第3回 東急文化村・中野哲夫社長インタビュー
“物語”が生まれる場所Bunkamuraのこれから

カルチャー|2022.10.5
文=鈴木伸子 写真=濱田晋

新しい時代の
Bunkamuraを考える

 1989年に開業して今年で33年となるBunkamura。隣り合う東急百貨店本店跡地の再開発に伴い、来年4月から2027年度までオーチャードホールを除き休館となる。しかし、5年間、Bunkamuraは休止するわけではない。東急線沿線や都内の施設などで、今後も新たな活動は続けていく。未来を見据えて今、何を考え何を目指していくのか。渋谷の一大文化拠点Bunkamuraのはじまりからいま現在、そして未来への取り組みを辿っていく本特集の第3回は、東急文化村代表取締役社長の中野哲夫氏に話をうかがった。

「今から3年前の2019年、Bunkamuraは30周年を迎えました。企業にとって30年というのは一つの節目です。オープンした89年はバブル経済の絶頂期で、『世界各地のハイレベルな文化を渋谷の地で体験していただきたい』ということを目指し、初のバイロイト音楽祭の引越し公演などを開催しました。ただ当時と今とでは時代の空気はずいぶん変わりました。そこで30年を機に、これからさらにこのBunkamuraを持続可能としていくためにはどのようなことが必要か、みんなで考えてみることにしたんです。
 そうして出てきたのが、『館内の賑わい創生』、『渋谷の街との連携』、『若い人たちへの支援』という3つのテーマでした」

街に根づいた
文化施設であり続ける

「ニューヨークやロンドンの先端的な文化施設に行ってみると、公演時間以外も常に人で賑わっています。Bunkamuraにもそんな賑わいがほしいと思いました。
 Bunkamuraは劇場が2つ、美術館、ギャラリー、映画館に加えて、カフェや書店もある複合施設ですから、複合であることを強みにして、美術展やコンサートを楽しむだけでなく、その後に施設内でお茶を飲んだりゆったりと過ごしていただいて、ここに来ることで文化的な雰囲気を味わっていただくことも大事なのではないかと考えました。
 オープンから30年以上経って、施設の周辺にもBunkamuraにいらしたお客さまをもてなしてくれるお店が増えました。オーチャードホールでコンサートが終わった後、その余韻を楽しもうと近くのレストランに入ると、サービスのシャンパンがすっと出てくる。気分がいいじゃないですか。お店側でその日の演目と終わる時刻をあらかじめ把握されていて、このお客さまはBunkamuraの帰りだと分かっているわけです。周囲との連携を深めていくことで、そういうお店が増えてきた。そんなこともBunkamuraの魅力を高めてきたと思います」

大規模再開発が進む街で、
物語の生まれる場を提供する

 近年、渋谷の街の各所で大規模な再開発が続いている。建物や街並みばかりでなく、そのことで街をゆく人やその心持ちにもさまざまな変化が起きている。
「駅前の再開発が進んでオフィスビルが増えました。入居しているのはITやゲーム、音楽、ファッションなどの企業。いわゆる生活産業ではなく、 人々の暮らしを便利に、気持ちをより豊かにするための産業です。なぜ、そういう企業が渋谷にオフィスを構えるのか。渋谷はいろいろな出来事が常に起きている“現場感”のある街、日本の最先端に接していられる場所なんです。街の至る所で“ワクワク、ドキドキ”が次々と発生している。
 私たちの役割はそんな“ワクワク、ドキドキ”の物語づくりのお手伝いをすることだと思っています。例えば、そこに来れば誰かに会える、何かを得られる。60年代、最先端のカルチャーの担い手が集った麻布の「キャンティ」や、昭和の時代の銀座の文壇バーのような“特別な場所”としての街の仕掛けを作っていこうということです。
 今年、東急グループは100周年を迎えました。大正時代、東京の人口が増えて、住宅事情が悪化したことから沿線に中産階級の暮らしのための住環境のよい街を作りましょうということでスタートした会社です。今も沿線の人口は増え続けています。東急線沿線に住んでいる方々のアイデンティティとは何なのか、渋谷の街に何を期待して来られているのかということを、私たちはいつも考え続けています」

次世代が挑戦し、
次世代がそれを体験できる場へ

 そんなBunkamuraが、近年、オーチャードホールの演目で取り組んでいるのは、クラシック界の既成概念への挑戦、次世代へのアプローチである。
「音楽にしても演劇にしても、若い時に体験して感動したものはその後の人生で大きな意味を持ちます。今までクラシック音楽を聞いたことがないという若者にも、映像や音響の演出次第で楽しんでもらえる手段があるはずなんです。例えば、ショパン国際ピアノコンクールで入賞した反田恭平さん、おしゃべりでお客さまを魅了するエンターテインメント性の高さでも人気のピアニスト・清塚信也さんと、これまでのクラシックの概念にチャレンジしている、才能溢れる若い演奏家も出てきています。
 雑誌の編集者のように、Bunkamuraという“場”から、こういうことをやったら若いお客さまにも喜んでいただけるのではないか、新しいクラシックの形を世界に届けられるのではないかと、音楽や演劇の楽しさをどんどん提案すべきだと思っています」

左 2021年第18回ショパン国際ピアノコンクールで第2位に入賞した反田恭平。オーチャードホールの「N響オーチャード定期 2018/2019シリーズ第102回」(2019年)公演では、その才能を遺憾なく発揮し観客を魅了した。
写真:「N響オーチャード定期 2018/2019シリーズ 第102回」©K.Miura
右 「N響オーチャード定期 2022/2023シリーズ 第121回」では、クラシック界からいま熱い視線が注がれている若手ピアニストの牛田智大が登場。「N響オーチャード定期」公演では、今後もヴァイオリニストのHIMARI(2023年3月)、ピアニストの角野隼斗(2023年7月)と注目の若手ソリストが出演予定となっている。

東急線沿線へ広がっていく
Bunkamuraの物語

 そしてBunkamuraは、来春から5年間の休館に入る。
「5年間という期間は長い。だからその間は渋谷のBunkamuraという場所にこだわらず、例えば横浜みなとみらいホールや来年4月に新宿・歌舞伎町にオープンする東急歌舞伎町タワー内の劇場THEATER MILANO-Zaなど、沿線や都内近郊の施設を利用して、どんどんBunkamura企画制作の公演を行っていく予定です。
 ニューヨークの、現在リンカーン・センターのある場所は、かつては『ウエストサイド物語』で、ジェット団とシャーク団の対立が起こったような、非行グループの集うエリアでした。それが1950〜60年代に再開発されて生まれ変わり、今や世界的な文化施設となっている。
 私たちが33年間行ってきた活動を通して、この渋谷という土地にいくらかの変化をもたらすことができたかもしれない。そしてこれからは、歌舞伎町やみなとみらいにも何かの変化を起こすことができたらと意気込んでいるんです。
 今、人々は“物語”を求めています。渋谷に来て、この街で、何より「心を動かす」体験をしていただきたい。そんな場所を保ち続けていくのが、Bunkamuraの役割だと思っています」

Bunkamura休館中にBunkamura企画の公演を開催予定のTHEATER MILANO-Za(左)と横浜みなとみらいホール(右)©平舘平。この2施設をはじめ、今後渋谷とは異なる場所で、Bunkamura企画公演がどのような反応を生むのか注目される。

中野哲夫(なかの・てつお)

1958年生まれ、新潟県出身。1982年、東急電鉄に入社。自由が丘駅に配属。広報室、リゾート事業やエリア開発事業に携わる。その後、2012 年東急総合研究所を経て、2015年東急文化村常務執行役員に就任。2018 年より代表取締役社長。

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