『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。
そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。
第17回も『酒のほそ道』編。今となっては描けない話や、過去の破天荒な回のことなど……。
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今となっては描けない話
スズキナオ(以下、ナオ):かすみさんの初登場シーンも振り返っておきたいです。
パリッコ(以下、パリ):初登場時から最高なんですよ、かすみさん。
ナオ:最初は、宗達からすると「空気読めないな」みたいに感じる人として出てきて。
パリ:そこからの「このコ 意外といいセンスしてるじゃないか」っていう、あのギャップね! ただし、最後はレンタルビデオを返すために、風のように帰ってしまう(笑)。
ラズウェル細木(以下、ラズ):でもね、つい最近も先に帰った回があるんですよ。かすみは相変わらずだなぁと(笑)。
パリ:本当に表情豊かで、この顔なんかものすごく好きで(第1巻16話、119ページ)。宗達がうんちくを言ってるんだけど、ちょっと詰まっちゃって、「あれ、どうしたんですか? この酒の名前読めないんですか?」っていう顔。
ラズ:意地悪な顔だな〜。そうか、こんなキャラだったんだ。
パリ:最近はもうちょっと大人っぽいですもんね。
ラズ:もう、最近はしらーっとしてますよね、古女房的。
ナオ:あと、1巻でいきなりもうタイのバンコクに飲みに……っていうか出張に行ってますね、宗達は(第1巻23話「異国の屋台」)。
ラズ:このころ、僕もよくタイに行っていたので、描きたいと思ったんでしょうね。
パリ:だんだん取材ものも増えていって。
ラズ:まだこの時代だから、海外出張もありかな、なんて感じで。ちなみにこのタイの話のあとの25話「磯の味」っていうのが……。
パリ:問題作!
ラズ:密漁の話。これね、当時イラストをうちに取りにくる若者がいて、その若者が「一度飲みに連れてってくださいよ」って言うんで飲みに行ったときに聞いた話で。彼の知り合いのおじさんが、むっちゃ密漁してるって(笑)。
ナオ:「むっちゃ」してるんだ(笑)。
ラズ:それでこれを描いたんですけど、今だったらこわくて描けない話ですよね。今はなかなか描けない話も多いですよ。自転車の酔っぱらい運転とか。
ナオ:「自転車飲み」をしてる回すらありましたもんね。時代の変化も記録されている。
ラズ:そうなんです。あれ、けしからんな、本当に。けっきょく自分がその後、それで骨折しちゃうわけなので(笑)。
パリ:あと、めちゃくちゃ印象深いというか「なんなんだろう、これ?」というふうに記憶に残るのが、鹿の酒の話ですよね。バリ島の。(第5巻68~71ページ)
ナオ:あー!
ラズ:あれは不思議で、小さい鹿がボトルに入ってるという(笑)。
パリ:まむし酒みたいな、小さい鹿の酒だったんですか。
ラズ:ああいう種類の鹿がいるっていう噂もあるんです。「手乗り鹿」っていうのが。でも「あれは胎児だろ」みたいな意見もあって。大きなボトルのなかに、焼酎か蒸留酒のむっちゃ強いやつが入ってて、鹿以外にもいろんな薬草みたいなのもいっぱい入ってて。滋養強壮用の酒だと思うんですけどね。それを隣の親父がカパカパ飲んでる。当時は、ほいほい写真を撮る時代じゃなかったから、撮ってないんですよ。今だったら絶対写真撮ってるのに。
パリ:より神秘的だなぁ、それは。
ナオ:鹿の酒の話と同じコラムに、もうひとつの酒として、ヘビのお酒のことも書いてあったじゃないですか。(第5巻50ページ)
ラズ:台湾料理屋からもらってきた、出涸らしのやつですよね。
ナオ:そうです。それをもらって帰って泡盛を入れたって書いてあったんですけど、それってラズ先生が最近の『酒は思考の源でR』に描かれていたものと同じですか?
ラズ:アレです。
ナオ:えー! ということは最近までずーっと持ってたんですね。
ラズ:ずーっと持ってたんですよ。ただ、そのヘビとトカゲがすごいビジュアルなんですよ。だからこわくて、台所の下にずっと入れてあった。最近になってやっと処分したんだけど、3回くらいは酒を満たして飲んだかなぁ。酔った勢いでもらってきたんだけど、我ながら、酒飲みってすごいなって思いますよ。近所の店だったから歩いて持って帰れたけど、これ、裸で抱えて電車にはちょっと乗れない(笑)。
パリ:都市伝説になりますよ(笑)。
ナオ:そういうところにラズ先生のただならなさ、普通じゃなさがありますよね。
右/同じく第5巻のコラムに登場する「蛇トカゲ酒」。台湾料理屋からもらい受け、つい最近、3回目の酒を飲み干し、20年以上ぶりに、ようやく処分できた。
酒のもとではみんな平等
ナオ:かすみさんが宗達に両国に相撲を見にいこうと誘われるけど、行った先がちゃんこ屋さんだったという回もありました。(第2巻18話「いざ初場所)
パリ:かすみさん、かなりむちゃくちゃなことに付き合わされてるんですよね。
ナオ:相撲を見に行けると思ったら「ここのテレビで見ればいいんだよ」みたいな。
パリ:キレるでしょ、そんなの(笑)。
ラズ:けっこう付き合わされてますよね。アウトドアにも連れていかれてるし。
ナオ:これでよく嫌われてないなっていう。
パリ:たぶん宗達とかすみさんは根が一緒なんでしょうね。なんでも楽しめるというか。
ナオ:宗達の「はちゃめちゃシリーズ」だと、同じ2巻の「磯の酒」という話では、宗達がタレントの「山北真二」と間違われて、漁師たちにいろいろとふるまってもらった末に、偽のサインをしてトンズラするという……。
ラズ:破天荒な内容ですよね。
パリ:宗達と山北真二、似てないんだよなあ、ぜんぜん(笑)。
ラズ:昔は怪談ぽいのがあったり、幻想的なやつがあったりもしたんですよね。
ナオ:ありましたよね、江戸時代が舞台の回とか。
ラズ:ね。工夫してるなぁ(笑)。
パリ:1巻でもう宗達は芝生の上に寝転がって、「きりりと冷えた白ワインに わずかなチーズとフランスパン」みたいな風流なことをやってるんですよね。この話もすごく印象的で、若者たちがラジカセでガンガンに音楽かけだして、「うるせえなぁ」と宗達が思っている。普通なら「けしからん!」で終わるところだと思うんですけど、宗達がそいつらから「もしよかったら コッチでいっしょに飲みませんかー」って誘われて、ニコッと笑って加わっちゃうんですよね。
ナオ:そうそう! その展開が『酒ほそ』を象徴していて、「けしからん!」が最初にはあるんだけど、最後には「でも、それもありだよね」っていうところに着地する。
パリ:いい話ですよね。なんだかラズ先生の重要な思想が含まれているような。決していがみ合うんじゃなくて。
ナオ:『パパのココロ』でもそうじゃないですか。「僕はこう思う! でも、まぁ、他にもいろいろ事情はあるよね」っていう寛容さが。
パリ:そこらへん、時代性なんかはもう関係なくて、ラズ先生は自分なんかよりもずっと頭が柔らかかったりするから、もう天性のものなんでしょうね。
ラズ:ああ、そう? ありがとうございます。フフ。
パリ:当たり前のことだけど、たとえば「女性が下に見られるような描きかたをしていない」とか。
ラズ:酒のもとではみんな平等。『酒ほそ』の根底にはその思想が流れてる感じはあります。
パリ:いま、全員うんうんって頷いてたけど、「酒のもとではみんな平等」って、けっこうすごい言葉ですよね。酒=神様みたいな。
ラズ:そうね(笑)。
時代とともに飲みかたも変わる
ラズ:でも、酒場っていうのはそういうものでしょう。基本的に誰が入ってきてもいいし、みんなそこで酒を楽しく飲むだけ。もちろんサラリーマンのグループなら上下関係もあるけど、偶然居合わせた客どうしはみんな平等なわけじゃないですか。そこが酒場のいいところかなと。
ナオ:そうか、ラズ先生のその思想が生まれたのも酒のおかげなんですね。コラムのなかで「『女性向けの酒』みたいに売り出されるものが世の中にはあるけど、別にどんなものを飲んでもいいじゃないか」と書かれている部分があったり、登場人物の性別とか立場で生まれがちな偏見をひっくり返す展開があったり。酒の楽しみはもっと自由なんだっていうことを伝えようとされてたのかなって。
ラズ:『酒ほそ』でも一度取り上げたと思うんですけど、最近では飲み会の最初の1杯目をそれぞれ違う種類の酒で乾杯すると。昔から考えるとそこにカルチャーショック受けつつ、「でも実際そのほうが自然だよね」みたいな。
最初に聞いたときはちょっとびっくりしたんだけど、よくよく考えると、有無を言わさずみんな同じもので乾杯させられるっていうほうが不自然でしょう。そんなふうに、いままでの常識が実は古い感覚にとらわれたものだった、みたいなことって、けっこうありますよね。
パリ:僕らでも20代のころなんかそうでしたもん。飲み会では、「とりあえずビール人数ぶん」って。
ナオ:わりと最近までそんな感じでしたよ。「女の子だったらこういうの飲むだろう」とかね。その点、ラズ先生の作品には『パパのココロ』の、家族が好きな時間にバラバラにご飯を食べる「バラバラめし」にも通じるような、好きにやればいいじゃないかっていう感覚がずっとある。
ラズ:あれはどう思います? 男女複数で飲んで、女性だけ安くするっていうやつ。昔はよくあったと思うんですけど。
ナオ:男子3000円と女子2000円、みたいな。
ラズ:それこそ、前にふたりと一緒にやってナオさんが記事にしてくれた、「『唐揚げ何個食べた?』レベルまで飲み代を厳密に割り勘する飲み会」から考えると、許せないことですよ(笑)。
パリ:でも、それっていわゆるコンパなんかで多いパターンでもありますよね。そういう機会がもう何年もないからなぁ……。
ナオ:ああ、男性主体というか「女の子たち来てくれてありがとう」みたいな意味合いの。
ラズ:やっぱりなんとなくね、男尊女卑じゃないですけど、男優位な思想を感じますよね。なおかつ「女性はそんなに飲まないでしょ」みたいな決めつけというか、思いこみというか。それを考えると、やっぱりそこは男女の差なく、ちゃんと割ったほうがいいんじゃないかなと思いますね。
ナオ:そうですね。男女で割り勘するってことさえ普通じゃないような時代がありましたもんね。「男がごちそうして当然」みたいな。それは一見いいことのようにも思えるけど、「そのかわり黙ってついてこい」みたいな変な押しつけも感じる。
ラズ:そのあたりの意識も、時代と共に変わってきてるのかなぁと。
パリ:みんなで飲んでてお会計のとき、僕が急に「じゃあ、男3000円、女2000円で」って言ったら「ええっ!?」ってなりますもんね(笑)。
ラズ:おもしろいですね。そういうのも『酒ほそ』に反映されてるのかな。
パリ:でも『酒ほそ』でそういう場面はあんまり見たことない気がするなぁ。
ラズ:お会計の場面自体があんまりないから。
パリ:「俺、多めに飲んだからちょっと多めに出すわ」みたいなのも、よく考えるとアバウトすぎますもんね。
ラズ:そのへんはなんというか、その場でそういう雰囲気になってればそれでいいとかね。先に帰る人が、きっとそんなには飲んでないんだけど、気を使ってちょっと多めに置いていくとかね。
ナオ:「最初からいたからちょっと多めに払うわ」もありますよね。
ラズ:遅く来たから割り引くってのもあるし。
パリ:あるある。そんな酒場のアバウトさが、なんだか愛おしくなってきました(笑)。
ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。
パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。
スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある