第18回 ラズウェル細木の酔いどれ自伝
    ──夕暮れて酒とマンガと人生と

カルチャー|2022.9.2
ラズウェル細木×パリッコ×スズキナオ

『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。 そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。
お待たせしました! の第18回は、ラズ先生の飲み仲間がたくさん登場。「モギさん」の丼ものフタ問題・即席漬け・山かけ人数分・ロマ弁など、数々の伝説も披露されます!!

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時代ごとの酒場の風景

パリッコ(以下、パリ):『酒のほそ道』の20巻台ぐらいの話をあらためて読んでみると、キュウリを温めてみる(「キュウリ温レシピ」第26巻所収)とか、ハンバーガーで飲んでみる(「ハンバーガー呑み」第24巻所収)とか、チェアパッカー(第33巻所収)とか、高所飲み(「高所スポット」第34巻所収)とか……、すごくいろいろな実験をしている印象があります。びっくりしたのが、28巻の「しっけ物」という回では、しけった菓子の話が出てきて、前にナオさんと「しけった菓子って意外といいつまみになりますよね」なんて話したことがあるんですが、そこまで先取りするか~って。

スズキナオ(以下、ナオ):パリッコさんも僕もライターとして記事を書いている「デイリーポータルZ」というWEBサイトのノリに近いものがありますよね。

パリ:このころは、どういうことを描きたいという気持ちだったんでしょうか?

ラズウェル細木(以下、ラズ):なるべく今までにやってない新たな切り口を、どんどん追求したかったんだと思います。それをある程度やると、「前とテーマがかぶっても、もういいや」みたいな感じになってくるんだけど(笑)。

ナオ:それこそ毎年、さんまについて描くといったことですよね。

パリ:通して読み返すと、さんまの登場具合は本当にすごかったですね。「さんまの煙」というテーマだけでも2回出てきたり。

ナオ:煙だけでも何度も描けると(笑)。

ラズ:さんまの横に添えられた、大根おろしについてだけで描くとかね。「焼きさんまを出すときに、ふたつに切らないでほしい」とか。そういう酒場の些末なことをテーマにしたシリーズもひとしきりあるわけです。さんまだけでなく、店の暖簾についてとか、提灯についてとか。連載がどんどん進んでいくにつれ、そういう些末なところとか、ちょっと変わった状況みたいなものを描いていくようになったように思いますね。新たな視点とか、新たな食材とか、そういうのを取りこむように心掛けつつ。ただ、今はそこまで気力がないので……。

ナオ:いやいや、その感じは最新刊(第51巻)にもありましたよ。居酒屋にたまに飾られている著名人のサインをテーマにした回とか。

ラズ:そうですね。そういえばサインは取り上げてなかったな、みたいな感じで。

パリ:サインについて描かれてこなかったのは意外でしたね。

ラズ:だから、きっとまだまだやってないことというのはあるんですよ。

ナオ:同じ酒場の風景でも、時代によって変わっていく部分もあるし。

パリ:あと、正月ネタというのも絶対にやらなきゃいけない! 雑誌には毎年新年1号目があるから。

ナオ:定番ですもんね。おせちとか。

ラズ:おせちも何回も描いているけれども、前に描いたのを忘れてて、最近はもう、テーマがかぶるのをそれほどおそれない(笑)。

パリ:(笑)。時代によっても雰囲気が変わっていきますしね。たとえば、SNSが登場する以前と以降とか。

ラズ:はいはい。お店のLINEを見て「ネタがもうすぐ売りきれそうだ!」って焦る、みたいな話も描いた。『酒ほそ』が始まったころには夢にも思わなかったシチュエーションですよねぇ。

パリ:宗達が「今飲んでます」っていう写真をSNSにアップして、宗達のグラスの隣に誰かのグラスが写っていて、かすみさんが「誰と飲んでいるのかしら……」って思うという回。

ラズ:はいはい。ありましたね。

パリ:けっきょく、隣にいた見知らぬ人のグラスが写りこんでいただけ、というオチだったんですけど、今の時代ならではの“あるある”だな〜と。そういう時代の変化が感じられるのもまた楽しくて。普通に「はい、レバ刺し」って出てきたりとか。

ラズ:「レバ刺し」や「もつ刺し」って、昔は居酒屋の定番中の定番だったもんね。

ナオ:それが食べられなくなってしまう未来は、連載当初は想像もできないですよね。

ラズ:最初のころは「待ち合わせでなかなか会えない」というネタもあった。今の人が読んだら、「なんでスマホを使わないの?」みたいな感じだと思うけど、長くやっているとそういう部分も出てきますよね。

キーパーソンは、けらえいこ先生

パリ:以前ラズ先生に伺って印象的だったお話が、かすみさんや松島さんが絡んで、ちょっと恋愛っぽい空気が出るようになったのは、編集さんが替わった影響だったという。

ラズ:そうそう。『酒ほそ』の担当は何度か替わっているんですけど、女性が担当した時期は、割と恋愛要素が出てくるというのはあるんですよ。恋愛話が好きな担当さんだと、少しそこに合わせて描くわけ。

ナオ:別に担当の方から「そろそろ恋愛展開を出しましょう!」とか言われるわけじゃないんですよね?

ラズ:直接言われるわけではないんですけど、話を聞いていると、なんとなくそっち方面に関心がありそうだなと分かるので。ならば自分としてもやぶさかじゃないというか(笑)。『酒ほそ』のファンでそっち方面を喜んでくれる方も多いようなので、期待に応えようという気持ちもあってね。

パリ:あまりやりたくないけどしかたなく……とかではないんですね。

ラズ:そう。自分としてもその辺を突っつくのはおもしろい。よくあるパターンとして、宗達が、誰とは言わず、あるいは誰と言いつつ、結婚したあとの家庭を妄想するみたいな。あれはあれでバカバカしくていいかな。というか、その宗達の夢が本当に情けないというか、バカというかね(笑)。

パリ:でも、同じ酒飲みとして宗達の気分で読んじゃっているから、本当に自分もバカなんですけど、「どの子を選べばいいんだ〜!」とか、すぐ思っちゃうんですよ(笑)。それも魅力のひとつだなと思いました。

ナオ:読者としても選べないですよね。

ラズ:ふふふふ(笑)。かすみが一番人気ではあるんですけど、松島さんファンの人とかもいたりするのでね。

パリ:そうそう。どんどん存在感を増しているんですよ、松島さんが!

ラズ:だから、新たな登場人物を作ってもっと引っかき回してやれ、と思ったりもするんだけど、大変だからちょっとなぁ……となりがち(笑)。

ナオ:登場人物を出せば出すほど、あとで大変になると。

ラズ:それに、「モテてしょうがねぇな宗達」みたいな雰囲気にもなっちゃいそうでしょ。

パリ:麗ちゃんとも楽しそうにふたりで飲みに行ったり、そもそもすでにモテすぎですし。

ラズ:そう。もちろん突然グッと大きな展開になったりする予定はないけれど、そのへんをちらちらと突っついていくのは作者としても楽しい。

パリ:ちなみに、登場人物の名前が、お酒の銘柄モチーフになっていたりするんですよね。松島雪子が「雪の松島」とか。

ラズ:そうですね。三浦かすみは「浦霞」。

パリ:そういう小ネタもまた、いろいろ気になります。友達の斎藤とか竹股にはモチーフがあるの? とか。

ラズ:いや、斎藤は大学の同級生の名前で、竹股は中学と高校の同級生の名前で、ただそれだけなんですよ。キャラクター的にもモデルはいないですね。まぁ、設定としては、学生時代からの飲み友達、気の置けない奴らという。

ナオ:実際のラズ先生にはそういう存在っていらっしゃるんですか? 古い飲み仲間というか。

ラズ:学生時代からの友人は、学部の友達も漫研の方も、昔ほどしょっちゅう会って飲むみたいなことはもうなくなっているので……。今、いちばんよく会って飲んでいるのは、モギさんという飲み仲間の周辺と、ふたり(パリッコ、スズキナオ)なんじゃないかな(笑)。

ナオ:それは嬉しいです。モギさんは僕もパリッコさんも知っている方で、ラズ先生の飲み仲間というと真っ先に思い浮かぶんです。

ラズ:彼はとにかく飲むのが好きで、おもしろいこだわりも多い。もともとはお酒関係の雑誌の編集者で、それでいて今はあまりそういう仕事はしてない。ただ気の向くままに酒場に行って飲むというのをやっている人なわけです。そういう意味で、大いなるネタ元なんですよね(笑)。

ナオ:ネタを取り合うような危険性もないわけですね(笑)。モギさんって飲みかたにこだわりがあって、初めてお会いしたときから、『酒ほそ』の世界に出てきそうな方だなと思っていたんです。宗達っぽくもあって。

ラズ:そうですね。モギさんと飲んで話していると、ネタになるようなことが多いんですよ。酒場のディテールを気にするところとか、つまみとか酒についても考えがあってね。しかもモギさんがいいのは、大衆的なところからはみ出ないというか、一貫して居酒屋、大衆酒場に通っている。

ナオ:庶民派であると。

ラズ:そうなんですよね。そこがいいんです。

ナオ:粉末のコーヒーを甲類焼酎に混ぜて作る「コーヒー焼酎」を教えてくれたりとか、いろいろお世話になっています。そういう飲みかたも『酒ほそ』っぽいし。

ラズ:モギさんとかダリオさん(安田理央さん/フリーライター)は、最初は漫研の後輩のけらえいこが紹介してくれたんです。モギさんたちが「一度飲んでみたいので、ラズウェル細木さんを紹介してほしい」って頼んだのを、けらが仲介してくれた。ただその後、僕とモギさんたちがよく会って飲むようになったので、けらが「私を飛び越えて仲良くなっててけしからん!」みたいなことを言ってきてね(笑)。

パリ:そんな三角関係が(笑)。

ラズ:そこから飲み仲間がどんどん増えていったんです。モギさんたちから吉田戦車さん(マンガ家)を紹介してもらったり、ダリオさんからパリちゃん(パリッコ)を紹介してもらって、そこからナオさん、そして大阪方面へつながったりするわけですよね。谷口菜津子さん(手塚治虫文化賞新生賞を受賞したマンガ家)と初めて会ったのも大阪だったし、スケラッコさん(『盆の国』などで知られる京都在住のマンガ家)とはナオさんと一緒に京都で会いましたね。

パリ:いわゆる、我々の飲み友達だった人たちとどんどんつながっていって。

ラズ:山琴ヤマコさん(神戸在住の飲酒家。我々が神戸で飲むときは必ず案内してもらう)は「シカク(大阪・西九条のミニコミ専門書店)」で会って、さらに泡☆盛子さん(京都在住の酒場ライター)にも出会ったり。みんな年齢も性別もいろいろですけど、僕のなかでは同じ飲み仲間という認識なんです。

パリ:その橋渡し役になったけらえいこさんとは、仲が良かったんですか。

ラズ:そんなにしょっちゅう飲むわけでもないし、漫研の後輩とはいえ、大学に通っていた時期は重なってないんです。でもこうしていろいろつながっていったことを考えると、けらがキーパーソンなのかも……。

パリ:この間、この連載のことをけらさんがTwitterでリツイートしてくれていて、そこに「ラズウェルさんは昔からおもしろくて、コンパや合宿に行くとラズさんのお話のコーナーがあった」と書かれていました。

ラズ:そんなのあったかな(笑)。ぜんぜん思い出せない。

ナオ:そもそも合宿に先輩が来るって、むしろちょっと面倒ですよね(笑)。

ラズ:(笑)。ただ漫研って、卒業してからも合宿に行くぐらいだったので、在学期間が重なってない後輩とも仲がよかったりするんですよね。

ナオ:それが結果的に思いもよらない人間関係につながっていったわけですもんね。

ラズ:この年でいろんな年代の飲み仲間がいるって、ありがたいなと思いますよ。職業柄というのもあるんですけど、それは考えずにただ楽しいから飲んでいて、そのなかでネタも拾っているという感じですね。

「モギさん」伝説の数々

ナオ:ちなみに、けらさんのご紹介でモギさんたちに出会ったのは何年前くらいですか?

ラズ:もう16年くらい経ちますかねぇ。

パリ:やっぱり、長いお付き合いがあるんですね。安田理央さんに紹介してもらって僕とラズ先生が初めて会ったのが、2013年でしたよね。

ラズ:その後、パリちゃんに紹介してもらい、ナオさんと初めて大阪ツアーで会ったのが、その翌年くらいかな。

ナオ:ということは、モギさんとラズ先生がお知り合いになられた年数の半分くらいの時期を、僕らも過ごしてきたのか。

パリ:モギさんたちとラズ先生の気心の知れた感じって、年数よりももっと濃い付き合いって感じがありますよね。だって、モギさんってラズ先生よりは年下ですよね。

ラズ:うん。60歳ちょい過ぎくらいかな?

パリ:その割には時々、対等な口をきいたりするじゃないですか! 最初びっくりしたけど。

ラズ:ハハハハハ(笑)。

パリ:モギさんの人徳だったんだな。

ラズ:かつては漫研関係と、大学時代の同級生とか、そういう友達と飲んでいた。ところが16年ぐらい前から急に、年齢も職種も様々な人たちと知り合うようになってね。共通しているのは、みんな、と〜っても酒が好きということ。

パリ:考えてみれば、僕もナオさんも同じかもしれないですね。昔は同世代の友達しかいなかったのが、どんどん広がっていって。

ラズ:年齢に幅があると、好きな音楽とかファッションとか、すごく開きがあるでしょう。特に共通項がないことが多かったり。ところが「酒」は、全世代の共通項になりえる。いろんな世代の人が一緒に飲んでいるって、楽しいですよね。

パリ:また、単に酒が好きなだけじゃなくて、飲みかたの根底が共通している人たちが自然と集まっていますよね。たとえば飲んで面倒くさい話をしないとか、その場と関係ない人間関係の愚痴や自慢話をしないとか。

ラズ:そうそう。「ホッピーセットのソトとナカが減っていくスピードが人によって違う」みたいな、そんな話をしてるだけ。庶民的な飲みかたの人たちが多いので、そういう面でも気楽というかね。口うるさいこだわりみたいなものも、あえて言っているからおもしろいのであって、それを本当に振りかざされると……、ちょっとね(笑)。

ナオ:飲んでいるときって、どうでもいい話をあえて楽しんでるようなところがありますよね。

ラズ:しかも、それも酔っていくとどうでもよくなっていくし。最初はうんちくやこだわりを語るんだけど、最後にはどうでもよくなっちゃうのが宗達ですけど、飲み仲間の人たちもそうですよ。モギさんもTwitterではよくうるさいことを言っているけど、一緒に飲んでるとただの飲兵衛なおやじですから(笑)。

パリ:SNSでいくらでも個人のこだわりを発信できる時代だから、それを目にする機会も増えましたよね。

ラズ:あとね、知り合いが現在進行形で酒を飲んでるのをSNSで知ったりすると、羨ましい面もあるんですけど、なんかホッとする面もある。「あ、また今日も飲んでやがるな」みたいな感じでね。一緒に飲んでなくても「ああ、今日も楽しい酒が飲めてるならよかった。じゃあそろそろこっちも……」みたいな。

ナオ:わかります。空間が隔たっていても、酒飲みとしてきっと似たような楽しみを味わっているんだろうなと。

ラズ:昔は、誰と誰がどこでなにを飲んでるかなんて絶対わからなかったでしょ。それが今は「昨日、あれ食ってたよね?」って、その人についてやけに詳しくなったりして(笑)。

パリ:またそういう発信を見て「自分は仕事してるのにずるい!」とか「なんで自分は呼ばれてないんだ!」とかって腹を立てる人がいないのも、ラズ先生の周囲に集まる飲み仲間の特徴かもしれませんね。

ナオ:確かに(笑)。で、そういう飲みの場での他愛もない話から、どんどん新しい『酒ほそ』の世界が立ち上がっていくような。それこそ『酒ほそ』で何度か箸置きのことがテーマになっていますよね。みんなでそんな話をしている時に、僕もその場にいたことがあるんです。大阪の天満の「但馬屋」か「天満酒蔵」かな。安田理央さんもいて、居酒屋で「箸ってどこに置いたらいいんだろうね」ってみんなで話していて。

ラズ:確かそのとき、アサリの酒蒸しか何かをつまみでとっていて、「アサリの殻を使えばいいんじゃないか」みたいなアイデアが出てね。箸置き問題はわりとよくやっていて、些末なんだけど実は大ネタというか。でも、そういう話をしながら飲んでいるのがいちばん楽しいんですよ。あと昔、天丼にフタがかぶせてあって、そこから海老の尻尾がはみ出しているのはどうなんだ? っていう議論もあった(笑)。

パリ:それ、僕は偶然同席させてもらってたんですが、あれは本当にすごかった! 新宿の「三平酒寮」で、とみさわ昭仁さん(『無限の本棚』などで知られるライター)、安田理央さん、モギさん、ラズ先生が飲んでいて、まさにそのことをSNSで知り、ちょっとだけ寄らせてもらったんです。

ナオ:さすがのパリッコさんですら「あれは本当にどうでもいいと思った」みたいなことを言ってませんでしたっけ。

パリ:言いましたよ。だって、本当にどっちでもいいんだもん! そもそもフタがあったとしても、けっきょくすぐ取るじゃないですか?

ナオ:パリッコさんですら呆れ果てたという大激論。

ラズ:フヘへへへ(笑)。

パリ:だってとみさわさんなんか、「フチが一か所だけ凹んだフタを作って、海老の尻尾をそこから出せばいいんじゃない?」とか、大真面目な顔で語ってて、もうついていけない……。一言も口を挟めなかったです(笑)。

ラズ:僕は「あれは別にピッタリ閉まりきらなくて、はみ出ているのがいい」って主張してたんだけど。

パリ:モギさんもいろいろ言ってたな。「いったん話を整理すると、まず牛丼には絶対フタがいる」とか。

ナオ:ははは。それは例えば吉野家とかでも必要ということですか。

ラズ:モギさんは丼ものにフタが欲しい人なんですよ。かつてびっくりしたのは、うな重とかうな丼とかを食べていると、モギさんはいちいち閉めるんですよ。普通、食べている間はフタは脇に置いておくでしょう? 食べ終わったら、かぶせて終わり。

ナオ:もちろんそうしています。

ラズ:ところがね、モギさんはいちいち、ひと口食べては閉め、食べては閉めってするんです。

パリ:出会ったことのないタイプ!

ラズ:最初は不思議だったんだけど、理由を聞いてみると「冷めにくいし、周りのほこりからも守れる」って言う。また、「いちいちフタを閉めるのが儀式っぽくて、またいい」とも言ってた。それを聞いて、僕もだんだん影響されてきちゃって、新幹線の中でサンドイッチとか弁当とかを食べるとき、いちいち閉める癖がついちゃった(笑)。フタを閉めるとちょっと安心感があるというか。それはモギさんの影響なんです。

ナオ:いいなぁ。そういう会話ってどうでもよくて本当におもしろい。そもそも「ほこりから守る」って言うけど、フタがまるっきりない食べものはどう思って食べているのか。

ラズ:(笑)。

パリ:そういえば印象に残っているのが、居酒屋で何人かで飲んでいて、モギさんが、自分の醤油皿にしばらく刺身を入れっぱなしにしてたことがあったんです。誰かがその理由を聞いたら、「これ、ちょっと漬けにしているの」って。思えばそれこそ“ほこり待ち”状態なのでは……。

ナオ:(笑)。

ラズ:「即席漬け」ね。

パリ:まぁ、それを聞いた僕も「いいな」と思ってまねしましたけど。

ラズ:モギさん発のアイデアとしては他にね、「山かけは人数分」というのがある。ひとりひとつ注文するという。なぜなら、山かけはみんなでつつきたくないから。

ナオ:ああ、そうですね、あれは確かに。

ラズ:みんなが「確かにそうだ!」と言って、実際に「三平酒寮」に行く時は、ひとりひとつ取るようになった。お通しのように山かけが6個とか7個とか運ばれてくる。

ナオ:そのまま『酒ほそ』の話みたいですね。

ラズ:そうなんですよ。「そのネタいただき!」ってね。びっくりするのが「三平酒寮」の店員さんは、ぜんぜん動じないんです。「全員分、山かけひとつずつ」とか言っても、「はいはい」みたいな。

パリ・ナオ:(笑)。

ラズ:普通に対応してくれるのが、またすごいなと思って。

パリ:確かに、そこらのチェーン店の若い店員さんだったら、2、3回は確認しそうですよね。「お、同じもの七つでよろしいんでしょうか……?」って。

ラズ:そのへん「三平酒寮」って、わりと年配の店員さんも多いし、ちょっと叩き上がってる人が多いみたいな感じがね。

ナオ:っていうかもう「あそこのテーブルはちょっと面倒な注文する人たち」って認識されてるんじゃないでしょうか。

ラズ:確かにそれはあるだろうな(笑)。大体、「駅弁大会」(京王百貨店新宿店で行われる「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」)のチラシを出して、それを見ながら飲んでいる集団(年始恒例の行事で「チラシ飲み」と呼ばれている)だもん。

パリ:そういえば、さっきの天丼のフタの話をしてた日も、先輩方がもう、ガンガンに飲むんですよね。みんな10分に1回ぐらいのペースで、延々とホッピーのナカをおかわりしてる。そのうち店員さんとの連携が取れるようになって、おかわりの時、店員さんのほうを見もせずに、空のグラスを頭の上でカラカラ振りながら、「ナカでーす!」って言うとすぐに持ってきてくれるシステムが確立されていた。

ナオ:はは。すごい!

パリ:僕だけ、「ナカでーす!ってなんなんだよ」と思いながら。

ナオ:それは店員さんが厨房に向かって言うセリフだろっていう。

ラズ:(笑)。それもやりはじめたのは、モギさんだね。

ナオ:愉快な仲間たちですね。駅弁大会のチラシ飲みの話が出ましたけど、それに関する一大イベントが、ラズ先生たちがずっとやられている「ロマ弁」ですよね。

ラズ:これもモギさんが発案者で、僕は途中からの参加組なんですけどね。毎年年始に新宿の京王デパートでやっている駅弁大会が、そもそもみんな好きだった。それで、「せっかくだから列車で駅弁を食べたいよね」という話になったらしくて。

ナオ:その気持ちはわかります。

ラズ:絶妙なのが、京王デパートのある新宿から箱根まで、小田急が「ロマンスカー」という特急列車を走らせているんですね。そこで、駅弁大会で駅弁をひとり2個なり買って、ロマンスカーに乗って食べながら箱根まで行って、また食べながら帰ってくるというのが「ロマ弁」なんです。もちろん温泉宿に宿泊なんかせず、行き帰りの宴会がメインという。

パリ:さすが。これまたリアル『酒ほそ』の世界だ。

ラズ:また、新宿から箱根っていうのがちょうどいい距離なんですよ。それでもう10年以上続いているけど、あのアイデアも大したものだな〜と。最初にモギさんから「こういうイベントをやっているんだ」と聞いた時、膝を叩いて、すごい! と思いましたよ。

ナオ:パリッコさんも行ったことがあるんですよね?

パリ:箱根の本家には行ったことがないんですけど。番外編で、江の島や川越まで行くやつとかに参加させていただいたことがあります。どこへ何線で行っても、名称は「ロマ弁」なんですよね。

ラズ:去年は状況的にできなかったんだけど、今年の頭、モギさんとあと2、3人ぐらいという少人数で決行したんです。椅子を向かい合わせられないとか、いろいろな制約はあったけど、久々にやってみるとやっぱり楽しくてね。来年は久々に、それなりの人数で集まってできたらいいなぁとは思うんだけど……。

ナオ:ラズ先生やモギさんたちは、夏になると甲子園に行って、高校野球を観戦しながら飲んでいましたよね。あれもここ数年はできなくなってしまいましたけど。

ラズ:そう、甲子園飲みもむちゃくちゃ楽しい! 「かちわり氷(甲子園で販売されている砕いた氷)」に焼酎をたらすアイデアは、我ながら最大のヒットというかね。

ナオ:高校球児たちとは別に、そんなところでヒットを。

ラズ:最初は甲子園の炎天下で生ビールを飲むのが最高なんじゃないかと思って行ったんです。実際、ビールも美味しかったんですけど、実は「かちわり氷に焼酎をたらすのがさらに最高!」みたいな。

ナオ:ラズ先生のそういう、絶えず楽しく飲もうとしている姿勢、本当に尊敬します。

ラズ:やっぱり酒に関しては貪欲というか、ついついあれこれ考えちゃうんですよね。

パリ:そういうヒット、まだまだありそうですよね、いろんな可能性が。

ラズ:ええ。まだまだ新しい飲み方の可能性はいっぱいありますよ。ふたりの場合はそもそも、ネタとしていろいろ原稿を書かなくちゃいけないというのがあるでしょう。常に新しい視点が求められるから。

パリ:確かに、特にインターネットだと、ちょっと目を引くものを求められますね。そういうのが苦手なふたりでもあるんですが。

ラズ:いやいや、いつも楽しませてもらってますよ。だから、まずはふたりが自分のネタとして書いたものでおもしろいものがあったら、パクらせてもらおうかな、と(笑)。

ナオ:はは! いや、そんなことがあったら光栄です。

パリ:ね。また『酒ほそ』と関われる! って(笑)。


(次回の更新は9月15日を予定しています)

ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。

パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。

スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある

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