『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。
そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。
第19回は、パリッコさんやスズキナオさんが『酒ほそ』に登場。『酒ほそ』伝説の「ストロングだぜ!」の話も──。
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「まちシリーズ」取材の楽しさと大変さ
ラズウェル細木(以下、ラズ):『酒ほそ』の取材のなかでも、たとえばどこかの土地に取材しに行く「まちシリーズ」なんかは、チームを組んで取材態勢でのぞむことが多いんですよ。すると、仲間たちが快く付き合ってくれるわけです。お店を紹介してくれたり、詳しい人を集めてくれたり。大阪のたこ焼きもそうですし、東京の中井、沼袋、秋津とかね。ああいうところの案内は、ほとんど飲み仲間が頼り。
パリッコ(以下、パリ):30巻台くらいから、そういうちょっとマニアックな東京のローカル線の駅が取り上げられたり、これまでと方向性の違う部分が出てきますよね。そして、36巻の「たぬきや」(京王稲田堤駅近くにあった多摩川沿いの茶屋)が登場するエピソードで、ついに僕らしき人物が寝ている姿が描かれるんです! あれには手が震えたな〜。まさに、たぬきやでご一緒した日のことが下敷きになった話で。
スズキナオ(以下、ナオ):「看板猫」という回ですね。パリッコさんも僕も大好きだった「たぬきや」の風景が『酒ほそ』の世界のなかに残っているのが感慨深い。
パリ:そのあたりから、ちらほらとナオさんや僕が、作中コラムなんかに出はじめるんですよね。
ナオ:光栄なことに!
パリ:さらには、「ダリッコ(ライター・安田理央さんとパリッコが合体したような人物)」とか「ヤマスズ(飲酒家・山琴ヤマコさんとスズキナオが合体したような人物)」が作中に出てきたりして。
ナオ:そうですね。「ヤマスズ」という人物として大阪のたこ焼き文化を紹介している。
パリ:あと、ついにコラムに、伏字ではなくて「パリッコ」として出してもらえた! と喜んでいたら、少しあとの巻で「Pリッコ」に戻っていたりとかも(笑)。
ラズ:(笑)。あのへんね、極めててきとうで。
ナオ:そういう「まちシリーズ」の掲載ペースというのは、なんとなく決まっているんですか? それとも気分次第で「そろそろ行くか」っていう感じでしょうか。
ラズ:決まっているわけではないけど、近年はわりかしやっていたので、コロナがなければその後も同じように続いていたに違いない。
中/謎の酒場ライター・ダリッコさん登場!
右/こちらもフュージョン・キャラのヤマスズさん。
パリ:初期のころから出張編、海外編などはありましたが、そういうもう少し規模が小さいというか、日常と地続きでもあるような飲み歩きシリーズを始められたのには、なにかきっかけがあったんですか?
ラズ:どうだったかなぁ……。いや、あるときから、東京近郊の街の居酒屋へ行ってみようという感じのことをやり始めたんです。一度やりだすと、それがおもしろいんですよね、あんまり旅行然としていなくて。ふらっとその駅にたどり着いて、くらいの感覚で行く。
パリ:そういうおもしろさって、たとえば『古典酒場』(三栄書房から2007~2013年に刊行されていた酒場情報誌)に代表されるような「大衆酒場ブーム」の影響もあったりするんでしょうか?
ラズ:そうですね。『dancyu』なんかでもそういう回が増えてきましたもんね。この間の『dancyu』(2022年6月号)の京都特集にも、ナオさんが京都のそのへんの酒場で飲んでいる記事が載ってたし(笑)。
ナオ:まさに「そのへんの酒場」という感じです。
ラズ:ああいうの、非常におもしろくて。『酒ほそ』の場合、具体的な店名をズバリとは書かないんですけど、でも絵を見ればバレバレなので、それを実際に訪ねて歩く人たちがいるらしいんです。僕がかつて、池波正太郎先生が書いた店を訪ねて神田を歩いたような感じで。それってきっと楽しいだろうな〜、と。
パリ:本や漫画で見たお店を実際に体験するのって、独特の高揚感がありますよね。
ラズ:そうなんですよ。「まちシリーズ」に関しては。これからもやりたいんですけどね。まぁ、これからの状況次第という感じで。
ナオ:今後どんな街を訪れたい、というような候補はありますか?
ラズ:私鉄沿線がおもしろいなというのは前からありましてね。あと、ターミナル駅のひとつ先のエリアとか。ナオさんも前に、大阪のなんてことない街で降りてみるみたいな取材をしてたよね。
ナオ:降りたことのない駅でふと降りてみて、そのへんを歩くというのはよくやるんです。どんなところかわからないけど、とにかく散策してみるという。
ラズ:必ず「おっ」という店がある。
ナオ:どんな街でも、絶対になにか興味深いものが見つかるんです。なにもない街というのは、本当にない。
ラズ:地方都市は地方都市で魅力的だし。
パリ:もう、どこに行ってもいいですよね。
ナオ:同行させていただいた経験からすると、ラズ先生はかなり細かく記録されていますよね。お店の様子をたくさん写真に撮ったり。
ラズ:今はネットの時代になってだいぶ楽になったんですよ。ちょっと写真を撮り忘れても、いくらでもネットで検索できるでしょう。外観から内装や料理まで、みんな載っていたりするので。それが昔の取材だと、後半に酔っぱらってひとつも写真を撮ってなかったりして。「うわあ、どうしたらいいんだろう」みたいなね(笑)。
パリ:それ、今でもよくやります(笑)。
ナオ:てきとうに描くわけにはいかないから、お酒を飲みながらの取材って大変ですよね。
ラズ:そうなんです。そういう失敗があったので、取材ものはある時期からピリピリしちゃって。必ず写真を押さえて。よく忘れるのが従業員の服装とか。チェックし忘れがち!
ナオ:ああ! それは忘れる。忘れるというか、普通そんなにちゃんと見てないですもんね。客として行くぶんには。
パリ:うんうん。「いや〜いい店だった」って大満足で店を出たところで、「ところで今のお店の店員さん、どんな服着てた?」って聞かれて、毎回正確に答えられる自信はない。
ラズ:そうそう。従業員の服装ってなかなか記憶に残らないので。だから箸袋の裏に、従業員の服装とかをスケッチしていたこともあったりしたんです。東京近郊だったらまだ、その気になれば再取材もできる。だけど地方都市の場合、取材漏れがあったらアウトでしょ。けっこう緊張するんですよ。
ナオ:楽しく飲んでいるだけ、というわけにはいかないということですね。当たり前か。
ラズ:ええ。外観も内観も一応それ風に描くので、時間もかかります。今までにやった背景でいちばん大変だったのは大阪の天神橋筋だったな(笑)。
パリ:おお! まさに僕もナオさんもご一緒した。あれは我々にとって、かなり思い出深い話です。
ナオ:「大阪の夜 天神橋筋編」「大阪の夜 京橋編」と2回に分けて大阪の街が描かれているんですよね。自分が同行させてもらった飲みの模様が、そのまま漫画になっていて感動しました。
パリ:当時ナオさんと、ラズ先生の絵はシンプルな線なんだけど、本当にその時の空気そのままですよね! って驚いた記憶があります。
ナオ:そうそう。まさに見たまんまなんですよ。お店の様子も街の様子も。
ラズ:いや、そうなんですよ。見たまんま(笑)。
ナオ:店内にずらっとメニューが並んでいる感じとか、かなりの執念を感じる。
ラズ:この回は、アシスタントをしている娘も、「今まででいちばん大変だった」って言ってた(笑)。
ナオ:『酒ほそ』史に残る回だったんですね! さらに光栄です。
ラズ:今あらためて見返しても、初めて大阪の酒場を本格的に取材した喜びがあふれてるなぁ。感激したんですよ。大阪のパワーにも、酒場のおっちゃんたちにも。
パリ:最初に登場する串カツ屋、1軒目でいきなり、てきとうに飛び込んだんですよね。そしたらこれがまた、ものすごい良かった。京橋編に出てくる「カニビーム!」とかも、実際やっていたんですもんね。
ナオ:そう、実際にパリッコさんがやっていた(笑)。
パリ:ははは! 「こんなこと誰がやってたんだろ?」と思ってたら、酔っぱらった自分がやってる証拠写真が残ってた。
ナオ:単行本に収録された「酔々取材レポート」にも、パリッコさんととも僕が「N氏」として登場していて、本当に嬉しかったです。
ラズ:これがきっかけになってその後も京都飲み、神戸飲みと、関西の他の地域でも飲むことになったりしてね。ナオさんがこの前行っていた淡路島にもぜひ行きたいなぁ、今度。
ナオ:ぜひぜひ!
右/パリッコ氏がしていたという「カニビーム」。一体これ、何なんでしょうね(笑)。
伝説のシーン! 宗達が「ストロング酎ハイ」に……
パリ:36巻で大阪に行って、37巻には連載開始から通算1000回目の回が載っています。1000回ですよ! そしてその回が、宗達が1日だけ居酒屋の店長をやって、そこに続々と登場人物たちがやってくるという。
ラズ:あれは「居酒屋パリッコ」からのインスパイアですよ。
パリ:そう! その回が『漫画ゴラク』に載る少し前に、同様の趣旨のイベントを、僕が実際にやったことがあったんですよね。そこにラズ先生やナオさんも来てくれて。
ナオ:これはもう役得というか。すごい話ですね。
パリ:記念すべき節目に、「あれ? この風景ちょっと見たことある!」っていう。嬉しすぎました。
ラズ:そもそも酒飲みって、ちょっとだけ居酒屋をやってみたいって欲求があるでしょう。
パリ:飲みに行けなくなるから本業にはしたくないけど、ちょっとだけ(笑)。
ナオ:カウンターの内側から見える景色というのを味わってみたいというのもある。
ラズ:カウンターのなかから客席を見るというのをやってみると、かなり違いますよね。それが高じてくると、もしかして本気でお店をやりたくなってきちゃうのかな……。
パリ:実際、リアルでそういう人生を歩んでいる人もいますし。その後も、僕とナオさんが別のイベントで、新代田の「えるえふる」というお店で一緒に居酒屋をやったことがあって。そこでナオさんが提供していた「実家のポテサラ」が第41巻の「こだわりのポテサラ」という話に登場する。
ナオ:あれもまさかの展開で!(笑) うちの母のポテサラってみかんが入ってるんですけど、それが出てくる。母も喜んでいました。もう鈴木家的にも伝説の回。
パリ:伝説といえば、僕が『酒ほそ』史に残る伝説のシーンだと思っているのが、次の43巻、「ストロングだぜ!」のラストです。ストロング酎ハイを取り上げた回で、最後に酔っぱらった宗達が、ストロング酎ハイに「いいちこ」を足して飲んでいるという。
ナオ:衝撃でしたね!
パリ:だってこんなの、若者でもやらないもん(笑)。もう、打ちのめされました。一生かなわないなと。
ナオ:この宗達の最後の顔。
パリ:「えへへへへ」っていう。
ラズ:(笑)。いや、これは、ストロング酎ハイの衝撃を……「本当にヤバいよね」っていうことを描こうと……。
パリ:「ヤバいよね」って言いつつ焼酎を足してる(笑)。
ラズ:缶チューハイの、アルコール度数9%が登場した時、話題になって、みんな喜んで飲んでいたでしょう。
ナオ:「これはいい!」と僕も最初は喜んでいました。
ラズ:ところがだんだん、みんながヤバさに気がつきはじめて(笑)。
パリ・ナオ:(笑)。
ラズ:そういうブーム、お酒業界の話題も取り上げたいなという気持ちはありますよね。
パリ:でもそこで「わ~、これはダメだ!」って言うんじゃなくて、なぜか酒を濃くする。
ナオ:さらに上を行くという。
ラズ:(笑)。まぁ、そこは漫画だから。
ナオ:まずは、よりおもしろくしようと。
ラズ:そうそう。あるいは、ここで宗達ならどうするかな? という感じですよね。
右/自宅に戻り、ストロング酎ハイに25度のいいちこを流し入れて……。
ナオ:それこそ、最新の第51巻にノンアルコール飲料を取り上げた回があったじゃないですか。食事の席で、自分以外がお酒を飲まずにノンアルを注文していて、宗達がひとりだけお酒を飲んでいる。だけどけっきょく、最後には自分もノンアルを飲みだすんですよね。ひとりだけ飲んでいてもつまらないと。あれなんかも宗達ならではという気がしました。
ラズ:はいはい。キャラクターが動いてくれる要素が強いので、最近は割と、結末まで考えないで描き始めることが多いんですよ。そうすると宗達が動いて、勝手にオチをつけてくれる。
ナオ:宗達を追いかけていれば展開ができていくという。
ラズ:ええ。もうキャラができあがっているのでね。連載をいちばんたくさん抱えていたころに、考えている時間がないから、とりあえず1枚目を描き始めるというのをやっていたんです。でも当時はまだ「描き始めたはいいけど、最後どうしていいかわかんない〜!」ってなことがけっこうあって。それが最近は、とりあえず描き始めるとそれなりの形で終わるので、自分のキャラに助けられているという感覚ですね。
ついに「酒の穴」が単行本のあとがきを
パリ:そして44巻ですよ! なんと、我々「酒の穴」があとがきを担当させてもらいました。
ナオ:そうでしたね。『酒ほそ』史上最大の驚きといっていい。
パリ:なんで抜擢されたんだ? って。
ラズ:というか、「酒の穴」の記事のスタイルって非常に画期的だと思っていたので、「それでやってね」って僕が頼んだんですよね。
ナオ:僕たちがいつも記事を書いているときの、対談形式で。
ラズ:そうそう。あれ、いくらでも読んでいられる。あのあとがきも、ちょっと足りないくらいで。
ナオ:それで、いつもよりはだいぶページ数を増やしてもらってるんですよね。
ラズ:そう。増やしたにもかかわらず、もっと読みたい〜! みたいな(笑)。ふたりのかけあいって、独特なゆるさがあって、なぜかいくらでも読める。そして、ふたりがとりとめなく話していく内容がとってもくだらないんだけど、なぜかそれを受けて、読んでいる側もいろいろ考えが湧いてくるところがあって。あれは、今までにないあとがきですよ。
ナオ:ありがとうございます。しかしすごいことでしたね。
パリ:すごいですよ。名前が出てきて大感激したのが36巻で、そこから8巻後に! そして気がつけば今、ラズ先生と一緒に同じような対談をやっている。
ナオ:本当だ(笑)。あと、僕とパリッコさんでおもしろがって始めた「チェアリング」が50巻に出てきますよね。宗達がずっと昔からやっていたことが、あらためて正式に「チェアリング」として登場する。
ラズ:いや〜、「チェアリング」があれだけ社会現象になるとはねぇ。あれは、椅子の進化もあればこそという気がします。硬くて重い椅子を背負っていくのだとそんな長時間やってられないし、目立つし。
パリ:かつて「チェアパッカー」という話で宗達が持ち歩いていたのは、まさに硬くて重いリビング用の椅子でした。そういう行為を楽しんでいる人が一部にいるらしい、という。
ラズ:そうそう。
ナオ:とはいえ、「チェアパッカー」のこの宗達の姿にはかなわない気がします。これがやっぱり、いちばんかっこいい。
ラズ:(笑)。やり通せたらね。
パリ:宗達が、やってみようと家を出るんだけど、恥ずかしくてできなくて家に帰っちゃうというのが(笑)。
ナオ:それもまた宗達らしさですね。
パリ:51巻では、ますむらひろし先生があとがきを書かれていて。
ラズ:この連載でも話しましたけど、ますむらひろしさんは開拓者なんですよ。米沢という街の出身で、先頭に立って文化的なことを開拓した先輩です。なんで今までますむらさんに頼んでなかったんだろう? って、よく考えると不思議なんだけど、でも、51巻という新しい節目に登場していただいたのが、いちばん良かったのかなと思うんです。
(次回はいよいよ最終回!! 更新は9月25日を予定しています)
ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。
パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。
スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある