第11回 有職覚え書き

コラム|2021.12.20
文=八條忠基

季節の有職植物

●ヤブコウジ

年末になると、赤い実のなる植物、マンリョウ(万両、学名:Ardisia crenata)やセンリョウ(千両、学名:Sarcandra glabra)が園芸店の店頭に並びます。続いて百両と十両もあり、百両はカラタチバナ(唐橘、学名: Ardisia crispa)、そして十両とされるのがヤブコウジ(藪柑子、学名:Ardisia japonica)です。ヤブコウジは学名がヤポニカ。古くから日本人に愛されてきた植物で、古くは「山橘(ヤマタチバナ)」と呼ばれていたようです。

『万葉集』
「あしひきの 山橘の色に出でて
  吾は恋なむを 人目難みすな」
(山橘の実が赤く色づくように、私は恋心が表に出ます。あなたも人目なんか気にしないでね)

なんとも可愛い歌ですね。 ちょっと薄暗い木陰で、緑の中に埋もれる赤い実。いかにも素朴な恋心を表現したもののように思います。けれども分類学が発達していない当時のこと。類縁のカラタチバナやマンリョウも同じ「山橘」と見なされていた可能性はあります。

『源氏物語』(浮舟)
「卯槌(うづち)をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。またぶりに、山橘作りて、貫き添へたる枝に、
 まだ古りぬ 物にはあれど君がため
  深き心に 待つと知らなむ
と、ことなることなきを、『かの思ひわたる人のにや』と思し寄りぬるに、御目とまりて」

ここでも『万葉集』と同じような扱いになっていますね。

『延喜式』(造酒司)
「践祚大甞祭供神料 檜葉真木葉各五担。弓弦葉、寄生各十担。真前葛。日蔭。山孫組各三担。山橘子。袁等売草各二担。」

大嘗祭に用いるお酒を造っていた役所が「造酒司(みきのつかさ)」。そこのマニュアルにこう書かれているのですが、何に使ったのかは明確ではありません。お酒を飾るフラワーアレンジメントなのでしょうかね。神事に使われるユズリハ、ヤドリギ、ヒカゲカズラなどと並んでヤマタチバナが書かれています。どれも林の下草。神事にはこうした植物が用いられる傾向が強いのです。

江戸時代の寛政年間、どうしたわけかヤブコウジやマンリョウといったタイプの植物が非常に愛好され、高価で取引されるバブル景気がありました。ブームは明治20年くらいにも再燃。現在の価格で1000万円くらいで取引されたと言われます。なんだったんでしょうね。

ヤブコウジ(藪柑子、学名:Ardisia japonica)

●ダイダイ

お正月の飾りに使われるダイダイ(橙、学名:Citrus aurantium)。 ダイダイというと「橙色(だいだいいろ)」でおなじみ。なぜダイダイ(代々)と呼ばれるのかと言えば、果実は冬を過ぎても落ちず、そのままにしておくと2~3年は枝についたまま。しかも冬に鮮やかな橙色であったものが、春になるとは再び緑色を帯びて若返るという不思議な習性があることによります。そのため「回青橙」という別名もあります。一樹に三代にわたって果実がなるということで、一家繁栄の縁起物とされたわけですね。

『万葉集』
「我妹子に 逢はず久しもうましもの
  安倍橘の 苔生すまでに」
(愛しいあの娘に久しく逢っていないのです。おいしい安倍橘にコケが生えてしまうくらい長い間……)

この「安倍橘(あべたちばな)」がダイダイのことだと説明されます。

『和名類聚抄』(源順/平安中期)
「橙 七巻食経云橙<宅耕反。和名阿倍太知波奈>。似柚而小者也。」

「阿倍」は現在の奈良県桜井市阿部のことで、ここで採れる橘ということからその名称があるそうです。ただ、当時の「橙」は今で言う「香橙」「臭橙」「回青橙」の総称であったようで、「柚子に似て小さい」とある記述から、「香橙(こうとう)」(九年母(クネンボ)、学名:Citrus nobilis)のことではないかとも言われています。

『尺素往来』(一条兼良/室町後期)
「菓子者、青梅、黄梅、楊梅、枇杷、瓜、茄、覆盆子、岩棠子、桃、杏、李、棗、林檎、柘榴、梨、奈、柿、栗、椎、金柑、蜜柑、橙、橘、鬼橘、柑子、鬼柑子、雲列橘等。」

室町時代の柑橘フルーツ事情としては「金柑、蜜柑、橙、橘、鬼橘、柑子、鬼柑子、雲列橘」とあり、それぞれが現代で言う何に当たるのか、ちょっと不明です。江戸時代の記述では、

『秇苑日渉』(村瀬栲亭/江戸後期)
「以糖纏榧、茶胡桃、紫蘇穂、橙(クネンホ)、橘(ミカン)皮之類者曰糖纏、所謂茶纏糖、胡桃纏糖是也。」

とあって、「橙」に「クネンホ」とフリガナが振ってあります。しかし同じ本で、

「元日至十四日(中略)按、串柿〈此云九子賀喜〉橙〈此云代代〉橘〈此云好事〉……。」

「橙〈此云代代〉」と書かれていますね。ダイダイであると。このように、文字情報を元にした植物の同定はなかなか難しいものです。

ダイダイ(橙、学名:Citrus aurantium)

●ユズリハ

古式の鏡餅飾りや門飾りなどお正月の縁起物に用いられるユズリハ(譲葉、学名:Daphniphyllum macropodum)。

『枕草子』
「花の木ならぬは、かへで、かつら、五葉。(中略)ゆづり葉の、いみじうふさやかにつやめき、茎はいとあかくきらきらしく見えたるこそ、あやしけれどをかし。なべての月には見えぬ物の、師走のつごもりのみ時めきて、亡き人のくひものに敷く物にやとあはれなるに、また、よはひを延ぶる歯固めの具にももてつかひためるは。いかなる世にか、『紅葉せむ世や』といひたるもたのもし」。

ユズリハの葉は、色濃くツヤツヤと茂っているけど、茎は赤々として目立つ。十二月の大晦日だけは脚光を浴びる、とあります。「紅葉せむ世や」と歌われているのは『古今六帖拾遺』の詠み人知らず

「旅人に 宿かすが野のゆづる葉の
 紅葉せむ世や 君を忘れむ」

のことだと思われます。ユズリハがなぜ、縁起物になったのかはよくわかっていません。一般的には……

『大和本草』(貝原益軒/1709年)
「春新葉生トヽノヒテ後、旧葉ヲツ。故ニユツリハト名ツク。又和名親子草ト云。コヽヲ以倭俗歳首ノ賀具トス。」

『和漢三才図会』(寺島良安/1712年)
讓葉木(ゆづりは) 弓弦葉(ユヅルハ)<万葉> 楪<俗字 枕草紙ニ云、由豆利葉>
按木ノ高サ五七尺、樹葉茂盛。(中略)新葉既ニ生シテ、旧葉落ツ。父子相譲ルカ如シ。故俗呼ンテ譲リ葉ト曰。都鄙正月ノ鏡ノ餈(モチ)及門戸ノ之飾リニ用フ。亦タ相続ノ之義ヲ取ル。」

つまり、新しい葉が生まれた後、前年の葉が「跡を譲るように」落葉するから、と言われます。安定した相続を象徴しているというわけです。けれども、古い時代のユズリハは「弓弦葉」と書いて「ユヅルハ」と呼んでいたようです。

『万葉集』
「幸于吉野宮時、弓削皇子贈与額田王歌
 古に 恋ふる鳥かも弓弦葉の
  御井の上より 鳴き渡り行く」

この「弓弦葉」時代も、神聖なものと見なされて、神事に用いられておりました。

『延喜式』(神祇官)
「凡十一月中寅日(中略)次神服女五十人分在左右<青揩衣。日蔭鬘。男女各執酒柏。以弓弦葉挿白竿四重。重別四枚>。」
「(斎宮)供新甞料<卜八男十女> (中略)
椎子・菱子各五升。蓮子・干棗各一升。生栗一斗。搗栗六升。干柿二升。橘子十蔭。干槲三俵。弓絃葉一荷<已上寮充之>。」

『延喜式』(造酒司)
「践祚大甞祭供神料 等呂須伎十六口<口別酒五升>。(中略)檜葉真木葉各五担。弓弦葉寄生各十担。真前葛。日蔭。山孫組各三担。山橘子。袁等売草各二担<已上九種畿内所進>。」

「譲る」意識が見られない「弓弦」時代に、なぜ神聖なものと扱われたのか。常緑で茎が赤いところに神聖感を感じたのか。よくわかりません。しかし時代が鎌倉になりますと……

『新撰和歌六帖題』(1243年)
「春ことに 色もかはらぬゆつるはの
  譲るときはも 君かためとそ」(藤原為家)

「譲るとき」という考え方が掛詞的に入ってきています。こうして「譲る」意識が高まり、現代の解釈が固まっていった、とも考えられますね。では最初の「ユヅルハ」の「弓弦」とは何でしょうか。

『本草綱目啓蒙』(小野蘭山/1803年)
「楠 (中略)楠ニ数品アリ。南寧府志ニ『楠有細葉大葉金釵香紫臭糞黄楠』ト云。時珍ノ説ニ『葉如牛耳』ト云ハ大葉楠ニシテ、ユヅリハナリ。新陳相換ルノ義ヲ以テユヅリハト名ク。一説ニ丹州弓削山ニ多ク生スル故弓弦葉ノ義ニ因テ名クト云。唐山ニモ譲木ノ名アルコトハ譲ルノ義ニトル者是ナルベシ。」

丹波国桑田郡に「弓削郷」(現在は京都市右京区京北地区)があり、ここにユヅルハが多く生えていたので「弓弦葉」になったのだという説あり。謎は深まります。


次回の配信は、2022年1月7日予定です。

5月頃のユズリハ(譲葉、学名:Daphniphyllum macropodum)の若葉。茎の赤さが目立ちます。

八條忠基

綺陽装束研究所主宰。古典文献の読解研究に努めるとともに、敷居が高いと思われがちな「有職故実」の知識を広め、ひろく現代人の生活に活用するための研究・普及活動を続けている。全国の大学・図書館・神社等での講演多数。主な著書に『素晴らしい装束の世界』『有職装束大全』『有職文様図鑑』『宮廷のデザイン』、監修に『和装の描き方』など。日本風俗史学会会員。

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