居酒屋探訪家・太田和彦が語る『日本居酒屋遺産』の魅力

カルチャー|2023.9.21
写真=小尾淳介 文=太田和彦

2022年『日本居酒屋遺産 東日本編』、今年6月に『西日本編』を上梓した、アートディレクターであり居酒屋探訪家の太田和彦さん。今回の記事では太田さんに、約3年に渡る取材を経て、東西編が完結した今、改めて思う居酒屋遺産の魅力について寄稿していただきました。東西における居酒屋の違いとは?そして「居酒屋」という文化本来の素晴らしさとはどんなところにあるのでしょうか?

居酒屋の「居」は居心地の「居」

三十年ほど前から日本の居酒屋めぐりを始め、すべての県を何度も訪ねた。そして、居酒屋ほど、その土地の、風土、産物、気質、歴史、人情を反映しているところはないと知った。
四方を海に囲まれて南北に長い列島は、太平洋、日本海、瀬戸内海、東支那海と、面する海により魚が違い、海べりの漁村、内陸の山村は生活の仕方も違う。城下町、門前町、商家町では気質が異なり、とりわけ江戸期に確立した藩制はその地の気風を作り、今も県民性に残っている。
そのすべての地に居酒屋はあった。一日を終えてやってくる地元客の隅に座って一杯やり、聞こえてくる会話は「鮎はもう出てるぞ」「今年のきのこは早い」「次の町長選は誰が立つ」「あそこの娘は嫁に行った」などなど。
肴はあわてず様子を見ていると、座るなり誰もが注文する名物らしき一品があり、それは必ず安くてうまくて飽きない。

愛知県名古屋市「大甚本店」の皿小鉢で並ぶ、数々の肴。

雰囲気に慣れたら目の前の大将や女将に話しかける。「この刺身うまいですね」「ああ、それは今朝の……」。気に入って翌日もまた入れば大変喜んでくれ「今日はこっちのを」と勧めてくれる。季節を変えて行けばもう常連気分だ。その土地を、人情を知るのに居酒屋ほど適切なところはなく、いつしか民俗学フィールドワークの気持ちで、そこで見聞きしたことを多くの本に書いた。
気づいたことはいろいろある。良い居酒屋の条件は「いい酒、いい人、いい肴」だが、加えて、というか、より大切なのは「居心地」だ。居酒屋の「居」は居心地の「居」。店の主人と通う客で長年の間にでき上がってきた居心地に浸るために、客は通ってくる。主人が三代目なら客も三代目。「お前の親父はそんな飲み方しなかったぞ」と言われて頭をかいたり、「これ嫁さん」の紹介に、奥から女将が手を拭きながらまあまあとやってくるうれしい場面もあった。


『西日本編』での掲載となった東京渋谷区恵比寿「さいき」。多くのファンに惜しまれながら、2023年5月末でその歴史に幕を閉じた。

建物からも居酒屋を楽しみ、味わう

それを繰返すうちに、良い居心地を生み出している要素は建物、内装にもあることがわかった。そういう店は駅前の新しい繁華街よりも、昔は賑やかだったという古い通りに多く、二階に住んでいるらしい家族経営の一軒家だ。
居酒屋という仕事は、毎日何十人もの不特定の人が出入りして居座って飲食し、一日中の煮炊きで火も水も煙も食器も大量に使い、出すごみも毎日片づけ、翌朝はまた一からきれいにしておかなければいけない、建物を大変酷使する仕事だ。
常に清潔を求められる客商売であり、また住んでいればこそ自分の居心地のためにも、毎日大切に磨きあげ、客の酒がよく染みたカウンターを宝物に、柱も床も板壁も、ともかく拭き掃除の毎日だ。そういう、酷使されながら毎日磨かれてきた建物の年月を経た風格はすばらしい。

沖縄県那覇市「うりずん」の外観。鬱蒼と茂る植栽に囲まれた入り口。

しかし維持するのは大変だ。ではと、使いやすく改築した途端に常連客が離れてゆくのを全国で見た。客は勝手なもので自宅は最新便利にしても、通う居酒屋は昔のままであってほしい。その維持に、建て直した方が安くあがりますよという工務店の意見を知りながらも古さを財産として残し、一方トイレや厨房は最新式の清潔に替えた。
居酒屋は古いままでいてくれという常連の気持ちは、居酒屋とは過去へのノスタルジーに浸って自分の人生を肯定する場所ゆえなのだと気づいてきたが、それはともかく。
大切にしてきた建物も、そろそろ築何十年の限界がきたが、同じ建て直しはもうできないと知り、今のうちに「居酒屋遺産」として記録しようと思い立った。
その条件は、
・創業が古く昔のままの建物であること
・代々変わらずに居酒屋を続けていること
・老舗であっても庶民の店を守っていること
「創業が古く」とは明治~昭和戦前、戦後も昭和三十年ごろまで。「代々変わらず」ならば現主人は三代目以降くらいか。「庶民の店」とは、居酒屋はそういうものだからだ。
それらを、店の歴史を正確に聞き、写真をくまなく撮り、その店だけの特徴を文章で表し、北海道から沖繩まで全二十六軒を『日本居酒屋遺産 東日本編』『同 西日本編』の二巻にまとめた。

『東日本編』に掲載されている、山形県酒田市「久村の酒場」外観。

三年を要した取材でくっきりした東西の違いは、東日本は〈風雪に耐える堅固な建物、いちど入った客が長時間過ごせる居心地、地元の産物を使った質素な肴など、風土が作り出した遺産〉。西日本は〈建物、立地、酒肴などに主人の個性がつよく現れ、類する店がない、など店の個性が作り出した遺産〉だったと記しておこう。


京都府京都市中京区『京極スタンド』内観。大理石のカウンターと豊富な品書き。

庶民の文化に溶け込んで、お酒や肴を楽しめる場所

長い間、通い続けた居酒屋は、ただ飲食するためだけの場所ではない「文化」をもつとわからせた。高級伝統和食は日本の誇る文化と認識されているが、居酒屋はそれとはちがう、居心地、風土、歴史をまとう庶民文化だ。ロンドンのパブ、フランスのカフェ、ドイツのビアホール、イタリアのバル、アメリカのスナックバーなど、庶民がひと息つく場所は世界にあり、日本では居酒屋だ。今や日本の居酒屋は外国人観光客に大人気の場所になっている。それは(我々が外国で体験するように)、その国の裸の庶民の中に自分も居させてもらえる愉しさからだろう。
日本の古い居酒屋は物語に満ちていた。ぜひ本書を手にとっていただきたい。そうして、そこを訪ねていただきたい。店の良さは私が保証します。

著者:太田和彦
出版社 ‏ : ‎ トゥーヴァージンズ
発売日 ‏ : ‎ 2023/6/19
定価:本体2,200円(+税)
仕様:単行本(ソフトカバー)/224ページ

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