令和の台所改善運動―キッチン立ち話 

第5回「アートアンドクラフト」

カルチャー|2023.12.15
文= 阿古真理 編集=宮崎謙士(みるきくよむ) 写真提供=アートアンドクラフト

住宅の中古市場に注目が集まるようになったのは、2010年代以降。近年では、中古住宅を購入してリノベーションするという選択肢も、広く一般に定着してきた。そんなリノベーションという言葉が一般的になる前の1990年代から、業界のパイオニアとして関西地区で中古住宅の改修を行ってきたのがアートアンドクラフトだ。この四半世紀でキッチンに対するニーズがどのように変化し、どんなキッチンが登場したのか。リノベーションの歴史を知る同社に話を伺った。

 『日経ビジネス』(日経BP社)は2023年5月1日・8日で、『家が買えない 令和版バブルの舞台裏』という特集を組んだ。首都圏の新築マンションの価格が平均1億円以上でバブル期を超え、長年低迷していた郊外の住宅も価格が上がってきていることなどを報じる。庶民にとって、新築で家を買う選択肢はますます遠のいている。
 不動産事情にくわしい人たちに聞くと、不動産価格が上昇している理由は、首都圏で2010年頃から土地不足になってきたことがある。全国的にも、人手不足による人件費の上昇、ロシア-ウクライナ戦争などによる建築資材費の上昇が進み、全体の価格を押し上げた。そのため、新築マンションの1戸当たりの面積も狭くなる傾向がある。そんな中、人気なのが、中古住宅を買ってリノベーションすることだ。
 中古住宅市場に注目が集まったのは、2010年代以降。朝日新聞は2010年11月20日の土曜版be「高く売れるか中古住宅」という記事で、2006年に制定された住生活基本法をきっかけに、国土交通省が住宅診断を行い履歴を残す仕組みを提言し、社団法人住宅履歴情報蓄積・活用推進協議会が発足するなど、中古市場が整い始めたことを報じている。
 経済産業省が2014年に「第5回リフォームビジネス拡大に向けた勉強会」の資料として配った「住宅・リフォーム業界を巡る現状と社会環境の変化」によれば、住宅着工戸数は1996年から減少し始める一方で、住宅リフォーム市場はリーマンショック以降、増加している。建築業界のヘッドハンティングを行うRFCパートナーズが2021年10月29日に配信した「建築業界動向 高まるリノベーション需要の背景には何があるのか?」によると、2012年に国土交通省が発表した、中古住宅の流通を推進する「中古住宅・リフォームトータルプラン」も、リノベーション市場の需要が拡大したことが背景にある。

住宅リフォーム市場規模の推移。2014年の6.7兆円から、2022年には7.3兆円に増加している。出典:矢野経済研究所

 近年では、リノベーションは住宅購入の選択肢として定着し、それを題材にしたマンガも登場している。2015年から『JOURすてきな主婦たち』(*2021年から誌名を『JOUR』に変更)(双葉社)で連載が始まった『魔法のリノベ』(星崎真紀)がそれで、2022年7月期にフジテレビ系で連続ドラマ化されている。大手ゼネコンから工務店へ転職した真行寺小梅(波瑠)と工務店のダメな2代目、福山玄之介(間宮祥太朗)のコンビが、リノベーション事業に取り組む物語である。
 取り上げられるリノベーションの中に、キッチンのエピソードもある。アイランドキッチンに惹かれて家を買ったものの、キッチンの周りにモノが溢れて困っている顧客。夫は「友人も呼べない」と不満を言い、妻は自分を「ダメ主婦」と謙遜する。しかしこの部屋の問題点は妻の片づけ下手ではなく、アイランドキッチンの周りに収納が少ないこと、そしてドアを開けたらいきなりキッチンというレイアウトだった。そこで真行寺はリビングに通じるドアを設け、キッチンの前にカウンターを作るなどの提案をして、リノベーションを成功させる。

 すっかり定着した「リノベーション」という言葉を広めたのが、1994年に創業し、4年後にリノベーション事業を始めた大阪のアートアンドクラフトである。同社ウェブサイトには「私たちにとってリノベーションとは単なる建築の改修行為ではなく、あらゆる事象に対して視点を変えて新たな価値や文化をつくりだす概念だと考えています」と説明がある。ライフスタイルは多様なのに、分譲マンションも建売住宅も、同じ間取りとキッチンばかり。確かに、高い建築費を出さずに自分に合った住まいを手に入れられるリノベーションはいい方法かもしれない。

 創業者の中谷ノボルさんは、1964年に大阪市で生まれ、ディベロッパーやハウスメーカーの設計士を経て同社を創業した。『大阪 新・長屋暮らしのすすめ』(橋爪紳也編、創元社、2004年)に寄稿した「こうして私は再生にハマッていった」によると、バブル期に自宅として新築マンションの部屋を買ったがなじめずにいた。奥に坪庭がある長屋に魅了され、1994年に手作りのリノベーションで住み替えた経験がある。すると、冬の底冷えは大変だが五感が敏感になる豊かな暮らしが気に入った。巣作りの面白さに目覚めた中谷さんが、無駄なお金をかけずに住み手に合った家を作ろう、と始めたのがリノベーション事業である。

中谷ノボルさんが手がけた物件。まだリノベーションという言葉が一般的でなかった1998年に、中古マンションをコンクリートの箱になるまで解体し、ドアの取っ手ひとつまでこだわるリノベーションを行った“クラフトアパートメント”シリーズ。「クラフトアパートメントvol.1北区同心町」(1998年)。

 同社取締役副社長の松下文子さんは「当時、都心に暮らした後は郊外に庭付きの一戸建てを買う、というのがまだ一般的で、家を買う人は郊外へ流れていました。しかし、中古住宅なら都心でアクティブに住むことができます。一般的な〇LDKではなく、1組1組に合わせた住まいを作ろう、という考え方は当時新しかったと思います。日本の不動産は新しさが評価されがちで、駅から徒歩何分、築何年で表現されますが、数値化できないステキさを持つ住まいはあるはず。新しさや便利さはもちろん良いけれど、多少、築年数が古くても普遍的な魅力を持つ建物に手を入れておおらかに生活できる箱を作りたい、ということが私たちの考え方です」と話す。
 事業を始めた当初は、「ありきたりな家には住みたくない」、という高所得のクリエイターのお客様がすごく多かったです。リノベーションに住宅ローンもつかない時代でした。最近多いのは、1人暮らしの女性。家族で過ごす住まいを作る方ももちろんいらっしゃいますが、子育てだけにフォーカスするのではなく、30~40代のご家族で、『親が楽しい家なら子どもも楽しいはず』と自由な住まい作りを考える方も多いです。大阪市内や那覇市の物件が中心ですが、ここ3~4年は中古物件の価格も高くなってきているので、郊外の大阪・北摂地域や阪神間、沖縄では那覇近隣地域も増えてきています」と松下さん。

キッチンと洗面が横並びになった特徴的なレイアウト。「クラフトアパートメントvol.10 浪速区湊町」(2009年)。

「住まいは供給されるものではなく、自ら考えて作るものである」という同社の立場からだろうか、シンプルなデザインから、カラフル、デコラティブな住まいまで、施主の希望に応じてあらゆるスタイルに対応する。中には「全面ピンクのマリー・アントワネット好きの人のための家」も作った。設計者の「作品」ではなく、住み手に合わせた住まいを作る自負が同社にはある。
 キッチンに関しては、どちらかといえばオーダーの造作キッチンを選ぶ人が多いという。中でも目立つのは、カウンター下を完全にオープンにした、リーズナブルかつおしゃれなキッチン。今は、無印良品やIKEA、ニトリなどさまざまなブランドの収納グッズや棚が充実している。ホームセンターで調達した材料で自作もできる。アンティークショップもある。キッチンの使い方が長年の間に変わっていくことを考えれば、最低限の設備で自由にカスタマイズできたほうが便利かもしれない。

天板の下は、棚などの収納やゴミ箱が自由に組み立てられるようオープンに。また、リビングで身支度ができるようにキッチンの隣に洗面台を設置した。

 設計担当の一森典子さんは、「システムキッチンメーカーさんがよかれと思って作っている多機能がいらないという人も多い印象を受けます」と話す。「以前は私も新築マンションを売る職場にいて、吊戸棚の棚を手動や電動で降ろせる収納なども宣伝していました。確かに一見便利ですが、よく考えると何万円も費用をかけて、本当に使いやすい設備なのかなって疑問になります」と松下さんも同意する。
 吊戸棚に関しては、使わないからいらないとなる顧客が多いという。吊戸棚をなくすと開放感が生まれるのも確かだが、もしかすると、既存のキッチンでは、高過ぎる位置に設置される吊戸棚が多いからかもしれない。
「キッチン自体の大きな流行の変化はたぶんない。ただ最近はモルタルやモールテックスという薄く塗れるのに強度がある左官素材が人気になる傾向は少しあるかもしれません。それと、世間ではオープンキッチンが一般的ですが、私たちの顧客では世間一般より壁付キッチンを選ぶ人は多いと思います。都心だとコンパクトな部屋の場合もあるので、対面にすると、キッチンの手前に冷蔵庫置き場や作業のスペースが必要になり、キッチン全体の奥行きが2メートル余りになります。しかし壁付けなら、600、800ミリ程度で納まりますし、テーブルを作業スペースとして使ったりもできて意外と使い勝手がいい。また、水回りの移動が最低限で済むと、工事費も抑えられます」と松下さん。

既存の家具と合わせ、オーク材のカップボードとモールテックス天板を組み合わせた造作キッチン。青く塗装した壁とオレンジのタイルとも好相性。

 近年、対面キッチンの横にダイニングテーブルをつなげて置く事例もいくつかありました。「当社でブームが来たのは2014年です。自社のモデル物件でその並べ方をやって、『これええやん!』となりました」と松下さんが言えば、一森さんが「当初はキッチンの向かいにテーブルを置くプランにしたのですが、ダイニングテーブルと流し台の幅がぴったり合うこともあり、みんなが吸い寄せられるようにそれがいい、となった気がします。シンクからお皿を出したり引いたりするのが、スムーズだったのもよかったです」と補足する。「シンクとテーブルの間を通路にするには1メートルぐらい必要なので、都心のコンパクトな部屋に住む方で対面キッチンがいいなら、と今でも提案はします」と松下さん。

ステンレスの天板、タイル、集成材を組み合わせたオリジナルの造作キッチン。ダイニングキッチンと幅を合わせてひと続きとなるようにレイアウト。

 同社では最近、老朽化したビルのリノベーションに関する相談が増えているという。和室2部屋を大人向けのワンルームにするなど、現在のニーズに合う賃貸商品に更新していくのである。同社がリノベーション事業を始めた後、1990年代終わり頃から大阪や京都、東京で長屋や古民家の再生が流行し、古い建物の取り壊しが反対運動で立ち消えになることが増えた。やがて、日本各地で古い建物を使ったカフェや書店、雑貨店などが増え、観光客が来る、移住者が増えるなどした町も出てきている。空き家問題がリノベーションである程度解決できれば、同時にライフスタイルに合わせたキッチンや住まいを手に入れやすくなるかもしれない。本来、キッチンの使い勝手は使い手の数だけあるもの。さまざまな「使いやすさ」を追求したキッチンが登場すれば、世の中のトレンドも変化し、暮らしを真剣に考える人も増加するのではないだろうか。ただ、私の体感では関西は料理をマメにする人が多い印象がある。一森さんも「お客様は料理が基本的に好きな方が多いです」と話す。人口が集中する東京の場合はどうなのだろうか? 次は東京でリノベーション事業に携わる会社に行ってみよう。

施設情報

アートアンドクラフト 大阪R不動産
ショールーム
大阪府大阪市西区京町堀1丁目13-24 1F
電話:06-6443-1350
営業時間:10:00〜18:00
定休日:水・日祝休

お問い合わせはこちらから
https://www.a-crafts.co.jp/contact/

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