、思想のみならず日本文化に大きな影響を与えながら現代まで伝承されている。
 それは、南都仏教が定着していた日本にはじめて起こされた宗教革命ともいえる変革だった。

「悟りに至る道はすべての人に開かれている」という、平等思想にもとづいた教理を持つ『法華経』の世界を伝えることを自らの使命としたのが最澄だ。
 その教えは、出家者に閉ざされていた受戒をより開かれたものとし、弟子たちによって多様に展開される教学の母体となって、日本史上、多くの高僧を輩出したことでも知られる。

2021年は、伝教大師(でんぎょうだいし)最澄の1200年大遠忌にあたる。
 これを記念した特別展が、東京国立博物館 平成館ではじまっている。
 その後2022年5月までをかけ、九州国立博物館、京都国立博物館を巡回する同展は、会場となる各地に遺された最澄とその法脈を継ぐ貴重な宝物や文化財を交え、それぞれの特色を活かした展示内容で、彼の生涯とともに日本各地に伝承されてきた天台宗の姿を浮かび上がらせる。

左:重要文化財 伝教大師(最澄)坐像 鎌倉時代・貞応3年(1224) 滋賀・観音寺蔵
右:展示風景から
最澄の肖像として信仰されてきた像。ふっくらとした丸顔が印象的だが、背が高く、美男だったと伝えられるそうだ。

国宝 尺牘(久隔帖) 最澄筆 平安時代・弘仁4年(813) 奈良国立博物館蔵 展示期間:10月12日(火)~10月31日(日) 画像提供:奈良国立博物館(撮影:佐々木香輔)
現存する唯一の最澄自筆書状。自分のもとを去り、空海の弟子となった泰範に宛てたもの。書状には、空海から贈られた詩についての問い合わせと、『梵字法華経』を入手したので御覧に入れたいという空海への伝言が記されている。清廉な文字に実直な人柄がうかがえる。 展示替え後は、国宝の「羯磨金剛目録」(滋賀・延暦寺蔵)にその字体をみることができる。

東京会場でのみどころは、京都や兵庫から特別展示される平安時代の寺宝に加えて、徳川家の庇護のもと東国に浸透した天台宗の精華として紹介される、華麗な江戸天台の名宝だ。
 同館がある上野は、「東の比叡山」と称される寛永寺の所在地。関東の教えの地盤となった土地での開催となる展覧会は、上野公園となっている空間そのものを改めて見直す機会ともなっている。

第一章、第二章では、祖師ゆかりの品々や各僧の遺した書状、仏画など、数々の宝物に、最澄その人の足跡と、彼の教えを伝承した弟子たちの活動を追う。

比叡山に延暦寺を創建した最澄は、さらなる研鑽のために入唐し、『法華経』を中核とする教えとその経典や道具を持ち帰る。その後、桓武天皇の意向を受けて天台宗が公認され、それまでの南都諸寺院とは異なる独自性を打ち出していく。

左:国宝 聖徳太子及び天台高僧像 十幅のうち 最澄 平安時代・11世紀 兵庫・一乗寺蔵
展示期間:10月12日(火)~11月7日(日)画像提供:東京文化財研究所
右:国宝聖徳太子及び天台高僧像(一部複製) 平安時代・11世紀 兵庫・一乗寺蔵 ※展示期間は各幅ごとに異なる。
現存最古の最澄の肖像画。インド、中国、日本における9名の天台の高僧の肖像画が、聖徳太子像とともに十幅並ぶ。一部は複製で展示替えされるが、華やかな彩色と法衣のゆったりした表現は、平安仏教画の特徴をよく表している。

左:国宝 光定戒牒 嵯峨天皇宸筆 平安時代・弘仁14年(823) 滋賀・延暦寺蔵
右:勅封唐櫃 明治24年(1891) 滋賀・延暦寺蔵(展示から)
天台宗の完全な独立のため、大乗戒壇の設立をめざした最澄。それに尽力した高弟の光定が、そこで初めての受戒がおこなわれた際に下付された証明書。最澄悲願の允許は、彼の入滅の1日前だったとされている。空海と並び三筆に称される嵯峨天皇直筆の書の美も見どころ。
こうした寺宝は勅封の櫃に納められ、5年に1度の法華会で勅使によって改められる。

左:重要文化財 薬師如来立像 平安時代・11世紀 京都・法界寺蔵
右:展示風景から
宇治の平等院とほぼ同じころに創建された法界寺に安置された秘仏の公開。像内には祖先から代々相伝された最澄自刻の三寸の薬師如来像が納められていたという。

最澄のあとを継いだ慈覚大師円仁、智証大師円珍は長安に赴き、教義の内容をさらに本格的にして天台密教の基盤を堅固にした。そこから回峰行*を創始した相応や安然を経て、天台宗は教学的に体系化される。

 *回峰行:山中約300カ所の聖地を回り礼拝する修行

こうした修行を含む教えは、万人に開かれた思想として、日本古来の山岳信仰とも結びついて、全国に広まっていくのだ。

第二章展示風景から
重要文化財の「両界曼荼羅図」(大阪・四天王寺蔵:左)は、大日如来を中心に密教の世界観を図示したもの。
滋賀の明王院は、円仁の弟子・相応により開かれた。本来は彼が感得した不動明王坐像を本尊としていたが、現在は「千手観音菩薩立像」と「両脇侍立像」(不動明王と毘沙門天)(右)の三尊が本尊となっている(いずれも重要文化財)。重要文化財「不動明王坐像」(滋賀・伊崎寺蔵)は、秘仏の公開。

第三章、第四章では、10世紀以降、貴族社会から武家社会への変遷の中で、信仰やその思想が高まり、深まっていく様相を、美麗な名宝からみていく。

最澄は僧としてのみならず、師としてもすぐれた人物であったのだろう。
 その教えからは、先の円仁、円珍をはじめ、各時代に多くの名僧が生まれ、多様な展開を遂げ、天台思想を豊かなものにしていった。

比叡山中興の祖といわれる慈恵大師良源が天皇や藤原氏などの貴族の信任を得て、経済的な後ろ楯を獲得する一方で、その弟子の恵心僧都源信は『往生要集』を執筆し、浄土教思想を説いて、多くの人の支持を得る。この信仰にもとづいて、華やかな仏教美術が生み出された。

こうして仏教が民心に浸透するにつれ、『法華経』の思想からは、法然や親鸞、日蓮などの鎌倉新興仏教が現れ、新たな解釈で民衆をもとらえていく。
 日本の神々は仏が姿を変えたものとする本地垂迹説も定着し、比叡山の鎮守である日吉山王社への信仰も盛んになり、山王神道も形成されて、その力は最盛期を迎えたのだ。

左:重要文化財 紺紙金銀交書法華経 八巻のうち巻第七(部分)平安時代・11世紀 滋賀・延暦寺蔵
右:展示風景から
紺紙に銀界(罫線)を引き、金泥と銀泥で1行ごとに交互に『法華経』全8巻を書写したもの。表紙には宝相華唐草文が、見返しには釈迦三尊の姿がやはり金銀泥で美しく描かれる。金銀交書経の古い作例として大変貴重なもので、智証大師円珍自筆の『法華経』として東塔の法華堂に納められていた叡山の至宝であると知られている。

左:重要文化財 阿弥陀如来立像 平安時代・10世紀 京都・真正極楽寺(真如堂)蔵
展示期間:10月19日(火)~11月3日(水・祝)
右:重要文化財 真如堂縁起 絵:掃部助久国筆・詞書:後柏原天皇他筆 室町時代・大永4年(1524京都・真正極楽寺(真如堂)蔵)
左は、真如堂の名で知られる真正極楽寺の本堂が、戒算上人により創建されたころに造られた。阿弥陀立像として確かな作例のうち現存最古と考えられている。 右は、その真如堂の縁起を描いた絵巻。地には金泥を塗り、鮮やかな絵具をふんだんに使用した豪華な三巻が、期間中巻替えをして展示される。画面は唐からの帰りに、円仁が乗った船に小さな阿弥陀如来が現れたシーン。阿弥陀如来まで丁寧に描かれているのにご注目!

その権勢を殺ぐために、織田信長によって行われたのが延暦寺の焼き討ちだった。これにより壊滅的な打撃を受けた比叡山だったが、豊臣秀吉や徳川将軍家の支援により復興される。
 この時に重要な役割を果たしたのが慈眼大師天海だ。彼は、家康に仕えたのち、死後、東照大権現として神となった家康を祀るために東照宮や輪王寺を日光山に整備、そして江戸に「東の比叡山」として東叡山寛永寺を創建する。これが関東での天台宗発展の基礎となり、江戸時代を経て近代の神仏分離令による廃仏毀釈も乗り越えて、現代へとつながっているのだ。

第五章、第六章では、徳川将軍家の庇護を受けて江戸文化のひとつとして遺された、華麗な江戸天台の寺宝と、各地に伝わるさまざまな遺品が紹介される。
 江戸天台の伝来品には、いまも観光地としてにぎわう浅草寺の縁起絵巻などもみられ、天台宗の拡がりが時空を超えて感じられるだろう。
 各地から集結した名宝たちは、全国に広まった天台宗の姿をみせてくれる。

左:慈眼大師縁起絵巻(中巻部分) 絵:住吉具慶筆・詞書:胤海筆 江戸時代・延宝8年(1680)
東京・寛永寺蔵 中巻展示期間:10月26日(火)~11月7日(日)
右:展示風景から
上野・東叡山寛永寺の開山、慈眼大師天海の事績を三巻に描いた絵巻。上巻は天海の誕生から後陽成天皇の帰依を受けるまで、中巻は日光山を復興し寛永寺を創建するまで、下巻は入寂と三十三回忌までが収められている。天海の伝記としてだけではなく、住吉具慶の基準作としても重要な一作。

第三章展示風景から
左:重要文化財 薬師如来坐像 平安時代・12世紀 岐阜・願興寺(蟹薬師)蔵(展示風景から)
右:第三章展示風景から手前は十二神将立像(四号像) 鎌倉時代・13世紀 愛知・瀧山寺蔵
願興寺は、最澄が自刻の薬師如来像を安置したことに始まるとされる天台の古刹。寺の創建は、飛鳥時代末から奈良時代初頭に遡ると考えられている。こちらの坐像(左)は最澄の時代よりも後の制作であるが、秘仏であり、寺外初公開の貴重な作例。平安時代後期の優品だ。
右は、愛知県にある瀧山寺(たきさんじ)に安置される十二神将立像のうちの4軀。細部の後補や脱落が多いものの、制作当時の像から大きな変更はないと考えられている。体をひねる動きが表現されているものの、どこかぎこちなく、鎌倉時代の作風が持つ勇猛さに比すと、表情も剽軽な印象が時代を感じさせる。

左:重要文化財 薬師如来立像 平安時代・9~10世紀 東京・寛永寺蔵
右:展示風景から
東叡山寛永寺の秘仏本尊。滋賀にある天台宗の古刹・石津寺(せきしんじ)から移されたもの。両脇侍立像(日光・月光菩薩)は、山寺として知られる山形・立石寺(りっしゃくじ)から移されて、三尊像とされたそうだ。

左:重要文化財 地蔵菩薩立像 平安時代・10世紀 滋賀・永昌寺蔵 画像提供:滋賀県
右:重要文化財 十一面観音菩薩立像 平安時代・10世紀 兵庫・能福寺蔵
ともに平安時代の仏像の特徴を備えた作例で、顔立ちや眼の形などが似通っており、制作方法も像内に内刳のない一木造りであることから、造像環境が近かったと考えられている。
会場では寛永寺の三尊像と並べて配置され、寺の堂内にいるような感覚でみられる。

1994年にユネスコの世界文化遺産に登録された比叡山。
 建築や寺宝などの文化財にとどまらず、学問・修行・法要やそれにともなう儀式や音楽など、その「思想」が生み出したすべてが、今に生きる文化として評価された。
 ひとりの僧・最澄がもたらした、あまりにも大きな遺産、できれば3館それぞれでみて、感じてみたい。

第六章展示風景から
左:慈恵大師(良源)坐像 鎌倉時代・13~14世紀 東京・深大寺蔵
東京・調布市にある深大寺も天台宗の名刹。慈恵大師良源は、火災で甚大な被害を受けた比叡山延暦寺を復興した第18世天台座主だ。像高が 2m近くもある日本最大の肖像彫刻は、その大きさのみならず、今にも声を上げそうな写実的な顔貌で、会場でも特異な威容を誇る。「厄除け大師」として信仰を集め、50年に一度会扉される秘仏。
右は同じく深大寺に伝来する、国宝の「釈迦如来倚像」。 白鳳時代の貴重な作例とされる。

重要文化財 聖観音菩薩立像 平安時代・9世紀 岡山・明王寺蔵(展示から)
会場の出口で見送ってくれるのが、創建が奈良時代に遡ると伝えられる岡山の天台宗古刹に祀られる優雅な聖観音菩薩。台座の一部を含み、白檀の代わりに用いられたカヤの一材から彫り出された一木造り(!)で、柔らかさを感じさせる肢体と、精緻な文様が刻まれた衣の対比が美しい優品だ。

最近、この最澄と空海を描いた、おかざき真里の漫画『阿・吽』(『月刊!スピリッツ』連載)が、単行本でも完結した。
 型破りで世事にも長けた天才肌の空海と、まじめで信仰に没する学究肌の最澄、ふたりの真理希求の情熱や出逢いと別れが、朝廷や南都仏教との関わりとともに活き活きと描かれる。
 ことに、悟りに至るシーンの表現は、恐怖と恍惚感をみごとにとらえておりその発想に圧倒される。
 予習におすすめの一作。
 ちなみに本展会場のショップではコラボレーションしたオリジナルグッズも販売されている。

ミュージアムショップのおかざき真理とのコラボレーション商品のコーナー。

展覧会概要

伝教大師1200年大遠忌記念 特別展『最澄と天台宗のすべて』
東京国立博物館 平成館

オンライン/プレイガイドでの事前予約制(日時指定券)となります。
また、新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に展覧会公式ホームページでご確認ください。

会  期:2021年10月12日(火)~11月21日(日)
     *会期中一部作品の展示替えがあります
開館時間:9:30-17:00
休 館 日:月曜日
入 館 料:[前売日時指定券]一般2,100円、大学生1,300円、高校生900円
     中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料
    (ただし「日時指定券」の予約が必要)
    その他、詳細は展覧会公式ホームページでご確認ください。
問 合 せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

展覧会公式サイト https://saicho2021-2022.jp/

【巡回情報】
九州国立博物館 2022/2/8(火)~3/21(月・祝)
京都国立博物館 2022/4/12(火)~5/22(日)

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