第12回 ラズウェル細木の酔いどれ自伝
    ──夕暮れて酒とマンガと人生と

カルチャー|2022.2.10
ラズウェル細木×パリッコ×スズキナオ

『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。 そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。
第12回は、隠れた名著『パパのココロ』をもとに、ラズ先生流の子育て術を指南する「子育て編」が続きます。

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子育ての記録は残しておくべき?

ナオ:自分も子育ての経験があるので、『パパのココロ』を読んでいると、いろいろ思うことがあるんですよ。パリッコさんは今まさに育児中じゃないですか。『パパのココロ』はどんなふうに読みましたか?

パリ:実はこのあいだ、今度新しく始まる、ある連載の担当編集者さんに「育児ものはどうですか?」って提案されたんです。ずっと「育児ものは絶対にやらない。自分はそういう柄じゃない」って思ってたんだけど、あらためて『パパのココロ』を読むと、こういう形で記録に残るっていうのも、いいものなのかなと思って。

ラズ:しかもほら、パリちゃんはちょうどフリーライターになったから、子どもに思いっきり関われるでしょう。

パリ:そうですね。妻は外に出る仕事をしているから、最近は基本的に、僕がごはんを作って、保育園に送って、お迎えに行ってという生活で。ラズ先生は当時、今よりも男性が育児をすることが珍しい時代に、ご自身で育児漫画を描くことに対する葛藤はなかったですか?

ラズ:なんでもやってみようという時期でしたからねぇ。実際、育児漫画を描くことで、生活の細かい部分に気がつくことも多かったし、修業みたいな感覚もあった。ここをがんばって乗り越えれば、人間的にひと回り成長できる気がしたというか。そもそも僕は、結婚しても子どもはいなくてもいいなと思ってたんですよ。だけど、生まれちゃったから、「それじゃあ育てよう」っていう感じでスタートした。でも、子どもを育てる喜びっていうのはありますよね。大変だけどおもしろいし、いろいろ勉強になるし。そういう意味でも、それを書き留めておくのはいいんじゃないかなって思いますよ。

パリッコ:ですねぇ……。

ラズ:このあいだ、パリちゃんが出した本『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)のなかに、「離乳食を煮込んでカレーにする」っていう話があったでしょ。ああいう、子どもがいればこその企画って、他にもいっぱいできると思うんです。食べものや酒方面からの育児というアプローチはおもしろいんじゃないかな。

パリ:ラズ先生は、まさにそれを『大江戸子守り酒』でやられてますよね。

ラズ:我々は酒飲みだから、漠然と育児をテーマにするっていうより、そういう視点のほうがおもしろいしね。それこそパリちゃんの本領が発揮できるんじゃないかな。

ナオ:すごいものが生まれそうな予感がします。

ラズ:娘さんのキャラクターとか嗜好を聞くと、食べものにも関心がある感じでしょ?

パリ:『パパのココロ』にも似た話がありますけど、関心があるのは甘いおやつばっかりですよ。納豆ごはんなんてぜんぜん食べてくれない!

ラズ:それも刻一刻と変化していくと思います。その過程もまたおもしろいんじゃないかな。どうやっていろんなものを食べられるようになっていくのか。今日はこれを食べたのか! みたいな。

パリ:ところで、これもお聞きしたかったのが、『パパのココロ』に出てくるラズ先生は、僕らの知ってる、常に余裕のあるラズ先生とはキャラクターがまったく違うんですよね。

ラズ:あの年代の子どもを育ててるときって、辛いことも多いし、やっぱり必死でしたから。終わっちゃうとどれも懐かしい思い出だけど。

パリ:そういう時代を乗り越え、自分がひと回り成長したというような感覚はありましたか?

ラズ:ありましたねぇ。トイレトレーニングひとつとっても、「本当にこいつ、トイレでできるようになるのか……?」なんて思いながら、長い道のりを乗り越えていくので。

パリ:トイレトレーニング! まさに今、「娘は一生できないんじゃないか……」と思ってます(笑)。

ラズ:あと、公園に連れてって遊ばせるのが意外としんどいんですよ。

ナオ:それ、わかります。お母さんたちが輪になって集まっているところに、父親って入っていきづらいというか。昔よりは好奇な目で見られないのかもしれないですけど。

ラズ:公園のママさんとかも、いろんな派閥とかがあって大変みたいですからね。まぁ、それも終わってしまえば笑い話になったりするんだけど。

ナオ:『パパのココロ』の「かたづけない大作戦」の回がまたすごいんですよね。イカポさんが「かたづけなきゃいーんだ」「別にちらかってたって死ぬわけじゃないじゃん」って言いだして。

パリ:この回、特にイカポさんがヤバい(笑)。

ナオ:そうそう。ヤバい(笑)。それで片づけないことにしたんだけど、最終的にはイカポさんが散らかった状態に耐えられなくなって……。最後はラズ先生と本気でケンカしてますからね。

ラズウェル細木『パパのココロ』(2巻)、「かたづけない大作戦」
右から84~86頁。「かたづけなきゃいーいんだ」という大発明だったはずが、最後は大ゲンカに…。

パリ:脚色だと信じたいんですが、ラズ先生が辞書みたいな分厚い本でイカポさんをボコボコ殴ってて。

ラズ:ハハハハハハハ。取っ組み合いのケンカ、してましたよ。

ナオ:まさかラズ先生が、昔とはいえそんなことをしていたなんて、想像できない。

ラズ:というか、僕から仕掛けることはないんですよ、でも、向こうからしかけてくるから(笑)。

ナオ:身を守るために!

ラズ:そうそうそう。

ナオ:子どもの好きな小さいおもちゃ「こまかモノ」のことが、ラズ先生は嫌でしかたなくて「なんでこんなもの取っておくんだ!」って言ってるところとか、すごくわかるなって。最初はハイセンスなものに囲まれた育児環境を思い描いてるんだけど、現実は全然違うっていうくだりとか。

ラズ:あれももう、修業でしたね。

パリ:うちも今、細かいおもちゃが増えまくっていて、どうすんだこれもう、みたいな感じで……。“ガシャポン”を買うのはまだいいんだけど、カプセルまで取っておきたがるんですよ。あれだけは捨てたいなって思ってるんですけど。

ナオ:なんなら、あのカプセルと一緒に寝たりしますからね……意味わかんない。

全員:(爆笑)。

育児とは修業である

パリ:でも、ナオさんのところは一段落した感じがあるんじゃないですか?

ナオ:うちは子どもがふたりいるんですが、上が小学6年生で、下が小学4年生。もうだいぶ落ち着いてきました。

ラズ:そのくらいになればね。でも、小さいときとは違う問題も出てきますからね。

ナオ:そうですね。人間性の部分でぶつかり合ったり。ひとつひとつの課題がより深刻になっていったり。

ラズ:その年齢に応じた問題があるんですよね。まだ小さい間は、どちらかというと生理的に嫌なことが多いから。

ナオ:「べたべたするものが嫌!」っていう回もありますね。僕がおもしろかったのは、「ドナルドダックとかキティちゃんとか、世界観の違うキャラが一緒にいるのが許せない」って話です。まったく異なる世界のキャラが同じ空間にいるのが嫌だとか。

パリ:ああ~! 僕が買って自分の部屋に飾ってたビールケースのミニチュアがあるんですけど、それをめざとく娘に発見されて奪われ、今、シルバニアファミリーの家に置いてあるんですよ。あの妙にリアルな生活感が嫌で嫌で……。

ナオ:はは(笑)。キャラクターの世界観をぶっ壊す子どもの勢い、おもしろいですよね。『パパのココロ』を読んでると、子どもが幼稚園ぐらいのころの感じをすごくリアルに思い出します。大変だったなぁって。

ラズ:たまに懐かしい気持ちにもなるけど、もう一度あれをやれと言われても、できないですよ。

ラズウェル細木『パパのココロ』(2巻)、「つらーい『お遊びタイム』」より
何がイヤって ドナルドとキティとまねき猫とセーラーみどりと王子様とドラえもんが……。

ナオ:あと、3巻の最後に収録されている作家の鈴木光司さんとの対談も面白くて、鈴木さんも男手ひとつで育児されているそうなんですけど、「子育ては何度やってもいいもんです」っていうスタンス。一方、ラズ先生は「いやー……、ちょっとねー(笑)」って、スタンスの違いがはっきりしている。

ラズ:でも、他の人の話を聞いてみると、やっぱりうちはまだ楽なほうだった。これが男の子の兄弟とかになると、もう本当にパニックになるみたいで。だから、これで辛い辛いって言ってるのは、ちょっと申し訳ないなって。

ナオ:そういうときに、別の誰かを手本にするみたいなことはなかったですか?

ラズ:それはなかったですね。育児漫画を読んでいると、みなさん、大変な思いをしているので、やっぱりみんなそうなんだなーって納得はするんだけど。だからたぶん、「こうするといいよ」なんていうアドバイスはないんですよね。「おたがい辛いよね」と言ってもらって、慰め合うぐらいがちょうどいいというか。自分だけじゃないんだと感じられることが重要で。

ナオ:そういう意味では『パパのココロ』はたくさんの人の救いになっていたと思います。

パリ:本当にそうなんですよ! インスタグラムとかで同年代の子どもがいる家の写真なんかをみると、すごいお洒落だったりするけど、それはうまく切り取ってるだけで、本当はみんな『パパのココロ』のほうなんだろうと。自分がそうだからってだけなんですが(笑)。

ナオ:東京都の子育てパンフレットには、今もラズ先生の漫画が使われているんでしたっけ?

パリ:「父親ハンドブック」っていう冊子に、『パパのココロ』に収められている「ああ 激動の3カ月」っていう回が掲載されているんですよね。ラズ先生が布おむつについて書いた、「あー じっとりしっこを吸った あったかいぬれた布の気持ちわるいこと」っていうセリフが、子どもが生まれた都民みんなに読まれている(笑)。4年前、知らずにその冊子を読み始めたらラズ先生のマンガが載っていて、魂を受け継いだような気になりましたよ。世の『酒ほそ』ファンの新米お父さんで、「あのラズウェル先生か!」と驚く人は多いと思いますよ。

ナオ:育児を取り巻く常識がすごい勢いで変わっていくのに、ずっとあの漫画が使われているというのは、やっぱり普遍的なものがあるんでしょうね。今回あらためて読み直して、ラズ先生の物事の考えかたの本質が描かれているような気がして。決めつけない感じとか、いろんな角度から眺めてみると意外とおもしろいぞ、という姿勢とか。

ラズ:まぁ、いろいろなとらえかたをしないと、とてもやってられないという。

パリ:でも、それでパンクしちゃう人もいるわけだから……。

ラズ:そうですね。虐待してしまったりとか、一緒に心中しちゃったりとか、そういう事件だってなくはない。だから、基本的には辛くてしんどいんだけど、そう思わないようにしたいって必死だったんでしょうね。

パリ:もしかしたら、漫画に描くっていうことが、良いクッションになっていたのかもしれないですね。

ラズ:そうですね。ある程度、客観視しないと漫画には描けないから。

ナオ:逆境も題材になると思えば、耐えられるのかも。

ラズ:全部、修業ですね……。

ナオ:「育児は修業」と。

ラズウェル家オリジナル用語「イーコンコン」とは!?

パリ:あとこれ、読むたびに笑っちゃうんですけど、カボチちゃん(『パパのココロ』のなかの娘さんの呼び名)がお気に入りの古い毛布のことを、家族全員で「イーコンコン」って呼んでるじゃないですか。なんなんだ、それはって。

ラズ:最初、娘がタオルケットを噛んでいる様子を夫婦ふたりで、「また“んこんこ”嚙んでるな」って言ってたら、本人が布そのものをなぜかイーコンコンって呼びだした(笑)。自分たちだけで勝手に呼んでる名前も、いろいろあったりしましたね。

ナオ:そういう回もありましたね。そういう言葉が成長とともに消えていってしまうのがイヤだっていう。「『ごちご』が消えようとしている」っていうコラムもすごくいいんです。

ラズ:いちごが「ごちご」なのはまだわかるとして、なぜか時計が「ちあん」、ふりかけが「ちもん」、さくらんぼが「あーぱんぱん」なんですよ(笑)。

ナオ:意味わからなくてかわいすぎる!

パリ:「パパ」「ママ」の呼び名が、「パチくん」「イカポ」に変わっていくのもおもしろいですよね。だから、子どもの言い間違いだけは僕もメモってますよ。

ラズ:それは本当にメモっておいたほうがいい。

パリ:大人には思いつかないですよね。

ナオ:そのときの子どもの頭のなかにしかない言葉の世界。

パリ:そしてラズウェル先生の家で生まれた言葉、イーコンコンが、僕のなかに一生残っていく言葉なんだろうなと思うと、不思議な感覚……。

ナオ:私たち、もうタオルをイーコンコンって呼びましょうか。銭湯で「イーコンコン持ってきた?」みたいな。

パリ:わはは! そもそも自分も家のタオルケットがイーコンコン化してるんですよ。もうほつれまくっちゃって、買い換えたほうがいいんじゃないかっていうのをずっと使ってて。

ラズ:そういう「これだけは新しくしたくない」みたいな現象って、みんなあるでしょ。捨てられないTシャツとか。

ナオ:めちゃくちゃありますね。だから私はカボチ派なんですよ。捨てられないし、部屋に物が積み上がってるし。

ラズ:実は僕も今の部屋、育児していたころと似たような状態で。おもちゃ的なものから、酒関係のものから、ごっちゃに置いてある。『パパのココロ』に描いてある「いろんな種類のものが同時に置いてあって気持ち悪い」って、今まさに自分の部屋じゃないかっていう。

パリ:けっきょく自分がそういう傾向だった(笑)。


(次回更新は2月25日を予定しています)

ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。

パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。

スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある

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