錬金術師列伝

カルチャー|2022.9.2
澤井繁男

第3回 パラケルススを中心として(1)

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 パラケルススの錬金術や医学の思想にいきなり入ってゆくと、鬱蒼とした原始林に足を踏み出すがごとしで、迷いに迷って抜け出せなくなる。そうした錯綜した思念をもつ人物を相手にするときには、その著書に目を通して、本文中に核を見出せばよい。彼の関連著作品は、管見によれば、書物が5冊、大著のなかの1部が抄訳されている。ともに難解である。
翻訳の労を取られた方々には礼を失するが、もう少しわかりやすい日本語に訳してほしかった。

パラケルスス

 いまそのなかから『奇蹟の医の糧』を検分してみよう。この著作は医学(医術)の転換期を生き、精力的に患者の治療に当たったこの人物の内面から湧き出た金言に充ちた書と言える。

 
第一章:医師は3つのもの(哲学者・天文学者・錬金術師)として熟練していなくてはならない。
第二章:自然とは病人に医薬を与えるものである。医師は自然から成長しなくてはならない。ライプニッヒやウィーン大学からでなく、自然からなのだ。
第三章:自然は等級づけられるのを忌み嫌う。自然の正しい秩序が望むのは、構造原理が構造原理に対比され、身体部分が身体部分に対比されることである。
第四章:健康にせよ、不健康にせよ、天の運行がその事態をみつけ出して導くように定められている。
第五章:人間に役立つために自然から成長してくるものを、その本性によって秩序づけるところまで、もたらす者こそ錬金術師である。
第六章:錬金術によって「アルカナ arcana」の調整と製造が行なわれる。アルカナとは、効能と効力があり、揮発性で物体的ではなく、カオスであり、明るく透明で、星に導かれる。

 各章を吟味すると、医師にして錬金術師でもあった、パラケルススの思想がよくわかる。
 第一章は、医師が理念性を重んずる哲学者であり、また星辰の運行にも詳しくて、かつ錬金術師―ここでは何らかの方法で治療を行なう人物―であるべきだと読める。
 第二章は、文化の発祥地は大学ではなく「自然(在野)」からだと明言していて、これは彼の人生行路とも重なってくるが、ルネサンス文化の特徴のひとつでもある。
 第三章では、自然の望む秩序とは、その構造でも、身体でも「対比」にあり、そして自然には「秩序」があると述べている。
 第四章では、人間の健康・不健康は天の運行に左右され、天上界(マクロコスモス)と地上界(ミクロコスモス)の照応・感応の感化を受けると述べている。
 第五章は、この一文こそ、錬金術師の定義であって、味わい深い。
 第六章は、「アルカナ」について説明である。それは効能と効力(隠された力=オカルトな力)があって、おそらく物体の形状ではないらしいので、液状に違いない。アルカナの複数形「アルカナヌム arcanum」はパラケルススの錬金術でのみ製造されるもので、つまりパラケルススの錬金術はアルカナを製造することにあって、彼の医学の中心的役割を担っている。複数形のアルカナヌムは神秘とか秘術とかを顕現して、宗教的用語に近い。パラケルススにとっての「錬金薬(エリキシル)」か? パラケルススは医師でありながら錬金術師でもあるので、両者の要素を兼ね備えた、というよりも、錬金術を医学の進化に利用した人物でも、またその逆であるとも思える。ともあれ、患者の治療を第一義とした彼がこうした両義的存在であったことは理にかなっている、と愚考する。

 「カオス」とは天地の中間領域で、天体の性質を、大地の被造物の裡に刻印する際に、その性質を伝える媒介的な役割を果たしている。生物が呼吸によって生きるように、生命の源としての大気を形成しているのが空気、即ち、カオスである。

 まとめるのに苦労するが、上記の6つの章の内実からある方向性がみえてくる。
 「自然」―「秩序」―「天体の運行」―「錬金術師」―「アルカナ」―「カオス」である。これは錬金術師の思考の枠内の表現と言えよう。

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 それではパラケルススの案出した、彼にとっての錬金術を解説してゆこう。時代の転換期であることから、新規な要素が加味される。それは、「哲学の硫黄」、「哲学の水銀」、それに「塩」である。即ち、「三元質」の理論を彼は考えている。もちろんこの場合の「三」は、「三位一体」の三である。アニミズム(多神教)の錬金術は、一神教のキリスト教から弾圧されてきたが、術師自身はほぼキリスト教者である。矛盾が生じるが、身の裡で、ルネサンス文化を特徴づける折衷や調和・融和を行なってきたはずだ(ルネサンスは「寛容の時代」と言われてきたが、当時の文献を読むと、ペトラルカはじめ、みな異教とキリスト教との「折衷」であることがわかるだろう。例えば、「キリスト教人文主義」)。

 この塩とはいったい何か。硫黄と水銀との差異は何か。どこが重なっているのか。
 理解しやすい部分からみてゆこう。

 硫黄は男性で可燃性、水銀は女性で可溶性、ならば塩は中性で不可燃性となろう。この塩は現存する塩ではもちろんなく、「哲学の塩」かもしれないが、パラケルススは、「灰のなかに見出される」としている。物質が燃えた後に残る「灰のなかに」、という意味か?

 医師の立場からすると、ここではじめて述べる象徴事例だが、硫黄は「霊魂」、水銀は「精神」、塩は「身体」と彼はみなしている。「霊魂」+「精神」+「身体」=「肉体」、という新たな概念が表出する。いずれも大切だが、「霊魂」は真に掌握できず、あとの3つは、「霊魂」ほど難解ではない。そして医療で肝要なのは、その対象が「肉体」にあることである。「精神」も「身体」も、「障がい」を付すことのできる言葉である。精神障がいは主に疾病、身体障がいにも疾病由来のものも多くある。病は「肉体」に宿って、その対意語は「意識」であろう。「意識の喪失」は死期に近い。

 パラケルススは錬金術師としては「塩」を、医師としては「肉体」を案出した貢献者と
位置づけられる。

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 パラケルススの「硫黄・水銀・塩」の三元質の理論は、「医化学派」を生んで、近代内科学の発展を牽引してゆくことになるのだが、ここでは医化学派の誕生までを追ってみたい。話はプラトンまでさかのぼる。今回の連載の冒頭で、近代自然科学が生まれる素因がアリストテレスでなくプラトンにある、と吐露した。その話の続きである。

 プラトンの四元素(四大)の理論では、軽い順から、「火」、「空気」、「水」、「土」だった。
この場合の火は「エネルギー(文化)」、空気は「気体」、水は「液体」、土は「個体」の象徴である。これに対して、具体性を重んじる弟子のアリストテレスは、比喩的に言えば師の説の隙間を埋めようと精励した。「エーテル(五番目の元素ゆえ「第五元素」、かついちばん肝腎要だから、第一質料〔プリマ・マテリア〕」と、4つの特質(熱・冷・乾・湿)を提示した。理論的には、四特質のうち2つが組になって、エーテルと合体して四元素を生む、というものだ。

となる。エーテルについては、先に公開した『魔術師列伝』で触れたが、ここでは重さもなく、実体を特定できない、光のようなもので、存在の証明も非証明も不可能とされる。これが、錬金術の塩と同一視されるにおよんで、医学の道に新たな光が投ぜられる。これまでの「四体液の均衡」という、古代ギリシア・ローマからパラケルススの登場まで信じられた説がくつがえる。

 著名な2人のギリシア人医師を挙げよう。ともに四体液説を提唱、支持した。
ヒポクラテス(前460?―前370?年):臨床医学
ガレノス(129―200?年):生理的医学

左:ヒポクラテス 右:ガレノス

 # 四体液説:古代ギリシアの医師ヒポクラテスや、ローマ帝国時代のギリシア人医師ガレノスが提示。病は体液のバランスの異常で起こる、という説で、四体液の均衡が保っていたら健康ということ。

  血液:静脈を流れている。
  粘液:脳や神経を取り巻いている髄空内の白色の液体。
  黄胆汁:肝臓とそれに付着する胆嚢から流れてくるさらさらした苦みのある液体。
  黒胆汁:脾臓から流れる黒い胆汁→現代医学では不分明。

 パラケルススは四体液説の否定から「医化学派」の創始者へ。彼は鉱山の地の出身者だったこともおそらく起因して、鉱物(学)と錬金術と医学とを結びつけ、鉱物を「薬」とし、はじめて薬を用いての医療を目指した。水銀などは毒だが、錬金術じたいが鉱物の術だから、親和性は見て取れる。パラケルススの発想には錬金術師のそれがあり、水銀への物質観もその重要性を明言して、「駆梅療法(梅毒の治療法の総括的呼称)」に水銀を利用しているし、病原体を医薬によって退治しようとする医学観を保持していたことが把握できよう。しかしこれだけでパラケルススを近代的医師の開拓者とみては、彼の実像を見失う恐れがある。近代(内科学)は、医薬と医学の厳格なせめぎ合いのなかで生まれたものだからである。

 さてここで遅ればせながら、「物質変換」という錬金術の基本理論を述べておこう。事例として、水(冷・湿)の属性の物質を火で熱すると、空気(熱・湿)になり、さらに熱して乾かすと、火(熱・乾)へと変化する。即ち、物質がその属性を変えると別の物質に変わる、という塩梅である。この理屈が案外通ったので、昔のひとたちはおおいに信じたようだ。アリストテレスの『気象学』に同様の記述があったので、錬金術師たちはそれを準拠に、金属変成に熱を上げたのだろう。

第3回(1)、了





参考文献

カール・グスタフ・ユング著 池田紘一 鎌田道生訳『心理学と錬金術』Ⅰ・Ⅱ巻 人文書院,1976年
澤井繁男監修『アニメ・コミックから読み解く錬金術』宝島社,2004年
澤井繁男著『ルネサンス再入門』平凡社新書,2017年
澤井繁男著『自然魔術師たちの饗宴』春秋社,2018年
パラケルスス著 大槻真一郎 澤元亙訳『奇蹟の医の糧』工作舎,2004年
知の革命史 6 村上陽一郎編『医学思想と人間』朝倉書店,1979年

澤井繁男
1954年、札幌市に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。
作家・イタリアルネサンス文学・文化研究家。東京外国語大学論文博士(学術)。
元関西大学文学部教授。著者に、『ルネサンス文化と科学』(山川出版社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『カンパネッラの企て』(新曜社)など多数。訳書にカンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会・特別賞受賞)などがある。

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