令和の台所改善運動―キッチン立ち話

第4回「長谷工コーポレーション」

カルチャー|2023.9.25
文= 阿古真理 編集=宮崎謙士(みるきくよむ) 取材協力=長谷工マンションミュージアム

都市で暮らす多くの人は、マンションに住んでいる。マンションに設えられたキッチンを見ていけば、今日の一般的なキッチンの仕様や変遷も見えてくるのではないか。そのように考え、マンションの累計施工数約70万戸、1960年代の終わりから、日本の分譲マンションをリードしてきた長谷工コーポレーションに、マンションにおけるキッチンの設計とその変遷について話を伺った。

マンションの歴史がわかる 長谷工マンションミュージアムを訪れる

 よく考えられたマンションは、住み手の多様なライフスタイルに対応できるよう、汎用性のあるオーソドックスな間取りに一般的なキッチンが採用されている。しかし、流行の激しい日本では、キッチンでさえめまぐるしく変化する。そうした中で、最大公約数のニーズを捉えたキッチンを提供し続けてきたマンションを開発する企業に話を聞いてみたい。  
 長谷工コーポレーションは、UR都市機構の協力なども得て、2018年10月に東京都多摩市で同社及びマンション一般の歴史がわかる「長谷工マンションミュージアム」をオープンしたぐらいだから、きっとマンション施工最大手としての自負を持ってマンション事業に取り組み、現在の動向だけでなく歴史も大切にしているのではないか。案の定、取材のアポイントはスムーズに取れ、同ミュージアムの江口均館長が取材に応じてくださった。

 江口さんは1980年に長谷工に入社し、設計に携わってきた。しかも、結婚したときに自身が設計したマンションを購入し、「キッチンとダイニングがオープンで冷蔵庫がリビングから丸見え」といったパートナーの鋭い指摘にも耳を傾けてきた。長谷工は業界では珍しく、土地情報の取得、設計、施工に加え、販売から管理、修繕まで一貫して携わるビジネスモデルである。作って終わり、売って終わりではなく、その後のお付き合いがあることも多いから、住み手の要望も蓄積することができたし、その情報を商品開発に生かしてきた。例えば、ベッドで寝る人が増えたことから、和室をなくしたところ、「夏場に使わない冬布団や来客用の敷布団を収納する場所がない」という顧客の声がたくさん上がり、和室なしのマンションでも、奥行き900ミリの押入れサイズの収納をデフォルトにした。

長谷工マンションミュージアムの展示。日本のマンションと長谷工コーポレーションの歴史を見ることができる。

長谷工コーポレーションの歴史と マンションが大衆化した70年代

 長谷工コーポレーションは1937年に兵庫県尼崎市で、弱冠23歳だった長谷川武彦さんが「長谷川工務店」として創業。戦後に大阪へ移転し、さらに1969年に「芦屋松浜ハイツ」を、翌年には「日商岩井白金台マンション」を竣工し、東京へ本社を移した。マンションのキッチンには、およそ半世紀にわたって携わっている。
 当時は、第二次マンションブーム(1968〜1969年)から第三次ブーム(1972~1973年)へと移る頃。東京オリンピックを見込んだ1962~1963年頃の最初のブームは高級マンションが中心だったが、銀行など民間の住宅ローンが充実した第二次ブームから大衆化が始まる。『人口減少時代の住宅政策 戦後70年の論点から展望する』(山口幹幸・川崎直宏編、鹿島出版会、2015年)によると、第三次ブームは住宅金融公庫の個人向け融資が発足したのがきっかけで始まり、郊外に続々とマンションが建てられた。

社会の変遷・集合住宅の歴史と「長谷工のあゆみ」の年表。

 長谷工がマンションメーカーにシフトしたのは、創業者の長谷川社長が「これからは集合住宅が日本でも普及する。割安で良質なマンションを作ろう!」と号令をかけたからである。厳しい要求に対して2年がかりで研究し、1973年に生み出したのが「コンバス」シリーズ。『人口減少時代の住宅政策』によると、「企画設計から建設、保守までをカバーする生産性の高い標準設計システム」で、マンションの普及に大きな役割を果たした。「見えないところも全部寸法を合わせた規格型で、前もって材料を発注できるので工期が短くなり、建築費が安くできた。キッチンの取り付けも簡単な方法を開発しました」と江口さんが説明する。

マンションメーカーとして長谷工が一時代を築いた「コンバス」シリーズの間取り。システムキッチンやユニットバスなどを採用し住宅の設備や部材を規格化することで、価格を抑えながら良質で大量の分譲マンションが手早く作れるようになった。

80年代には、住宅メーカーを参考にした キッチンが導入されるように

 人々がこぞって周りと同じ豊かさを求めた時代、「コンバス」シリーズに導入されたのは当時流行していたダイニングキッチンだったが、次第に独立型キッチンが好まれるようになる。「私の体感では1988年頃には独立型が主流になって、1990年頃までは多かったですね。ハッチからモノを出し入れする対面キッチンは2000年代に多かった。しかし、2010年ぐらいになると、ダイニング側の吊戸棚に圧迫感を感じる人が増えて、オープンキッチンになりました。阪神淡路大震災で吊戸棚からモノがたくさん落ちた、ということも影響したと思います。吊戸棚をなくした分、背面の食器棚を充実させるようになりました」と江口さんは説明する。

 今でこそ、利便性や安全性、気密性の高さからマンション住まいを好む都会人は多くなったが、1973年に朝日新聞で紹介された「現代住宅双六」で、住まいの上がりは郊外の一戸建て、とされたように昭和時代は庭付き一戸建てが人気だった。そうした価値観のもとで、江口さんが若手社員だった1980~90年代は、住宅メーカーに最も勢いがあった時代である。「入社したときは、住宅メーカーさんのほうがキッチンの使い勝手、動線などを工夫されていたので、住宅展示場を見て勉強しました。設備会社さんは住宅メーカーに向けて提案し、マンションは既成のキッチンを使うか、独自に開発するしかなかったんです。追いつくのに10年ぐらいかかりました」と話す。

長谷工マンションミュージアムに再現されたモデルルーム「コンバス ニューライフ」(1976年)のシステムキッチン。コンロは2口。地震が発生しても吊り戸棚の扉が開かないように、耐震ラッチが採用された。

マンションの間取りにみる 暮らしとキッチンの最新事情

 最近の間取りに関わるトレンドは、二つある。一つは、より自由度が高いプランが好まれること。長谷工はLDKに可動性のウォールドアを設け、開ければ広いリビングとして使え、閉めればダイニングと洋室に分けられるようにした。「10年ぐらい前から作っているのですが、たくさん求められるようになったのは5~6年前から。以前はオプションだったのですが、今は標準で採用しているマンションも出てきた」と江口さん。
 二つ目は、キッチンの横に大きめの収納を設け、キッチンからと廊下からと二つのドアがあるもの。パントリーとしても納戸としても使え、用途によっては片方のドアをふさいでたくさん収納することもできる。また、リノベーションが定着してきたことから、配管を工夫し、キッチンを自由に移動させることが可能なマンションを2020年から作り始めた。「お客様は15年後に、その自由さに気づくんです」と笑みを浮かべる江口さん。

 一方で、私が常々物件探しをしていて気になっている、住まい全体は広くてもキッチンが極小の間取りが少なくない件も、なぜそうなるのか思い切って質問した。長谷工のファミリーマンションのキッチンは、標準的な広さが3.3畳、ワークトップの長さは2550mmが一般的だが「できれば2700mm欲しい。キッチン前の通路は850mmで、広めの場合は900mm」と使いやすいキッチンのサイズを説明する。しかし、「洋室を4.5畳確保するには、キッチンは3畳にしなければ、などキッチンの長さや広さをガマンせざるを得ない、ということもあり、そういうときは忸怩たる思いでした」と話す江口さん。
 例えばワンルームで、「キッチンを広くしたら、居室は6畳でなく4.5畳になります、となったら、お客様は6畳の部屋を取りますよ。ワンルームはキッチンが1200mmでコンロが1口、シンクも小さい、後ろに棚を置くスペースもない、と料理しづらくなりがちですが、今は外食も総菜もずいぶんと充実しています。そして、料理したいシングルの方はワンルームより広い部屋を探します」と説明する。

首都圏および関西圏の分譲マンションの価格と占有面積の推移を表したグラフ。平均占有面積は、家族構成や地価高騰の影響などもあり2002年の約78㎡をピークに減少し続け、2022年現在、首都圏で約66㎡、関西圏で約59㎡。

「結局、いいと感じてくれる人が7割いないと、我々はその間取りを作れないんです。最近は賃貸住宅が人気になっているので、楽器好きな人向け、自転車好きな人向けのマンションも企画しましたが、料理好きでキッチンが大きい部屋を作っても、人が集まるかどうか……」と現実を教えてくれる。私も食文化の変遷を研究してきたので、この数十年、外食・中食の利用率が高止まりして、台所の担い手の技術が下がり続けていることを知っている。結局、料理することを重視しない人が住み手に多いから、十分な広さを確保することができないという問題もあるのだ。とはいえ、賃貸住宅でも新しくて便利なシステムキッチンを入れることで、古めの物件の魅力を高めようとするオーナーは最近多い。その意味では、少しずつ変化していくかもしれない、と若干の希望を抱きつつ取材を終えた。

▼施設情報
長谷工マンションミュージアム
東京都多摩市鶴牧3-1-1
開館日:月~金曜日、第2・4土曜日
休館日:第1・3・5土曜日、日曜日・祝祭日、夏季休暇/年末年始休暇(本社に準ずる)
入館料:無料
予約受付フリーダイヤル:0120-808-385
10:00~17:00(ミュージアム開館日及び営業時間に準ずる)
https://www.haseko.co.jp/hmm/

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