第3回 ラズウェル細木の酔いどれ自伝
    ──夕暮れて酒とマンガと人生と

カルチャー|2021.9.10
ラズウェル細木×パリッコ×スズキナオ

『酒のほそ道』をはじめとして、四半世紀以上にわたり、酒やつまみ、酒場にまつわる森羅万象を漫画に描き続けてきたラズウェル細木。 そのラズウェル細木に公私ともに親炙し、「酒の穴」という飲酒ユニットとしても活動するパリッコとスズキナオの二人が、ラズウェル細木の人生に分け入る──。 第3回はいよいよ、高校生で初めて味わう、お酒の美味しさと苦しさについても!

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念願かなって漫研へ!

ラズウェル細木(以下、ラズ):その1年後、なんとか真面目に勉強をがんばって、無事早稲田大学の漫研に入ることができました。

パリッコ(以下、パリ):「早稲田大学に」ではなく、あくまで「早稲田の漫研に」(笑)。いや〜しかし、すごいっす。

スズキナオ(以下、ナオ):当時、早稲田の漫研の名前は広く知られていたんですか? ラズ先生もそこに入りたかったというか。

ラズ:そうですね。園山俊二さんをはじめ、東海林さだおさんたちが漫研を作って、その後もいろんな漫画家を輩出してたのは知ってましたから、漫研の老舗みたいなところですよね。どうせならそこに入りたいなと。
ちゃんと完成まで漫画を描くようになったのは、漫研の同人誌に描くようになってからですね。あれも恥ずかしくてどこかにやっちゃったと思うんだけど、今となっては見てみたい。
 
ナオ:幻の初期作品、読んでみたいです。

ラズ:その頃、『ガロ』のムードがだんだん変わってきて、嵐山光三郎さんが「真実の友」という訳のわからないコーナーを始めた時代があったんですよ。そのなかに「五行小説」という、10文字×5行くらいの小説を募集するコーナーがあって、そこに応募して2回くらい載せてもらったなぁ。漫画ではないけど。

パリ:その時の投稿は本名で?

ラズ:いや、本名じゃなくて、高校の先生につけてたあだ名で応募してて、石山先生っていうのがいたんですけど、そのあだ名が「フグ」だったから、石山フグっていう名前で(笑)。

ナオ:いいペンネーム!

ラズ:その頃、漫画家から後にイラストレーターになった渡辺和博さんもよく「真実の友」に投稿してた。そういえばね、これは後々語ることになると思うんだけど、僕もイラストレーターの仕事をしていた時代があるんです。ある時、当時イラストを描いていた『NAVI』って雑誌の編集部から電話がかかってきて、「渡辺和博さんですか?」って言うんですよ。どうも編集部の電話帳に、ラズウェルと渡辺で隣り合って番号が並んでたらしくてね。それを聞いて、その昔「真実の友」に投稿していたふたりの名前が並んでいるのかと、感慨にふけったこともありました(笑)。

ナオ: 渡辺和博さんは「ヘタウマ」というジャンルで語られることも多いですが、時代的にもブームがきていた頃なんですかね?

ラズ:うん。ますむら先輩が入選した時、もうひとり入選したのが蛭子さんだったり。着々とそういう文化が花開いていった時代だった。

ナオ:ますむらさんとはその後、交友はあるんですか?

ラズ:後年、ふたりとも米沢市の観光大使になったので、今では観光大使の集まりで顔を合わせる関係(笑)。ものすごいパイオニアで、すごく尊敬しています。米沢市の図書館に行くとたいてい、ますむらひろしコーナーとラズウェル細木コーナーというのがあって。

ナオ:米沢が生んだ二大漫画家ですね。

ラズ:ますむらさんの時代って、僕よりさらに文化的なものに触れにくかったと思うんですよ。そこから『ガロ』に入選していくって、本当に大変なことだったろうなぁ。

パリ:若かりし頃、そんな米沢を恨んだ時期はなかったですか?

ラズ:文化的なことでは不満もあったけど、やっぱり日本酒が美味しいなぁとか、芋煮が美味しいなぁとか、米沢牛も美味しいなぁとか(笑)。むしろそういう郷土愛はものすごくあります。特に、「芋煮」と「だし」に関しては、原理主義的なところすらある。県外に広まるにつれ、だんだん適当なものが増えてくるので、けしからん! と。

パリ:どっちも何でも入れて良さそうに思っちゃいがちですが(笑)。だしについては以前、作品のなかでもこだわりを語られてましたよね。

ラズ:うちはネバネバ系は入れない。そして品数は少なく、なるべく細かく切る。

パリ:そういう郷土愛は、東京に出てから強くなっていったんですか?

ラズ:そうですね。よく「幼少時にあのまま東京にいたらどうなっていただろう?」と考えるんだけど、たぶん漫画は描いていなかっただろうなぁ。趣味人というか、そこそこ文化的なことが好きな人、みたいになっていたと思います。漫画家には絶対になってないと思う。米沢で鬱々としていた時代があってこそなんですよね。もちろん東京出身で漫画家になる人だっていっぱいいますけど、地方で鬱屈して、それを爆発させたいっていう気持ちが原動力になる人も多いと思う。

酔いと二日酔いの初体験

パリ:あ、気づけばここまでお酒の話が出てません! 浪人生=お酒ってイメージもありますが、その頃はいかがでしたか?

ラズ:浪人時代はさすがに飲まなかったですねえ。高校時代まではタバコも吸ってましたけど。

ナオ:高校「までは」なんですね(笑)。

ラズ:タバコもやめたし、お酒もやめた。

ナオ:受験のためにきっぱりと(笑)。というか、その前にやってる方がおかしいですけどね。お酒は高校生の頃に初めて飲んだんですか?

ラズ:そうですね。そうだ、初めて酔っぱらった時のことを覚えてるんです。ある時、父親のところにお客が来て宴会をやってたんですね。翌日、飲み残されたサントリーのウイスキー「レッド」の瓶が、テーブルに置かれたままになってた。それを興味本位で、最初は舐めるように飲みはじめたらですね、「あれあれ、この感覚は何?」って。あ、酒に酔うってこういうことなのかと思って、こりゃいいやとグイグイいったわけですよ(笑)。もうむちゃくちゃハッピーですよね。つまみは同じく残ってた柿の種だったんだけど、柿の種も止まらなければ酒も止まらない。すっかりできあがって、翌朝、起きたら頭がガンガン痛くて、二日酔いですよ。

パリ:酔いと二日酔いを一気に両方体験したんですね!

ナオ:酒の良い面と悪い面を身をもって知ったという(笑)。

パリ:「酒のほそ道」の起点はそこにあったんですね。

ナオ:高校2年にして。お父さんもお酒がお好きだったんですか?

ラズ:むちゃくちゃ好きでした。高度経済成長期のサラリーマンで、営業で接待とか毎日のようにあって。しかもうちの父親、酒がすごく強いんですよね。去年亡くなるまで、体は弱ってきたんですけど、肝臓の数値だけは正常だったという。

パリ:憧れるなあ、それ。

ラズ:母親は飲まないんですけど、妹ふたりはガンガン飲むので、家系的に父親の遺伝子なんですかね。

パリ:僕たちから見ても、そもそもラズ先生がめちゃくちゃ飲みますもんね。先日仕事で久々にお会いして、外に椅子を出して飲む「チェアリング」を一緒にしていただいたんです。まずはスーパーでの買い出しからだったんですけど、缶チューハイをいくつか買って、ラズ先生がさらに宝焼酎のプラカップも買っていたので「あ、じゃあ割る用のお茶も買っておきますか?」って言ったら、「いや、缶チューハイに足そうと思って」って(笑)。結局、7%「氷結 無糖レモン」に、ふたりして焼酎を足して飲んでましたね。

ナオ:やんちゃな飲みかただな(笑)。

ラズ:いやー、ああいう飲みかた、よくないんですけどね。でも、やりたくなっちゃう(笑)。香港とか台湾、上海の中華圏に行くと、必ず「高粱(コーリャン)酒」とか「茅台(マオタイ)酒」っていう、いわゆる白酒(パイチュー)ですね。高いものから安いものまで様々なグレードがあるんですけど、そのいちばん安いやつを買って、行く先々でビールに混ぜて飲むんですよ。ところが最近、だんだん売られなくなってきていて、どうも最近の若い人はああいう強いお酒は飲まないそうなんです。中国のガイドのお姉さんは、僕が飲んでるのを見て、「ええ! こんな強いお酒飲むんですか……。最近の若い人はそういうのを飲みません。そういうのを飲むのはおじいさんだけです」って驚いてて(笑)。若者の酒離れっていうのは世界的な傾向みたいですね。でも僕は、やっぱりその逆で、ビールやチューハイにさらにお酒を足したくなってしまうんです。

パリ:飲むたびにかなわないなって思いますよ(笑)。

ラズ:いや、強いっていうより、意地汚いんだと思いますよ。まぁ、弱いってこともないんだろうけど。ただ、ひとりで飲んでたりすると、そんなには飲まないですよね。やっぱり誰かと一緒だったり、話が盛り上がるとかすると飲みすぎちゃう。家飲みだとそこそこで「もういいか」となりますよね。

パリ:でも、飲みの席で何度か聞いた、伝説の「鮒寿司晩酌」のお話が……。

ラズ:あれね! 知人から大好物の滋賀の名物、鮒寿司を送ってもらって、やったー! なんて大喜びで、家でそれをつまみながら飲んでて、日本酒を5合以上飲んだんじゃないかな? 後半の記憶がまったくない。鮒寿司といえば最後、お茶漬けで締めるのが最大の楽しみなんだけど、翌朝、テーブルの下の床でハッと目覚めて、「ああ、お茶漬けまで行かないで寝ちゃった……」と思って机を見たら、ちゃんとお茶漬けを食べた形跡があったという(笑)。

パリ:飲んだ翌日、食べた記憶のないラーメンの写真がスマホに残っていた、みたいな。もはや酒飲みあるあるですよね(笑)。

ラズ:そうそう。記憶がないなら食ってもしょうがないじゃないかと。食べものは記憶ですね。あとから、あの時うまかったなって思い返せるからこそいいのであって、食べたこと自体をおぼえてないほどバカバカしいことはない。

ナオ:「食べものは記憶」! すごい言葉です。

ラズ:記憶をなくすパターンもいろいろで。途中だけすっぽり抜けるとかね。ふたりもいた日だったと思うんだけど、ダリちゃん(ライター、安田理央さん)の事務所のベランダで飲んだあと、街へくりだして3軒ハシゴした。そのはずなのに、2軒目の記憶だけがまったくない。

ナオ:なるほど、「ダルマ落とし」(笑)。

パリ:新しい用語が!

ラズ:あと、記憶に残る二日酔いってのもありますね。ものすごい二日酔いになると「これ、本当に治るんだろうか」と不安になる(笑)。

ナオ:一生このままかもって(笑)。

ラズ:まあ、なるべくならないように気をつけているんですけど。ここんとこしてないので、よしよしって感じで。

パリ:酒飲み的に、コロナ禍って悪いことばっかりじゃないな、って思うことの代表がそれじゃないですか? 外で飲めないから、すさまじい二日酔いにならない(笑)。

(次回掲載は、9月25日頃を予定しています)

ラズウェル細木
1956年、山形県米沢市生まれ。食とジャズをこよなく愛する漫画家。代表作『酒のほそ道』は四半世紀以上続く超長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』『美味い話にゃ肴あり』『魚心あれば食べ心』『う』など多数。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。米沢市観光大使。


パリッコ
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より、酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『天国酒場』『つつまし酒』『酒場っ子』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。


スズキナオ
1979年、東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『関西酒場のろのろ日記』『酒ともやしと横になる私』など、パリッコとの共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ"お酒』がある

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