『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。
そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。
第11回は、隠れた名著『パパのココロ』とラズ先生流の子育て術を、子育てに悩むパリッコ(&スズキナオ)が聞く!
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名作育児漫画『パパのココロ』
ラズウェル細木(以下、ラズ):娘の幼稚園時代に、子育て漫画の依頼がきて、『パパのココロ』という連載が始まったんです。
パリッコ(以下、パリ):全3巻の作品ですが、1巻の最初のほうは絵柄がかなり違うんですよね。3巻になると、ラズ先生のキャラクターも、今に近い絵になってますけど。
ラズ:そのころに絵が激変しているんですよ。
パリ:『パパのココロ』は1992年連載開始だから、時期的には『酒ほそ』の2年前。なので、前回の話とは少し時代が前後するというか。結婚して、子育て時代があって、それから『酒ほそ』へっていう順番ですよね。その、子育て時代を描かれたのが『パパのココロ』。
ラズ:うん。当時、女性作家が描く育児漫画がいろいろと話題になっていたけど、男性版はまだほとんどなかったんです。「イクメン」なんて言葉もないし、男ひとりでベビーカー押してるのもちょっと恥ずかしいくらいのムードだった。
パリ:今とはだいぶ時代も違ったんですね。
ラズ:育児漫画でいうと、当時、青沼貴子さんの『ママはぽよぽよザウルスがお好き』は、かなりヒットしました。あと田島みるくさんの『あたし天使あなた悪魔』も。
スズキナオ(以下、ナオ):どちらも『パパのココロ』の単行本の最後に書籍紹介が載っていますね。『パパのココロ』と同じ『プチ・タンファン』(婦人生活社)という育児雑誌に連載されていて。
ラズ:そういうヒット作の後を受けて企画が通ったと。ところがまぁ、ウケはそれほどでもなく(笑)。
パリ:ラズ先生からの発案だったんですか?
ラズ:初代の担当編集者が、趣味でジャズ演奏をしているセミプロ級の人で、その人が行きつけのジャズ喫茶のマスターに「男性で子育て漫画を描く人いませんか」と尋ねたらしいんです。ジャズ漫画のなかでも「最近子どもが生まれました」みたいな話を描いていたので、僕を推薦したとマスターから妻のところに連絡があった、というのが発端です。ちょうど娘が公園デビューして、幼稚園へ通うようになった時期だったので、まさしく子育て漫画向きの年代ではあったわけですよね。
1巻では、ラズ先生のキャラクターの顔が少しずつ変わっていく。左から登場順。
炎上の元祖!
ナオ:内容は、当時のラズ先生の生活をそのままを描いたものなんでしょうか?
ラズ:そう。結婚して1年目に娘が産まれて、そのころの生活を如実に。連載をしていた時期が、ちょうどインターネット勃興期と重なっていて、当時「子育て掲示板」っていうのがインターネット上にできましてね。『パパのココロ』の作中では、母親がものすごくぐうたらに描かれてるから、その掲示板で「このイカポ(作中での母親の呼び名)ってやつはけしからん!」みたいに叩かれて。
ナオ:炎上の元祖みたいな(笑)。
ラズ:それを知った本人が、プンプンムカムカしてた思い出があります。
パリ:でも、そのへんは「描いていいよ」という感じで許されていたんですか?
ラズ:実は内容はふたりで話し合って決めていたんです。だから、妻も承知の上でした。でも、掲示板で批判されるとムカつくという……(笑)
パリ:なるほど(笑)。
ナオ:1、2、3巻と、巻を追うごとに、イカポさんがよりフリーになっていくというか……。最後のほうとかすごいですよね。
ラズ:うん。「ボクが一生懸命子どもを育てている横で、妻は今日もまた寝ているのでありました」みたいな話が多いので、そりゃ批判もされるわけですよね(笑)。
ナオ:でも、前書きの「子どもの世話は母親の役目だなどと、いつ誰が決めた。子どもに対する責任は、パパもママも平等だろっ」という提案から始まって、子育ての常識みたいな部分をひとつひとつ疑っていくような感じが、痛快でもあります。そもそも、子育てに正解なんてないわけじゃないですか。
ラズ:僕は家で仕事をしてるから、頻繁に子どもと関われる環境だったわけです。「今は仕事中だから静かにしてなさい!」とか「あの部屋に入っちゃダメ!」みたいなムードも皆無で、どんなに仕事が忙しくても、子どもは「カップラーメン作ってくれ」みたいなこと言ってくる。あと、公園のママ友の子どもたちが、ダーッと家に何人も遊びに来てるなか、同じ空間で仕事とかしてるわけですよ。もはや、ちょっとやそっとのことでは動じずに漫画を描くトレーニングみたいなもんでしたよね(笑)。
ナオ:あのシーンもすごかった! 自分としては想像しづらいというか、あんまり聞いたことがないハードな環境で。
ラズ:これがエッセイを書くとかだと、もっと没頭する必要があるんだけど、漫画はどんな環境でも作業ができちゃうんですよね。
パリ:作画だけじゃなく、ネームもできるんですか?
ラズ:ネームもできますね。
パリ・ナオ:すごい!!!
イカポ(作中の母親)のぐうたらぶりが余すことなく描かれ、時に掲示板で炎上することも…。
右/『パパのココロ』(2巻)
近所の子どもたちが大集合するなか、なぜか仕事が進むラズ先生。
子育ての常識を疑う
ナオ:そのころ、漫画のお仕事はお忙しかったんですか?
ラズ:徐々に忙しくなってきた時期ですよね。
パリ:僕は『パパのココロ』をナオさんにすすめてもらって読んで、作品としてすごくおもしろかったのはもちろん、「当時のラズ先生って、ちょうど今の我々の年齢と同じくらいじゃないですか?」って、ふたりで話してたんです。ラズ先生にもこういう時期があったんだというのが、当たり前だけど嬉しいような。
ラズ:平成7年だから、39歳のときですね。あとから考えると、うちの娘は夜泣きもしないし、むちゃくちゃ育てやすかったんですよ。当時は辛いと思ってたけど。
パリ:娘さんが夜中にひとりで起きて、TVゲームやってるとか。
ラズ:娘に関しては、なにをやってもOKなムードというか、なんでもありで育てたんですよ。
ナオ:たとえば「子どもは早く寝なきゃいけない!」というのは常識のようになっているけど、その根拠を考えたことは、意外となかったりします。
パリ:幼稚園も「行きたくなければ、別に行かなくていいんじゃない?」っていうシーンも多数あって。
ラズ:かなりボイコットしてましたよね(笑)。
パリ:1話1話すごく勇気づけられるというか、普通の育児ハウツーとは違って、「これでもいいんだ」って……言うと失礼ですけど。
ナオ:いや、ほんとそうですよ。頭ごなしに決めつけるようなところがなくて。
ラズ:「ごはんなんてみんな一緒に食べなくていい。好きなときに好きなものを食べればいいんだ!」とかね。
ナオ:そうそう! 漫画ではそれを「バラバラめし」と名づけていますね。
ラズ:そういうのも、インターネット掲示板の批判の対象になって、編集部にもいっぱい手紙が来るんですよ。「けしからん!」みたいな。
ナオ:これがもし今だったら、SNSもあるし、さらにすごいことになりますよね(笑)。
ラズ:まだ今の時代ほど炎上しないというか、誰も彼もが参加して大炎上みたいな感じは、当時はまだなかったので。
ナオ:でも本当に、「一緒にごはんを食べること」ひとつとっても、いろんなありかたがあっていいような気がしますね。
ラズ:そうそう。ただ、「家族揃って一緒に食べることこそ家庭の団らんだ」という考えは昔から根強くあるので、反発もあるだろうなというのは、当然想定していたことだったんですけどね。
「バラバラめし」の回は反響も大きく、編集部に賛否両論の意見が多数届いた。
(次回更新は2月10日を予定しています)
ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。
パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。
スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある