『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。
そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。
第14回は、酔っ払い運転への悔恨と、離婚後も続く元奥様との不思議な関係について。堂々の第一部完結です!
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酔っぱらい運転は自転車でもダメ。ゼッタイ!
ナオ:ちなみに怪我をされて一時的にお仕事ができなくなってしまった当時は、何本も連載を抱えているような状態だったんですか?
ラズ:ええ。『酒ほそ』のほかに、3、4本はやってたかな。
パリ:仕事が順調になりはじめたタイミングで、それは辛いですね……。
ラズ:本当に! それと、入院している間、娘をどうするかが問題なんですよね。けっきょく、田舎から母親に来てもらった。そのころ母親はまだ70歳くらいだったのかな。体が動くので、娘の面倒をみてもらえた。
パリ:治るまでにどのくらいかかるものなんでしょうか?
ラズ:入院してたのは10日くらいだったけど、仕事は1か月半くらい休んでしまったかな。もう、とにかく後悔。「酔っぱらって自転車に乗っちゃいけないんだな」っていう、反省と教訓を噛み締める日々ですよね。
パリ:自転車での飲酒運転もれっきとした道路交通法違反ですから、我々酒飲みは肝に銘じないとですね。
ラズ:それまでも何回か酔っぱらって自転車に乗って、電柱にぶつかったり、転んだりしたことはあった。それで周りの人に「酔って自転車に乗るのはやめたほうがいいんじゃないの?」なんて言われつつ、懲りずにやってたら、ついに骨を折ってしまったという。それ以来「酔っぱらい運転はいけませんよ!」ってみんなに言ってまわってます。
ナオ:自分が怪我するぶんにはまだいいけど、誰かを巻き込むこともありますから。でもとにかく、事故がそのくらいの怪我で済んで、ある意味良かったですよね。
ラズ:そうです! 倒れたときのことをまったく覚えていないので、万が一頭でも打ってたらどうなっていたことか……命があって良かったなぁって。
歴代アシスタントは元奥様→娘さん
ナオ:回復してからは、しばらく静かに過ごされてたんですか?
ラズ:そうですね、もう夜中に自転車では行けないから……(笑)。だけどその後は、娘もひとりで家にいられるような年齢になってきたので、娘が留守番をして僕が飲みに行くということが、だんだんできるようになってきたんですよね。
パリ:ところであの……ここにいる全員が当てはまると思うんですが、お父さんがお酒を仕事にしてるって、けっこう特殊な状況ですよね。娘さんはそのあたりに理解があったんですか?
ラズ:う〜ん、理解というか……それが普通だと思って育ってるから(笑)。お酒を飲んで漫画を描くのがお父さんの仕事、という。
パリ:(笑)。今おいくつですか?
ラズ:こないだ30歳になったんだけど、「飲みすぎないように」とか「飲んでる途中に崩れ落ちて寝るんじゃないぞ」みたいなことをやかましく言われる。
ナオ:心配されてる(笑)。娘さんもお酒は飲むんですか?
ラズ:友達とは飲むらしいんですけど、ふだん、家では飲まないですね。
ナオ:じゃあ、お父さんと乾杯とかは、あまり?
ラズ:家になにかごちそうがあって、ちょっとワインでも、なんてときは飲むけど、本当にたまにですねぇ。
パリ:外食はあまりしないんですか? ふたりで「ちょっと美味しいものでも食べに行くか」みたいな。
ラズ:う~~~ん……ないですねぇ。
ナオ:いま、娘さんはラズ先生のアシスタントをされているんですよね?
ラズ:そう! もう娘の仕上げがないと原稿が上がらない。
ナオ:作業を手伝うようになったのはいつごろからなんですか?
ラズ:娘が大学を卒業したのと同時に。実はね、娘が中学生ぐらいのころから、離婚した元妻がアシスタントに来るようになったんですよ。
パリ:えっ!?
ナオ:それは……詳しくお聞きしてもいいんでしょうか?
ラズ:それまで彼女はパン屋でバイトしてたんですけど、僕がめちゃくちゃ忙しくなりだしたのを知って、「アシスタントするけど、どう?」みたいな打診があったので、じゃあお願いしようかなと。消しゴムとか、髪の毛のベタ塗りとかね。
パリ:それはどのくらい続いたんですか?
ラズ:かなり長いことやってました。元妻のアシスタント後半のころは、僕がいちばん忙しかったときで、週刊連載が2本に、月刊のものとか、諸々合わせて最低でも週に3本は締め切りがあった。
パリ:うわ~~! 漫画でそのペースはすごい。
ラズ:なんなら締め切りが毎日1本あるような週もあって。私は永井豪先生かと(笑)。その週にはさすがに元妻から泣きが入りまして。
ナオ:もう無理だと。
ラズ:そう。ちょうどそのころ、元妻はタロットの勉強を始めて打ち込んでたんですよね。そんななか、娘が大学を卒業することなって、別に就職も決まってないっていうので、バトンタッチし、元妻はめでたく解放されたと。
パリ:元奥様も娘さんも、いきなり仕事ができるのがすごいですよね。
ラズ:元妻のアシスタント時代に、偶然、住んでるマンションの隣が空いたので、思い切ってそこも借りちゃおうということで、隣をアシスタント部屋にしたんですよね。娘はパソコンに通じてて、自分でも漫画を描いていたので、娘がアシスタントになってから、パソコンで仕上げるようになったんです。今は娘がそこに住みつつアシスタントをしています。
かすみちゃんのモデルは元奥様!?
ナオ:ちなみにその前の長い間、アシスタントは元奥様お一人だけだったんですか?
ラズ:そうです。
パリ:作業場に来られて……? 離婚してるのに?
ナオ:関係性が不思議ですよね(笑)。
ラズ:ははは。
パリ:前に僕たちが企画して、ラズ先生にもトークゲストとして出演していただいたイベントに、遊びにきてくださってましたよね。
ラズ:さすがに離婚してから数年の間は、たまに元妻と娘と三人で食事するくらいだったんですけど、アシスタントになってからは毎日会うようになって……。だから、顔も見たくないような仲たがいって感じでもなかったんだけど。
ナオ:ラズ先生はひとりで娘さんを育てることになったわけで、そういうことを恨みがましく思う人だっていそうですよね。「妻に出ていかれたせいで、自分はこうなってしまった」とか。
ラズ:僕のことを「男ひとりで子どもを育てることになって気の毒だな」と思う人は、おそらくいたでしょうね。
ナオ:でも、ラズ先生にはそういう悲壮感がないというか、元奥様とも仲良しだし、どういう感覚なんだろう……。不思議なんです。
パリ:質問しづらいことなんですけど……お会いして思ったのが、元奥様って「かすみさん」(『酒ほそ』のマドンナ的キャラクター)に似てませんか?
ラズ:ダハハハハハハハハハハハハハハハ。
パリ:前に一緒に飲んでいたときにそんな話をしてたら……。
ナオ:「僕の人生で元妻以外に好きな人はいない」って言ってた記憶があります……。
ラズ:ウフフ。まぁ、いや、その……(笑)。『パパのココロ』のイカポがもととなって「かすみ」のキャラクターはできたと思うんです。
パリ:見返してみると、確かにそうですね。かすみさんをすごく簡略化して描くと、イカポさんになる。
ナオ:なるほど、そうか。
ラズ:まあ、なんというか、おそらく外から見てると、元妻との関係はワケわかんないと思うんですよね。
ナオ:ずばり、元奥様っていうのは、どういう存在なんですか?
パリ:ふふふ。
ラズ:どういうねぇ……なんというか、変わらないですよね、昔から。
ナオ:ラズ先生にとっては、変わらずに魅力的でおもしろい人である、という。
ラズ:そういうことですよね。あとはやっぱり、僕を漫画家にしてくれたありがたさも感じてます。彼女のサジェスチョンに従っていたら漫画家になっていたという感じなので。
ナオ:タロットをされるくらいだから、未来を予見する力があるんですかね。
ラズ:僕は本気で見てもらったのは2回しかないんだけど、めちゃくちゃ良いアドバイスをもらえるんですよね。
パリ:すんなりと受け入れられそうな気がしますね。
ナオ:今度、パリッコさんとふたりで見てもらいましょうよ。
パリ:ぜひ見てもらいたいです!
ラズ:伝えておきます(笑)。
(第1部終了。第2部は4/25の掲載予定です)
ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。
パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。
スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある