「草餅屋の看板猫」長谷寺と門前町│ゆかし日本、猫めぐり#11

連載|2022.10.7
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第11回は、長谷寺門前町、初瀬の名物・草餅屋の接客上手な看板猫ちゃんが登場。

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緑に囲まれた寺に詣で、
門前町で猫に出会う。

 生まれたての朝一番の光が、掃き清められた境内に降り注いでいる。
 周囲は緑豊かな山々。古くから観音霊場として名高い奈良・桜井市の長谷寺は、三方を山に囲まれた初瀬(はせ)の地に建つ。

 長谷寺の朝の勤行は、ご本尊である十一面観音様への、いわば1日のはじめのご挨拶。早朝の凜とした空気の中、修行僧たちが唱えるはつらつとした声明(しょうみょう。フシの付いたお経)が、躍動感あふれる太鼓の拍子に乗って清々しく響く。
 最後はご本堂から張り出た外舞台に並んで、山内の諸仏や祖師、さらに勧請した諸神を遥拝。まっさらな心で1日が始まる。

 長谷寺の建つ初瀬の地は、古来「隠国(こもりく)の里」と呼ばれ、神々が降り立つ聖地とされてきた。

 寺伝によれば、寺の草創は朱鳥(しゅちょう)元年(686)。道明上人が天武天皇の福寿を願って、この初瀬の地の西の岡に「銅板法華説相(せっそう)図」を安置し、三重塔を建てたことに始まるという。その後、明治時代に三重塔が焼失。現在この西の岡は本長谷寺と呼ばれ、近くには五重塔が建っている。

 観音信仰が始まったのは神亀(じんぎ)4年(727)。聖武天皇の勅命で、1本の霊木から高さ2丈6尺(約7.8m)の十一面観世音菩薩立像が造立され、初瀬の東の岡の大盤石(大きな方形の石の台座)の上にご本尊として祀られた。この東の岡が現在のご本堂。登廊の399段の階段を上った先にある。

 山岳寺院の伽藍とご本尊を荘厳するのは、四季折々の花と自然。

 一方で、学問道場としての顔も持つ。創建以来東大寺や興福寺とのつながりが強く、法相宗(ほっそうしゅう)だったこの寺は、16世紀に和歌山の根来寺(ねごろじ)から専誉僧正が入山し、真言宗となった。やがて、彼を慕う弟子たちが集まり、学山(がくざん)としての名声を高めていったという。

 今も多くの修行僧が、日々仏道に励んでいる。

 参拝の後は、仁王門をくぐって門前町へ。お目当ては初瀬名物の草餅と、やはり猫!

 草餅屋「総本家 寿屋」の看板猫の定位置は、店頭の一角。「ある日急に来たからQちゃん」というこの猫は大の人好きで、お客さんに囲まれてもマイペース。

 一方、一見強面ながら、実は「甘えたさん(甘えん坊)で、けんかにめっぽう弱い」のがチョコちゃん。

 この日も休憩中の店主の娘さんに目で訴え、

 「かまって」とスリスリ。

 やがて我慢できずにぐにゃぐにゃになり、

 最後は勢いあまって落ちてしまった。

 もっとも、すぐに体勢を立て直し、「甘えてないもん」とシャキンとした目をしてすましている。こちらも見て見ぬふりをすることに。

 夕方、Qちゃんの散歩に同行させてもらった。向かったのは門前の広場。

 Qちゃんは従業員の女性も大好き。

 店主の増田一男さんは、「桶屋だった父が春だけ草餅を作っていたのがはじまりです。私も45年以上作り続けていますが、作り方が単純なだけに難しい。ちょっとした水の配分や蒸し時間で、味や食感が変わるんです」。まっすぐな目をして言う。

むっちりとしていながらキレの良い生地と素朴な餡。店で草餅を頬張ったとき、両者が口の中で溶け合って、思わず笑みがこぼれたことを思い出した。

旅も終わり。
気がつけば、心も体もすっかり清らかになっていた。

真言宗豊山派総本山 長谷寺
奈良県桜井市初瀬731-1
TEL 0744-47-7001
8:30~17:00 (4月〜9月)
9:00~17:00 (10月〜11月、3月)
9:00~16:30 (12月〜2月)
入山料 500円

総本家 寿屋
奈良県桜井市大字初瀬755
TEL 0744-47-7249
9:00~17:00(売り切れ次第閉店)
不定休

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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