『ザ・フィンランドデザイン展 ―自然が宿るライフスタイル』 Bunkamura ザ・ミュージアム

アート|2021.12.16
坂本裕子(アートライター)

自然との共生の中で育まれたフィンランドデザインの魅力

国土の7割が森林、18万以上の湖を有する「森と湖の国」フィンランド。
 日本の9割ほどの面積におよそ550万人が暮らすこの国は、国連の調査において4年連続で「幸福度ランキング」の1位を獲得している“憧れの国”でもある。

国のイメージと並び人びとに愛されているのが、そのライフスタイルから生み出されるデザイン。
 イッタラ、アルテック、マリメッコ、フィンレイソン、ムーミンなど、日本でも人気のプロダクトを生み出す世界屈指のデザイン大国として知られるが、実は国としてのフィンランドの歴史はそれほど古いものではない。

1917年にロシアから独立、遅まきの近代化の中で、新しい国づくりの一環として進められたのがデザインの発展だった。
 自国の豊かな自然にインスパイアされたフォルムや意匠、大きな資源である木材の特徴など、そこには建国よりもはるか昔から「大いなる自然を忘れない」という思想に裏付けられた、大地からの恩恵を生活に取り入れるという、土地に根ざした生きることの歴史が流れている。

こうした生活の中で育まれた感性が、アーティストやクリエイターの手によってデザインされ、プロダクトとなり、人びとの日常に浸透する。1930年代から70年代にかけて、いまも広く知られるデザイナー、建築家、アーティストたちが登場し、豊かなフィンランドデザインが花開く。
 やがてそれらは国際的にも注目されるようになり、国民のためのデザインは世界のモダンデザインとして、フィンランド人のアイデンティティの確立に大きく寄与した。

このフィンランドデザインの源泉と歴史をたどり、魅力に迫る展覧会が東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで始まった。
 ヘルシンキ市立美術館(HAM)監修のもと、この時代に生み出されたテキスタイル、ガラス工芸、陶磁器や家具などのデザインやプロダクトに、同時代の絵画作品を含む約250点の名品と約80点の関係資料で、時代を超え、地域を超えて愛され続けるフィンランドデザインのあゆみとプロダクト誕生の秘密(エッセンス)を追う。

アルテックのチェアやカルフラガラスの花瓶「サヴォイ」で知られるアルヴァ・アアルトから、アラビアのロングセラー陶器《ティーマ》を生み出したカイ・フランク、日本でもファッションからインテリアまで大人気のテキスタイルを生産するマリメッコ社、『ムーミン』の作者トーベ・ヤンソンなど、フィンランドをデザイン大国に導いたデザイナー、アーティスト50人以上の作品が集結。
 フィンランドの自然の美しさを伝える写真や観光ポスターをイントロダクションに、6章立てて展開する会場は、デザイン作品とフィンランドの風景や同時代の絵画作品が呼応する空間になっているのがすばらしい。

美しさと同時に厳しくもある北国の自然とともに彼らがいかに生き、どれほど生活を彩ることに腐心し、同時に豊かな発想と「使用する」という実用の合理性を融合させたのかを感じられる。

撮影者不詳《プンカハルユ(フィンランド)》1940-1959年、フィンランド国立写真美術館蔵
1930年代、フィンランド観光協会は自国の写真家に自然の写真シリーズの制作を依頼する。短い夏の陽に輝く湖や森、氷河が残した岩や雪景色など、豊かな自然のイメージは、新しいバケーションのスタイルとして観光プロモーションに活用され、世界に鮮烈な印象を与えていった。
左:アルヴァ・アアルト《「サヴォイ」花瓶》1936 年、カルフラガラス製作所、コレクション・カッコネン蔵、Photo/Rauno Träskelin
右:展示風景
1937年のパリ万博で世界デビューを果たした、アアルトの代表的なガラス花瓶。カルフラガラス製作所が主催したデザインコンペティションで優勝した作品で、20の異なる花瓶で構成されるシリーズのうち、もっともアイコンとして知られるのが「サヴォイ」だ。アアルトの最初の妻アイノとともに空間デザインを担当したヘルシンキのレストランにちなんで名づけられた。1980年代からは大量生産され、さまざまな配色のものがフィンランドの多くの家庭で花瓶として、あるいはインテリアとして、いまも使用されている。 会場では木型とともに、その形態の発想源だったかもしれないと感じさせるサイマー湖の俯瞰写真を背景に展示される。
カイ・フランク《「BA キルタ」カップ&ソーサー他》1952-1975 年、アラビア製陶所、ヘルシンキ市立博物館蔵(展示風景から)
1930年代にアーティストを多く起用して世界で2番目に大きな陶器工場に成長したアラビア製陶所。戦後クリエイティブチームに加わったカイ・フランクによるデザインは、1981年には「ティーマ」と名を変えて、今日のフィンランドの家庭でもっとも使用される食器セットとなる。シンプルで洗練されたフォルムに、調和を重視した配色、小さなアパートでもフィットするコンパクトなサイズは、個々に組み合わせることができ、それまでのフィンランドにおける「ディナーセット」の概念をくつがえした。

第1章、第2章では、作品のフォルムに注目。
 近代国家としてスタートしたフィンランドでは、都市化により進む機能主義と消費社会のなかで、大量生産と実用性が重視され、シンプルで合理的なデザインが生み出されていく。
 しかし、その中でも彼らの創造のインスピレーションは自国の自然にあった。自然が持つ有機的な曲線が活かされ、同時に余分なものがそぎ落とされたフィンランドの特徴的なフォルムの原点とその洗練の過程をみていく。

第1章、第2章の展示風景から
左:アルヴァ・アアルト《キャンチレバーチェア 31(現:42 アームチェア)/パイミオサナトリウム竣工時のオリジナル製品》1931 年、木工家具・建築設備社(トゥルク)、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Rauno Träskelin
右:展示風景
建築家であったアアルトは自身が設計した建築には自分でデザインしたオリジナル家具を備える、すぐれた家具デザイナーでもあった。彼を象徴するアームチェアは、パイミオのサナトリウムを設計した際に、療養中の患者が快適に過ごせるよう、機能的で掃除しやすく、衛生的な家具を設計した際に生み出された。流れるような曲線をつくる木材は、彼によって開発された挽き曲げ技法により実現した。
会場では、1939年のニューヨーク万博で彼が手がけた展示会場のパネルの前にバリエーションで並べられる。波打つ壁が刻々と移り変わるオーロラを彷彿とさせるニューヨークの空間は、当時もっとも人気のアトラクションとなった。
アイノ・アアルト《「ボルゲブリック」花瓶、ボトル》1932 年、カルフラガラス製作所、コレクション・カッコネン蔵、Photo/Rauno Träskelin
アイノが、1932年にフィンランドではじめて開催されたデザインコンペティションに応募した作品。ガラス製品で知られるカルフラ=イッタラ社の主催で、大量生産に対応できるプレスガラスのアイデアが求められた。水の波紋がそのまま立体化したような美しい層状の器は、装飾的な機能とともに、プレス加工の際に生じる気泡の欠点を隠すことも意図されていた。2位に入賞した本作はすぐに製品化され、人気を博す。

第3章ではさらなる展開を、フィンランドデザインの黄金時代と評された1950年代の精華に追う。
 この時代、合理的な機能主義から離れた独自のデザインが次々と生まれる。有機的なフォルムはそのままに美しいラインと抽象性を高めた作品が、トリエンナーレなどの国際的な舞台で絶賛され、製品であると同時にアート作品として世界を魅了した。

第3章の展示風景から
左:1946年のイッタラガラス製作所が主催したコンペティションで、最初のデザイン賞を受賞したタピオ・ヴィルッカラの作品。モダンなフォルムの改革者として新たなフィンランドデザインの局面を切り拓いた。彼のモチーフは自然。代表作とされる花瓶《杏茸》(1946/手前)を筆頭に、大胆かつ可憐な、すばらしい造形を楽しめる。
右:アラビア陶製所の芸術部門で活躍したビルゲル・カイピアイネンの作品。ビーズが素材の「ビーズバード」作品《シャクシギ》は、1960年のミラノトリエンナーレのために造られた。中世とルネサンスの芸術文化を敬愛していたという彼の初期作品は、絵本から飛び出してきたような物語性が感じられて、幻想的な楽しさがある。会場では抒情的なプレートの数々もみることができる。
左:マッティ A. ピトゥカネン《アイスマン(タピオ・ヴィルッカラ)》1962 年、フィンランド国立写真美術館蔵
右:ナニー・スティル《氷山(プリズム)》1961 年、リーヒマエンラシ社、コレクション・カッコネン蔵、Photo/Rauno Träskelin
フィンランドのガラスデザイナーの多くは、この地の凍てつく冬にインスピレーションを受けている。イッタラガラス製作所のデザイナーであったヴィルッカラは、この自然の動きとそこに内包される力をガラス彫刻に閉じ込め、左右非対称で氷を思わせる製品は、イッタラブランドの高級品として社のトレードマークとなる。「フィンランディア技法」として知られるオリジナルの技術とともにアートガラスやガラス製品の外観に大きな影響を与えた。
右は、リーヒマキガラス製作所のメインデザイナーだったナニー・スティルの作。ガラス表面に柄を埋め込むフィグリー技法により、氷山がイメージされたモダンな一作。

ここには、デザイナーやアーティストたちに創造の自由を提供しつつブランド宣伝の協力を求めるなど、巧妙なマーケティング戦略も相まって、フィンランドのデザイン大国としての名声を確たるものとしていったのだ。
 陶磁器の分野を筆頭に、女性アーティストたちの活躍が目立っているのも特徴といえる。

ドラ・ユング《子連れのアヒル》1955 年、ドラ・ユング・テキスタイル、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Jean Barbier
テキスタイル・アートの先駆者とされるドラ・ユングの初期作品。ダマスク織が表すのは、抽象化されたアヒルの親子。リズミカルな色と線が絶妙な配分の中に、甘すぎない愛らしさをもたらしている。
第3章、ルート・ブリュックの作品(展示風景から)
近年日本でも個展が開催されたセラミックアーティストのルート・ブリュックによる磁器作品。アラビア陶製所でプロダクトデザインをしていた彼女は、後年はブロックタイルで構成される抽象的な作品制作へと移行する。多彩で大小さまざまなタイルを組み合わせた「セラミックタペストリー」は、美しい抽象絵画のようでもあり、その中に自然界の繊細な事象が込められて、みる者にさまざまな印象を喚起させる。夫であるタピオ・ヴィルッカラとともに愛した鳥をモチーフにした作品もお見逃しなく!

第4章はテキスタイルの世界を、第5章はファッションの世界を紹介する。

第4章の展示風景から

第二次世界大戦後、新たな生活のなかでは、家が重要な拠点としてとらえられていく。
 人びとはシンプルでモダンなインテリアに「柔らかさ」や「明るさ」を求めてテキスタイルを取り入れるようになり、この需要に応えてテキスタイル業界では、フィンレイソンなどの老舗とマリメッコのような新興会社が競い合い、新しいテキスタイルを生産、輸出した。
 そこからは、伝統的な絵柄だけではなく、同時代の美術にも刺激を受け、アヴァンギャルドなパターンも生まれていく。

左:カーリナ・アホ《卵入れ》1950 年、アラビア製陶所、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Kirsi Halkola
アラビア製陶所のデザイン部門に勤めたのち、独立してセラミック・スタジオを設立したカーリナ・アホのキュートな卵入れ。キッチンにこんな卵入れがあったら、毎日ほっこりしそうだ。使うのがもったいなくなる魚型のカッティングボードとともに並んでいる。ぜひ会場で!
右:オイヴァ・トイッカ《「ポムポム」花瓶》1968 年、ヌータヤルヴィガラス製作所、コレクション・カッコネン蔵、Photo/Rauno Träskelin
ガラスデザイナーとして名高いオイヴァ・トイッカによる花瓶は、その名の通り「リンゴ」が造形化されている。鮮烈な色彩と軽やかなかわいらしさが印象的な一作。会場ではテキスタイルドレスとともに並べられ、互いに呼応してフィンランドデザインにおけるイマジネーションの源泉をより感じられる。
マイヤ・イソラ《カンムリカイツブリ》1961 年、マリメッコ社、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Rauno Träskelin
いまやフィンランドが世界に誇るブランド、マリメッコ社のファブリックデザイナーとして、その創設に大きく寄与したマイヤ・イソラによるテキスタイル。カラフルで大柄なデザインは、マティスやピカソなどの当時の新しいアートシーンからの影響に、彼女自身の自然観が豊かに反映されている。
アンニカ・リマラ《「ヴェラクルス」ドレス、「クルーナ」テキスタイル》1968/1967 年、マリメッコ社、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Harry Kivilinna
1960年から82年までマリメッコ社のデザイナーを務めたアンニカ・リマラによるテキスタイルデザインのドレス。ポップでモダンな彼女のデザインは業界の注目を浴び、世界有数のファッション誌の表紙などを飾った。

1960年代には、近代的な消費社会も成熟する。多様な商品が生産され選択肢が増えていくと、消費者はそれぞれに独自のスタイル、“個性”を求めるようになる。そうしたニーズを喚起するための広告も発達、ライフスタイルを含めたファッションの普及を後押しする。
 カラフルでおしゃれなイメージを発信するポスターや雑誌、カタログは、カラーテレビの普及とともに、フィンランドの女性たちのモダンライフ、モダンファッションを彩っていく。

セッポ・サヴェス《アンニカ・リマラ「リンヤヴィーッタ」ドレス、ヴオッコ・ヌルメスニエミ「ガッレリア」テキスタイルデザイン》1966 年、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵
こちらもリマラによるデザイン。夫のネクタイからアイデアを得て、ヴオッコ・ヌルメスニエミがデザインしたストライプのプリントを斜めに組み合わせて、クールなドレスを生み出した。
このコーナーは、同時代の画家による抽象表現の絵画がともに並べられて、その色、形、リズムなどの共鳴がここちよい。1950年代にようやく絵画における抽象表現がはじまったフィンランドだが、その遅れを感じさせないほどに大胆で実験的な作品を生み出し、テキスタイルデザインの世界にも大きな影響を与えたことを眼で感じられる。
《PMKコットン広告》1960 年代、タッシェル広告社、タンペレ市立歴史博物館蔵、Photo/Saana Säilynoja
フィンランドの6つの大手コットン工場が共同で設立したマーケティング代理店がPMKコットン工場営業所である。激化する国際競争の中で、ハンカチからインテリアテキスタイルまで、あらゆるコットン製品のブランディングを担当し、フィンランドデザインの地位の向上と保持に貢献した。

戦争の影は遠のき、工業化とサービス業を充実させたフィンランドは、現代の評価につながる福祉国家として発展していく。
 第6章では、手厚い福祉を象徴する子ども向けのプロダクトやデザインをみる。
 未来を担い、築いていく子どもたちへの希望を込めて、住宅では子どものための空間やそこに置かれる家具や道具を、公共の場としては図書館や遊び場を、そしておもちゃやゲームから豊かな物語の世界まで。生み出されたデザインは、彼らの心をとらえ、想像力を養う。
 木製のおもちゃは、シンプルで衛生的であることから多くの国で求められ、北欧神話にも連なる妖精の国ならではのキャラクターから生まれた「ムーミン」は、世界中で愛され続けている。

カイ・フランク《木製人形(サーカスの団長、女の子)》1940 年代、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Harry Kivilinna(サーカスの団長)
食器から子どものおもちゃまで、幅広いデザインを手がけた多彩なデザイナー、カイ・フランクによる木製の人形。素朴ながら、幾何学的な最小限の要素で構成された人形はサイズや細部にデザイナーのあそびごころを感じられるだろう。

自然の造形に根ざした柔らかく有機的なライン、どんな環境にもなじむシンプルなフォルム、それらは、気候としては大きく異なる環境とはいえ、やはり自然を造形に活かしてきた日本の文化と共鳴する。
 そして長い冬を持つ国だからこそ、光を透過するガラス作品に傑作が生まれ、花が咲き、太陽が輝きだす季節を表すようなカラフルなテキスタイルがつくられる。しかし、その色彩は、鮮やかだけれどどこか透明で澄んだ静かさを持ち、北国の空気を思わせる。
 洗練の中に温かい愛おしさを持つフィンランドデザインの魅力。時代を経ても変わらず、古さも感じさせないその力を体感できるだろう。

展覧会概要

『ザ・フィンランドデザイン展 ―自然が宿るライフスタイル』
Bunkamura ザ・ミュージアム

新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に展覧会ホームページでご確認ください。

会  期:2021年12月7日(火)~2022年1月30日(日)
開館時間:10:00-18:00 金・土曜日は21:00まで(入場は各閉館の30分前まで)
休 館 日: 1/1(土・祝)
入 館 料:一般1,700円、大学・高校生1,000円、中学・小学生700円
     *未就学児は無料
     *障がい者手帳提示で本人と付添者1名は半額
 ※会期中の全ての土日祝、および最終週の1月24日(月)~30日(日)は
 【オンラインによる入場日時予約】が必要
問 合 せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

展覧会サイト www.bunkaura.co.jp

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