魔術師列伝

コラム|2021.12.17
文=澤井繫男

第6回 ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ
(1535?―1615年)(1)

ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ

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 デッラ・ポルタに関して邦訳でよめるものは、いずれも抄訳(拙訳)だが2冊ある。
 『自然魔術』と『観相術(邦訳名『自然魔術 人体篇』)』である。今回はこれら2作品を、3回と2回にわたって詳細に論じていこう。というのも、両著とも、16世紀後半から末期にかけての(南伊の知識人の)自然観や人間(人体)観の表出であって、近代科学出現以前の自然観や人体観を見事に語っているからである。現代の私たちからみれば、摩訶不思議な発想で生物の誕生に言及していることに、一瞬首を傾げ、その後、私たちの過日の方法に思い当たったり、「観相」の対象が顔だけではなく、人体全身に及んでいたりすることに驚嘆する。 

まず、デッラ・ポルタの「~術」ものを、その決定版の刊行年を中心に列挙してみよう。
 『記憶術』、1566年
 『自然魔術』、1589年
 『天界の感相術』、1603年
 『観相術』、1610年(75歳)
 『手相術』、1677年(没後刊行)
 『奇蹟術』、未刊行

『自然魔術』イタリア語版(1676年)

これらの「術」の意味するところは「魔法」「手品」の類ではなく、「探究」を指す。この伝でいくと、「自然魔術」は「自然探究」であり、この「探究」は「知識・知見」の意味をも帯びて、「自然にたいする(関する)知識・知見」と結論づけられる。飛躍すれば「自然観」ともなろうか。この場合の「自然」がどういうものなのかが肝要で、当時の自然観を探る契機を与えてくれる。デッラ・ポルタはガリレイ(1564-1642年)とも親交があって、このあたりの錯綜した知的関係は興味が尽きない。今回は、『自然魔術』を検討してみよう。

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 『自然魔術』は当初、デッラ・ポルタが23歳?(1558年)のとき全4巻として刊行したものを、31年後の54歳?(1589年)に、全20巻へと増補して刊行した。いずれも彼の生地、ナポリにて、である。この間、彼は、序文にもあるように、研究のためカラブリア、シチリア、ヴェネツィア、フランス、スペインへとわたり、各地の職人や知識人を訪ねて、新規な知識の収集に努め、自然現象の書籍も渉猟した。みなさんはこのような知見を広める旅がどうして可能だったか、疑問におもうだろう。まず、路銀(旅費)をどうまかなったのかが、下世話な話になるが、私には疑わしい。

デッラ・ポルタ家は代々ナポリで海運業を営む名家で金銭的なゆとりがあった。デッラ・ポルタは4人兄妹(男は3人)のうち、次男で、兄も弟も優秀な人物で、2人からの感化が大きかった。こうした知的刺激の豊かな家庭で成長した彼が、旅に旅を重ねて、職人から「技」を学び、自然観を論じた書物から自分なりに自然観を練り上げていったことに、何ら不可解な点などうかがえない。むろん、当時(ルネサンス文化期)支配的だった自然観から抜け出せていないのはいなめないが。逆を言えば、それだからこそ貴重な書だと言えよう。一種の奇書であるが、近代以降の、私たちが依拠する「科学哲学」の自然観を離れ、当時の「自然哲学(自然魔術)」の自然観を、偏見なくみれば、得心の行くことも多い。「科学哲学」の視点だと、いずれの主張も奇妙奇天烈で受容しがたいだろうが、ここは現代の視座を棄てて、ルネサンス末期の自然観を色眼鏡をかけずに、凝視する必要がある。

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 それでは、刊行後すぐにベストセラーとなり、各俗語にラテン語から翻訳された、全20巻の題目を挙げてみたい。
 第一巻「素晴らしい事柄の原因について」、第二巻「さまざまな動物の生成について」、第三巻「新しい植物の産出について」、第四巻「家財を増やすために」、
第五巻「金属を変えることについて」、第六巻「偽金作りについて」、第七巻「磁石の不思議について」、第八巻「驚くべき治療について」、第九巻「女性を美しくすることについて」、
第十巻「蒸留について」、第十一巻「芳香について」、第十二巻「火薬について」、第十三巻「鋼鉄を強化することについて」、第十四巻「料理術について」、第十五巻「魚釣り、野鳥狩り、狩猟他について」、第十六巻「不可視な筆記について」、第十七巻「奇妙なレンズについて」、第十八巻「静態的な実験について」、第十九巻「空気作用による実験について」、
第二十巻「カオスについて」。以上である。各巻にはみな「読者への序文」が付されている。

最終巻名が「カオスについて」というのは、実質的な内容は現代的な意味での「カオス」ではないが、いかにも象徴的な色合いを感じる。金属を「変えること」や「偽金作り」などは一見錬金術を思わせるが、デッラ・ポルタは錬金術に好意的ではない。また「女性を美しくすることについて」の巻では、化粧や髪型、それに皺や失った処女の再生術まで、幅広く扱っていて、時代を超えた女性への思いが垣間見られる。
                                
第6回の(1)、〈了〉
次回は12月31日です。

参考文献
ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ著 澤井繁男訳 『自然魔術』講談社学術文庫,2017年

福沢諭吉著 永井道雄責任編集 日本の名著33『福沢諭吉』所収 中央公論社,1984年

澤井繁男
1954年、札幌市に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。
作家・イタリアルネサンス文学・文化研究家。東京外国語大学論文博士(学術)。
元関西大学文学部教授。著者に、『ルネサンス文化と科学』(山川出版社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『カンパネッラの企て』(新曜社)など多数。訳書にカンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会・特別賞受賞)などがある。

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