第7回 ラズウェル細木の酔いどれ自伝
    ──夕暮れて酒とマンガと人生と

カルチャー|2021.11.10
ラズウェル細木×パリッコ×スズキナオ

『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。 そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。 第7回は、大学の授業での失敗談や、漫研の同人誌での活動など。

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大学での忘れられない授業(失敗談)

スズキナオ(以下、ナオ):ちなみに、ラズ先生は大学時代はちゃんと勉強もしてたんでしょうか?

パリッコ(以下、パリ):そうそう! それ聞きたかったんですよ。勉強してたんですか?

ラズウェル細木(以下、ラズ):ちゃんと4年で卒業できるぐらい、最低限の単位はとっていました。

パリ:授業も出てたってことですか。

ラズ:出てましたよ。ああ、ただね、ものすごいエピソードがありまして、ある日、授業の合間に漫研の部室に行ったんですよ。そしたら真っ昼間なのに酒盛りをしてる。真ん中のテーブルに大五郎みたいなボトルを置いてみんなで飲んでる。僕は次の授業まで1時間だけ空いてたから行ったんだけど、みんな飲んでるから、ちょっとだけ飲もうかなと思って飲んじゃったんですよね。

パリ:授業の空き時間に酒を飲む学生(笑)。

ラズ:そうこうしているうちに授業の時間になって行ったんです。大きな教室でやってる俳句の授業で、後ろのほうで聞いてたんですけど、途中からムカムカと気分が悪くなってきて。最初はこらえてたんですけど、どうしようもなくなって、ゲロゲロゲローッ。授業の真っ最中にゲロしちゃったんですよ(笑)。

パリ:うわぁ、これはなかなかきつい体験。

ラズ:あとちょっとで授業も終わりだったんで、とにかく恥ずかしくて突っ伏してたんですけど、授業が終わったら、周りの人たちがみんな同情してくれるんですよ。「具合悪いの? 大丈夫?」とか言って。直前に漫研で酒を飲んでいたとはもちろん言えなくて、「大丈夫です、すみません! すみません!」なんつって。そういうことが、ありました!

ナオ:ははは。「ありました!」って。時を超えた懺悔だ。

パリ:1時間の空き時間でそこまで酔ったんですね(笑)。

ラズ:最初はね、「ちょっと一杯だけ」って始めてるけど、もうゲロするぐらい飲んじゃってるっていう(笑)。

ナオ:よりによって俳句の授業でね。

「ラズウェル細木」の誕生

ナオ:話が戻ってしまうのですが、学生時代の同人誌にはどんな漫画を描かれていたんですか?

ラズ:同人誌はとってあるので、今度お見せしますよ。まぁ、いわゆるストーリー漫画ですね。ページ数もけっこう多いし、いっぱい描き込みのある、だけど劇画というわけではなくて、石ノ森章太郎先生の『マンガ家入門』から受け継いだ、正統派のスタイルというか。

パリ:ちなみにその同人誌って、販売もしていたんですか?

ラズ:売ってました。学園祭で売ったり、高田馬場の芳林堂とかにも置いてもらったりして。1冊1000円くらいだったかな?

パリ:載っている漫画はやっぱりどれもレベルが高いんですか?

ラズ:ピンキリですね(笑)。

ナオ:すでに有名だった方も描かれていたりとか?

ラズ:僕のひとつ下の、やくみつるとかも学生のころからやってましたね。

パリ:へー!

ナオ:やくみつるさんとも一緒に飲んだりしていたんですか?

ラズ:してましたよ。彼は昔っから野球と相撲がとにかく好きで、体育を選択授業で必ずとらなくちゃいけないんだけど、彼は相撲をとってた。実技で選ぶくらい好きなんだ! って(笑)。

ナオ:体育の選択肢に相撲があるのもすごい(笑)。

ラズ:だからもう、相撲と野球に関しては超マニアック。早稲田通りの古本屋歩いて相撲の雑誌の古いヤツとか揃えてましたからね。

パリ:他にも在学期間がかぶって仲の良かった漫画家さんはいますか?

ラズ:かぶっているところだとそんなにですが、ふたつ下にね、少女漫画家で星崎真紀さんっていうのがいるんですけど、彼女も学生時代からデビューしてましたね。早い人は学生時代にデビューするんですよ。僕はアシスタントをしながら、「漫画家にはなりたくない」って思ってたんだけど(笑)。

ナオ:でも漫研の雰囲気は本当に楽しそうでうらやましいです。しかも錚々たる漫画家を輩出していますもんね。

ラズ:弘兼憲史さんとか、OBで活躍してる人もいましたから、園山俊二さん、東海林さだおさん、福地泡介さんあたりが古いOBで有名でしたけども。僕のあとでも、さそうあきら、けらえいことか、そういう人たちがいるので、ちゃんと漫画家は出てますね。

ナオ:決して遊んでいるだけではないという(笑)。

ラズ:漫研でも我々のちょっと上の世代の人たちは過激な学生運動をしていたらしいですけどね。「学生たるもの、学生運動しないことには」みたいな風潮だったらしいです。僕が入った時は漫研にはもうそんなムードはなかったけど、ただ、学内には学生運動をしている人がまだいましたね。過激なタテカンとか立ってましたから。

パリ:まだそういう空気が残っている時代だったんですね。

ラズ:ただ、漫研に入るような人たちはそういうのに関心がないっていいますかね、僕の同学年だともう、男性でも少女漫画が好きとか、わりと新しい時代の人たちがいましたからね。そういう意味では新しいムードと古いムードが両方味わえた。酒場にしても古いタイプの居酒屋とチェーン店と、その端境期みたいな感じだったし、どっちも知ってるみたいな感じになるのかな。ただ、酒場に関しては昔のほうに引きずられる感じは多いですけど。

パリ:僕もナオさんも昔のほうに引きずられるタイプじゃないですか。古い酒場がどんどんなくなっていくから。

ラズ:今はやっぱり否応なく変化せざるを得ない時なのでね。それこそいい店がいっぱい閉じてるでしょう。辛いですよね。

パリ:東京オリンピックに向けた都市再開発とコロナ禍の影響もあって、その傾向が加速してて、本当に。

ラズ:ねぇ……。あっ、ちなみに漫研の同人誌で、僕が大学4年の時に、ギャグ仕立ての「ラズウェル細木シリーズ」というのを始めたんですよ。

ナオ:おぉ、ついに「ラズウェル」の名前が!

ラズ:「ラズウェル細木」というのはね、もともとその時に描いた、短いギャグ漫画の主人公の名前だったの。その後に描くことになったジャズ漫画のキャラクターもそいつなんですけど、つまり、そのギャグ漫画が、その後の自分のスタイルの出発点になったという感じなんですよね。

(次回掲載は、11月25日です)

ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。


パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。


スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある

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