令和の台所改善運動―キッチン立ち話

第8回「okatteにしおぎ」

カルチャー|2024.2.5
文・撮影= 阿古真理 編集=宮崎謙士(みるきくよむ) 

シェアハウスが暮らしの選択肢として知られるようになる中で、そこに暮らす住人以外でもキッチンを共有できるシェアキッチンが登場し始めた。2015年、東京・西荻窪にできた「okatteにしおぎ」は、その草分け的存在だ。いったいシェアキッチンは、どのような背景で生まれ、どんな人たちが利用しているのだろうか。

住人だけでなく 街にも開かれたシェアキッチン

閑静な住宅街に佇む街のコモンスペース「okatteにしおぎ」の外観。左側が居室、右側の片流れの屋根の下が増築した土間キッチンスペース。 「okatteにしおぎ」https://www.okatte-nishiogi.com

 「okatteにしおぎ」は、東京都杉並区の住宅街にあるシェアハウスで、建物内にあるシェアキッチンの一つは、会員制ではあるが住人だけでなく、街の人でも利用できる。2012年に刊行された、自宅の一部をサロンなどにして開放する全国各地の事例を紹介した『住み開き−家から始めるコミュニティ』(アサダワタル、筑摩書房)にオーナーの竹之内祥子(さちこ)さんが感銘を受け、生家の二世帯住宅をリノベーションしてシェアハウスを建てた。
 竹之内さんから相談を受けたのは、2012年に東京・阿佐ヶ谷に設立された不動産会社、エヌキューテンゴ(N9.5)の代表、齊藤志野歩(しのぶ)さん。同社が手がける「まち暮らし不動産」という事業は、地域とつながる暮らしを作ろうと設計するので、シェアハウスやシェアキッチンの事例が多い。齊藤さんは、別の不動産会社で土地開発からファンドまで、さまざまな業務を経験し、仲間と同社を設立している。
 okatteにしおぎは、JR中央線の西荻窪駅からは徒歩約15分、京王井の頭線久我山駅からは徒歩約11分の住宅街にある。2階は1人、もしくは2人暮らしを想定した個室3部屋、共用のコンパクトキッチンと水回りがある。1階は個室1部屋、住人用のコンパクトキッチン、倉庫と住人・会員がシェアするLDKがある。
会員は3タイプに分かれている。オープン時間に予約利用ができる月1000円のメンバー、水・金にリモートワークができる月3000円のワークメンバー、キッチンを菓子製造などの仕事に使える月5000円のメンバーである。近隣の人を中心に、現在の会員は約50人(2024年1月現在)。「okatteアワー」と呼ぶ、夕食をみんなで作って食べる機会もある。メンバーなら誰でも参加できるマルシェなどのイベントも開いている。
 月に1度、メンバーが任意で参加する定例会が開かれるので、提案や不満はその集まりで話し合う。終了後は、持ち寄ったモノなどで食事会になる流れが多い。「大家さんも、『うちでブロッコリーが余っているんだけど、持ってきていいかな?』と聞くなど、みんなの生活の延長線上にある感じになっています」と齊藤さん。オーナーの竹之内さんは、メンバーが互いに話し合い配慮しながら自主的に使うので、「思っていたほど私がお世話する必要はなかった」と話す。

「okatteにしおぎ」を企画・運営するエヌキューテンゴ(N9.5)代表の齊藤志野歩さん。

共同作業がしやすい 土間のアイランドキッチン

一段下げた叩き土間のダイニングキッチン。キッチンとダイニグは、収納式の折れ戸で間仕切りすることも可能。

 シェアキッチンとダイニングは土間だが、冬は木材を圧縮し固めたペレットを燃料にするストーブを導入。輻射熱で暖かいので、昼間のうちにスイッチを入れれば、それほど寒くないそうだ。ほとんど煙が出ないペレットを使う点も、住宅街で使う上で重要な特徴だ。
「改修工事中に、メンバーになることを検討する人たちに来てもらい、メンバーシップの使い方のワークショップを開きました」と齊藤さん。当初は2列型キッチンのうち、ダイニングと対面するカウンターは壁付のペニンシュラ型にする予定だったが、「パンを作っている料理研究家の方の『みんなで手を出し合って作業したほうがいいから、アイランド型がいい』という意見を取り入れてこうなりました」と説明する。アイランドキッチンは回遊動線で複数人が使いやすいので、家庭に導入すると、家族が料理や後片づけに参加するようになった、という例が多い。シェアキッチンならなおさら、共同作業がしやすくなってよいだろう。
 入り口はガラスの引き戸で、大きなテーブルが置かれた土間ダイニング、その奥にキッチンが見える。ダイニングとキッチンが土間になっているため、気軽に入りやすい。木とステンレスでできた幅2510ミリと2100ミリの2列型オーダーキッチンで、壁付部分の前が東向きの大きな窓で、庭の木を眺めることができる。天窓もつけたので、日中は明るい。入り口のガラス戸は西向きだが、生垣があるので日差しが入りすぎることはない。「気分が上がる感じにしよう、と意識して作りました」と齊藤さん。
 「全体的に空間を広くし、キッチンには扉をなるべくつけずに、見れば何が入っているかわかるようにしています。でも、あまり親切にしすぎない。ラベルを貼って何がどこにあるかを指示しないで、少し探してもらうようにしています。そのほうがコミュニケーションが生まれますから」と齊藤さん。キッチン下収納がオープン棚になっていることで、使い方の応用が利く。ゴミ箱はあえて用意せず、その都度ゴミ袋に入れて処分することで、汚れが溜まるのを防いでいる。

おしゃべりができる場所があれば……

通路幅1000ミリの広々とした動線の2列型キッチン。壁付、アイランドの両方にコンロとシンクを備える。調理や片付けなど、複数人が同時進行で作業できるから、おしゃべりも弾む。

 メンバーは、飲食店を開こうと考えている人、ここで料理教室を開く人など、さまざま。保健所の許可を得るなどして、キッチンを業務用にも使えるようにしている。「ここで和菓子を作っていた人が、店を持ち、製菓学校の先生になった人がいます。西荻窪は家賃が高いうえおいしい飲食店が多いので、子育て世代が開業するのはなかなか厳しいんですが……」と説明する。
 まち暮らし不動産が手がけた物件のほとんどに、シェアキッチンが入っている。「私たちの作るスペースはある意味、公民館のようなもの。私たち自身は『シェアキッチン』と呼んだことはなく、『コモンズ』『コモンスペース』と言っています。税金プラス利用料で公民館が使えるように、消耗品の価格や光熱費を会費として出し合う。住まいの中に町内会があるような感覚と言えばいいでしょうか」と話す。
 手がけてきたシェアキッチンは、利用者たちのライフスタイルによって少しずつ特徴が違う。子どもが多いシェアハウスのキッチンは、子どもたちが自分用の食器を求めるので、個人用の食器棚が大きめになる。「調味料も最初は皆さん、自分用に揃えたがるんです。でも、だんだん『共用でよくない?』と変わっていくことが多いです」と齊藤さん。前回ご紹介したボーダレスハウスの場合もそうだったが、利用者が互いの様子を見て自分が使う時間を調整するので、シェアキッチンでも意外と人が多過ぎて大変、という事態には陥らない。okatteにしおぎの場合はメンバーが見られるウェブ上のスケジュール表があるので、空いた時間をあらかじめチェックして予約することで利用時間が重ならないようにしている。
 街に開くこと、共有することに対して齊藤さんの思いが強いのは、子どもを産んだ後にワンオペ状態で孤立した経験が大きい。そのときは、JR阿佐ヶ谷駅近くで「阿佐谷おたがいさま食堂」というシェアキッチンを借りて、近隣の人や友人たちと月に1度、食事を一緒に作って食べるイベントを運営することで孤独を抜け出した。そうした場で何となくおしゃべりするうちに、育児の悩みも軽くなっていったのだ。そしてわざわざ悩み相談をしなくても、問題を取り除かなくても構わないんだ、という発見をする。「今は家族の規模が小さくなり、家の中の問題を家族だけでは抱えきれなくなっている。そうした問題を少しでも軽くするため、私たちはシェアという方法を提案しています」と齊藤さんは話す。シェアハウスの場合、「共用できるスペースのうち、同時に一緒に使えるのはキッチンしかないんです。家庭で嫁姑がケンカするのも、ほとんどの場合キッチンですよね。ですから、うまく設計し運用する必要はあります」と話す。
 その話し合う機会が、okatteにしおぎの場合は定例会。「感情的に話すのではなくて、感情の話をする。他人同士だから冷静に話せて、少し関与すれば家族よりラクに解決していくことも多いのではないでしょうか」と話してくれた。
 次回は、住まいを伴わず町の人たちがシェアするキッチンの事例をお伝えしたい。

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