第9回 ラズウェル細木の酔いどれ自伝
    ──夕暮れて酒とマンガと人生と

カルチャー|2021.12.10
文=ラズウェル細木×パリッコ×スズキナオ

『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。 そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。 第9回は、漫画家「ラズウェル細木」の誕生秘話! デビューのきっかけは、友人からのある一言だった…。

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イラストレーターから漫画家へ

スズキナオ(以下、ナオ):イラストレーター時代から、ラズ先生がどうやって漫画家になっていったのかも気になります。

ラズウェル細木(以下、ラズ):それはね、漫研の同期で、麻雀で有名な竹書房の編集者になった“宇佐美”という人間がいまして、彼はその後、竹書房でデカい顔して有名な編集者になったんですけど(笑)、そのころはまだ入社間もないペーペーでね。あるとき宇佐美が「新人賞の応募が少ないから、お前、麻雀漫画を1本書いて出せ」って言うんですよ。

ナオ:そんなこともあるんですね(笑)。

ラズ:まぁそう言うならと、十数ページの漫画を描いた。主人公である「ラズウェル細木」が麻雀をするっていう設定のギャグ漫画みたいな。

パリッコ(以下、パリ):ちなみに麻雀はお好きなんですか?

ラズ:学生時代はそこそこやってたんだけど、そんなに大好きかっていうとそうでもない。でも1本描いて渡したら、縁故抜きにして佳作に選ばれたんです。片山まさゆきさんなんかが審査員でね。それが入選作品として掲載されて、いわゆる一般商業誌デビュー作になったんです。

ナオ:おー! ちなみにそれは、漫研時代の同人誌向けの作品以来に描いたものだったわけですか?

ラズ:そうですね。

ナオ:ということはかなりブランクがあったんでしょうか。おいくつぐらいのことだったんですか。

ラズ:多分、30歳前後だったと思うだけど。

ナオ:当然、まだイラストレーターをやりながらということですよね。

ラズ:そうです。応募して入選して掲載されたっていうだけで、自分が漫画家だなんて意識もまったくないですし。

パリ:本当に漫画家に“なっちゃった”感じなんですね。

ナオ:友達が勝手にオーディションに応募して、アイドルになったみたいな(笑)。

ラズ:ちなみに、大賞の賞金が50万円で、佳作が10万円だったんたんですよ。きちんと表彰式みたいなのがあって。でもその10万円、その日のうちに宇佐美にぜんぶ飲まれた(笑)。

パリ・ナオ:わはは!

ラズ:どこで飲んだのか覚えてないんですけど、まぁ何人かでちょっといい店に何軒も行くと、10万円とかいきますわね。宇佐美とはいまだにたまに一緒に飲むけど、ほんとに酒好き。酒好きオヤジ(笑)。

ナオ:そこからはどんどん漫画家の道へ?

ラズ:え~っとね、「せっかく入選したんだし、定期的に載せるから麻雀漫画を描かないか?」って言われたので、続けて描いてたんですよ。でも、そもそも麻雀が好きでしょうがないってわけじゃないから、漫画にも熱が入らないのか、人気が出ないんですよね。

ナオ:どれぐらいのペースで描かれていたんですか?

ラズ:厳密には連載じゃないんだけど、毎月載せてやるよみたいな感じでね、短いのを。だけど宇佐美に聞くと、まったく人気がないらしい。別に麻雀好きじゃないから、それでどうのこうのっていう野心はないんだけど、せっかく描いたものが人気がないって言われるとちょっと悔しくてね(笑)。

パリ:描きたくて描き始めたわけじゃないのに、だんだんそっちの道へ。

ラズ:それでいろいろ試行錯誤して描いてみるんだけど、考えて描けば描くほど、うまくいかなくなるみたいな。でも、そうやって描いているうちに別の出版社からも「うちにも描きませんか」って声がかかりだしたんですよね。そのなかに今『酒ほそ』を連載している『週刊漫画ゴラク』があったり。まぁそれでも、そんなに爆発的に売れたりはしなかったですけどね。少しずつ、漫画の仕事が増えていった。

パリ:そう考えると、『ゴラク』との付き合いは相当長いんですね。

ラズ:そうですねぇ。それでいろんなパターンの漫画を描いてるうちに、食べもの系の……たしか弁当についての話だったかな? そういう漫画を描いたら、当時の担当だった川口さんという編集者が「お酒をテーマにするのはどうですかね?」って。自分でもなんとなく「酒だったらいちばんネタが尽きないかな」と思って、「じゃあ、最後に主人公が俳句を詠むのはどうですかね」とか、パタパタ~ッと『酒ほそ』のフォーマットが決まっていった。

ナオ:おお、一気にあのスタイルができあがったんですね!

ラズ:それで第1話を描いて載せたらね、当時の編集長、東(ひがし)さんっていう人がすごく気に入ってくれて、連載で長く続けようみたいな話になったんですよ。読者の反響もそこそこあったらしくて。

ナオ:ついに連載に! ちなみに『酒ほそ』にいたるまでの間には、どんな種類の漫画を描かれていたんですか?

ラズ:たとえば、ごく普通の4コマ漫画とかね。でも4コマって自分に向いてないんですよね。描いてると辛くて辛くて……。4コマをうまく描ける人ってすごいなって、いまだに思ってるんですけど。まぁ、そんな試行錯誤みたいなことはいっぱいやってました。

パリ:お酒をテーマにした作品もそうですけど、ジャズ漫画も初期の主軸のひとつですよね。

ラズ:ジャズものは麻雀のあとなんですけど、当時高田馬場に『ジャズ批評』っていう雑誌の編集部があって、そこの編集長が「ジャズの漫画を描いてくれる人はいないかな」みたいなこと言ってるっていう話を伝え聞いて。僕は当時、高田馬場、新宿、神保町あたりの中古レコードめぐりが趣味だったんですよ。廃盤セールとかがあると、クセの強いオタクっぽい人たちが大勢群がって、そういうのを描くとおもしろいんじゃないかなと思ってね。

ナオ:なるほど、ジャズマニアの世界を垣間見ることができる漫画。

ラズ:これが業界を中心に、意外と評判を得ましてね。あるとき気がつくと、イラストと漫画の仕事が半々ぐらいになってたんです。そのころはもう結婚してたんですけど、あるとき妻が言うんですよ。それまでは名刺に「イラストレーター / 漫画家」って、肩書きをふたつ併記してたんですけど、「このイラストレーターというのをもう、とれ! ついでにイラストの仕事は、みんな断っちゃいなさい!」って。

パリ:すごい先見の明!

ナオ:思い切った判断!

ラズ:あとから聞くと、「イラストは大した才能ないし、漫画でやったほうがいい」っていうことだったらしいんですよね(笑)。だけどそのころはイラストの収入が半分あったし、大丈夫かな? と思いつつ、言われるがままにイラストの仕事を断って……。

ナオ:それはもう、言われるがままですね(笑)。

パリ:美容学校に入ったときもそうでしたが、けっこう常に言われるがままというか……。

ラズ:そうそうそう(笑)。ただ不思議なことに、イラストの仕事を断ると、そのぶん漫画の仕事が増えてきたりするんですよ。で、気がつけば漫画家になっていたっていう感じ。だから、あのイラストレーターの肩書きをとった瞬間に、漫画家としてのラズウェル細木が誕生したのかなと。

ナオ:奥さんのおかげもあって、無理やり誕生させられたというか(笑)。

(次回更新は12月25日です)

ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。

パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。

スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある

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