Goldfeather ―手業の粋―

第5回 彫金家・桂盛仁
父から受け継いだ丹念な手仕事が生む
洗練された逸品

カルチャー|2023.11.10
文=新川貴詩 写真=濱田晋
PR:セイコーウオッチ株式会社

 圧倒的なハンドワークで腕時計の中に新しい美を追求してきた〈クレドール〉。セイコーにおける薄型メカニカルウオッチの原点であるGoldfeatherが時を経て、今年〈クレドール〉よりリリース。この秋にはGoldfeatherを象徴する彫金限定モデルが登場。もはやアートの域とも言える洗練された技巧が随所に施されている。「Goldfeather」と同じく匠の技の高みを目指す職人を訪ねてインタビュー。
 今回は、彫金の世界で超絶技巧を持ち人間国宝とまでなった彫金家・桂盛仁(かつら・もりひと)氏に創作についてうかがった。

欠かせないモチーフの丁寧な観察

 作品の制作にとりかかる前に、桂盛仁は動物園に出かけることがある。
 かねがね桂は、カンガルーやミミズクなどの動物をモチーフにした作品を発表しており、動物を扱う際には動物園へと足を運ぶのだ。
「動きを観察したり、写真を撮ったりするんです。それから、資料もいろいろと集めますね」
 その後、桂はスケッチを描く。
「絵がないと全然話になりませんから。初めはラフに描いて、だんだん細かく描きこんで、ああでもない、こうでもないと何度も描いて……」

作品のモチーフとする動物などのスケッチは活き活きとしていて、それだけでも見応えがある仕上がり。ここから作品づくりがはじまる。

 そして、描き終えたスケッチをもとに、粘土で立体をつくり、造形を確認する。気になる点があると、ふたたびスケッチの作業に戻って描き直す。
 人間国宝、すなわち重要無形文化財(彫金)保持者である桂のゆるぎないフォルムは、このような丹念な作業の繰り返しから生まれる。

知らず知らずのうちに学んでいた物づくりの心得

 桂は、彫金の作家だった父・盛行のもとに生まれた。いや、父親どころか、桂家は室町時代から続く彫金一家であり、江戸時代初期に生まれた彫金の一派「柳川派」の流れを汲む家系である。子どもの頃を桂は振り返る。
「小さい頃、外に出かけるのが嫌いで、家で遊んでばかりいました。ぼくが遊ぶ目の前で、父が作業をしてましてね。ですから幼い頃から自然に金工に触れてました」
 小学生の頃、桂は父におねだりをして買ってもらったプラモデルを父の目の前でつくり始めた。
「部品を指でねじって取り外すと、『だめっ!』と叱られるんですよ。『ニッパーでちゃんと切らなきゃだめだ』って。それから、切った部品にやすりをかけて、『こうすりゃきれいになるだろ』って、何かと父が手を出すんですよ」

装飾として埋め込むモチーフの形に合わせて、土台を彫っていく。コンマ0.1ミリ単位で調整を行なっていく非常に細かい作業だ。

 やがて東京都立工芸高等学校に進学、金属工芸を学ぶ。
「こんな高校があるぞと父から聞きましてね。ありがたいことに、彫金、鍛金、鋳金とひととおり教えてくれたんですよ」
 だが、すんなりと工芸の道に進んだわけではない。亀倉雄策に憧れ、グラフィックデザインの世界を目指し、デザイン会社に就職したものの、アイデアはまったく採用されない。しかも公募展もすべて落選続き。次第に出勤しなくなり、家でぶらぶらするうち、父の仕事を手伝うようになる。

現代、そして未来へと続くものが工芸

 その後、仕事を手伝いながら、自分の作品も手がけたいと考え始めた。グラフィックデザインの公募展では落選が相次いだが、工芸では応募した最初の年から入選を果たした。

部屋の片隅に置かれた小さな机の上で、超絶技巧と呼ばれる桂の彫金作品は生まれる。

「うれしかったですよ。うれしかったし、天狗になりました。その展覧会は一人につき2点応募できるんですが、他の人は1点しか通らないのに、ぼくは2点とも通りましたからね」
 そして、展覧会に合わせて作品を制作するペースは、いまもなお変わらない。現在、桂が属している日本工芸会が開催する展覧会は、「日本伝統工芸展」という。だが、桂はこの名称に疑問を抱く。
「『日本工芸展』ならまだしも、『伝統』とついてるから、イメージ的に古いと思われてしまう。昔からの技術を伝承し、駆使して、現代に沿う作品をつくるのが工芸の目的のはず。ですから現代のものでなくてはいけない」
 この発言を裏づけるのが、2023年の3月〜6月に金沢の国立工芸館で開催され、いまはロサンゼルスに巡回中の「ポケモン×工芸 美とわざの大発見」展だ。同展に桂は、ポケモンのブラッキーをモチーフにした帯留やブローチを出品した。ブラッキーを選んだ理由とは何か?
「実はポケモン、詳しくなくて。そこでポケモンの図鑑を見て、金属の色で可能なものという基準で選びました。グリーンやブルーは金属では出しにくいんですが、その点、ブラッキーは黒と黄色。黒は赤銅(しゃくどう)を使って、黄色は金。彫金は、金属の組み合わせで決まるんですよ」

人間国宝も唸る細部の一彫りまで行き届いた技術の高さ

彫金工房のエングレービングを活用した「Goldfeather」の新作。高級時計という枠からさらに一歩踏み込んだ、アートピースとも言える一本。

 稀代の超絶技巧で名を馳せる桂の目に、〈クレドール〉はどう映るのか。
〈クレドール〉は、フランス語で「黄金の頂き(CRÊTE D'OR)」という意味。その新作ラインは「Goldfeather」すなわち「黄金の羽根」だ。
「Goldfeather」を目にした桂はいう。

ダイヤルに直接彫り込まれたインデックスと「宙に舞う羽根」をイメージした艶やかなスパイラル状のパターン。

「表面がすっきりしている、こういう時計が大好きなんですよ。シンプルなのが好き。そして裏を見ると、非常に凝ってる。むしろ、裏面が見えるように腕に着けてみたいですね」

桂が圧倒されたムーブメントの彫金。「ここまで細かいことは僕にはとてもできません。職人さんの力量は素晴らしいです」と感嘆の声を漏らした。

 プラチナ素材の「Goldfeather」の裏面から覗くムーブメントには、舞い上がる羽根をイメージした彫金が施されている。つややかで立体的な羽根は、手仕事の透かし彫りによるもの。なお、このムーブメントの厚さは、わずか1.98mm。そのうち、最も薄い彫金の箇所はわずか0.3mmしかない。
「いやあ、細かい。本当に細かい。彫ったところが光ってますね。普通はここまで光りません。細やかに神経を使って、羽根の芯の根元にまでしっかり力が入ってます。ものすごく高度な技術です。ですから、作業した人は大変だったと思いますよ。でも、やり甲斐はあるはず。『ようし、やってやろうじゃないの』って感覚だったと思います」

 そして、桂が「これは余談ですが……」と切り出した。桂は40代前半の頃、クレドールの懐中時計を手がけたことがあるという。
「蓋が漆と彫金で装飾してあって、ぼくは線象嵌(せんぞうがん/金属の表面に細い線で文様を嵌め込んで表現する技法)を担当したんですよ。細い線を求められて大変だったことを覚えてます。ですから、作業する人のことが気になって」
 それは、1987年に発表された、〈クレドール〉の「耀(よう)」と「翳(えい)」である。

左_18Kと24Kのゴールドとプラチナに、青貝の螺鈿を組み合わせた「耀」。
右:18Kホワイトゴールドにプラチナ粉を用いた蒔絵をほどこした「翳」。

 継承された技術を、時代に即して活かす。その点で、桂盛仁と〈クレドール〉の制作姿勢は重なり合う。


<クレドール>
Goldfeather
クレドール ゴールドフェザー コレクションから彫金限定モデルが登場する。裏面から見えるムーブメントには、匠の技によるハンドワークを活かし、丹念に彫り込んだ立体的な彫金が施されているのが何よりの特徴だ。そのデザインのテーマは「風に舞う軽やかな羽根」で、ゴールドフェザーの世界観を示している。

GBBY979
プラチナ950
5,500,000円(税込)
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