令和の台所改善運動―キッチン立ち話

第3回「EKREA(エクレア)」

カルチャー|2023.7.5
文= 阿古真理 編集=宮崎謙士(みるきくよむ) 写真提供=エクレア

 理想のキッチンを最も実現しやすそうなのが、オーダーキッチンである。何しろパーツの組み合わせを自由に選べる。以前、業務用機器で名を馳せてきたタニコーのショールームを取材して、「オーダーキッチンなら何でも叶うかもしれない!」と驚いた覚えがある。ほかにもないか探したところ、主に首都圏の顧客に向けて20年来オーダーキッチンを作ってきた「エクレア」ブランドに出合った。

キッチンパーツの提供から始まった オーダーキッチン事業

 オーダーキッチンは高級さが売りのメーカーも多く、一般人には縁がない「出張シェフを呼ぶ」ためのセレブキッチンもあるが、エクレアを選ぶ人は自ら料理する人が多いそうで、売れ筋の標準的な価格帯は300~500万円である。
 私はキッチンの歴史を取材するにあたり、一部の富裕層ではない都会に住む中流の人たちのキッチンを中心に据えることにした。私自身が狭いキッチンに苦労してきたし、特に都会で多数派の一人暮らしの賃貸物件のキッチンが貧弱過ぎる、と令和の台所改善運動を始めているからだ。また、東京はその中にあって、流行が先鋭化しやすい地域である。東京の顧客のためにキッチンを作ってきた会社の人ならば、よりはっきりと流行を感じているのではないだろうか、という期待を胸に今回の取材に伺った。

エクレアのショールームに飾られる展示パネル。自分の好みに合わせて、自由にキッチンを作りあげていくことのできるオーダーキッチンの魅力を物語る。

 エクレアは、会社案内によると「住まい手の安全で快適な暮らしとゆとりあるライフスタイルをサポートする」工務店として1998年に創業した参創ハウテックが、2002年に東京・茗荷谷にショールームを作って本格販売を始めたキッチンのブランドである。エクレア事業部長の塩田直子さんは、「お客様や設計士の方から、シンクなどのキッチンパーツについてお問い合わせをいただくことが多く、2000年に必要なパーツを提供し始めました。台は大工さんに作ってもらい、カウンターやシンクを提供するうち、『キッチン自体も欲しい』という声が寄せられるようになり、オーダーキッチン事業を始めました」と話す。

2002年にショールームをオープンした際に展示していたステンレス製のキッチン。
ショールームを案内する塩田直子さん(左)と筆者。食器、食品、家電など、キッチンにあるさまざまな物の見せ方やしまい方の提案も行っている。

デザインが重視されるようになったのは、 アイランドキッチンの人気にも理由がある

 当初は、オーダーキッチンについて打ち合わせをする相手は設計士だった。しかし、10年ぐらい前から、施主と直接打ち合わせることが多くなる。「そのきっかけとなった大きなトレンドが、15~16年前から人気になったアイランドキッチンです」と塩田さん。いろいろと伺っていくと、アイランドキッチンの流行は、キッチンのあらゆる点を変えていったことが判明した。
 まず、デザイン面。「アイランドキッチンは、部屋のあらゆるところから見えるので、設備っぽいデザインだと気になってしまう。それでオーダーで求める方が増えたのではないでしょうか」と塩田さん。

2005年、2008年にショールームをリニューアル。メインで展示されたアイランドキッチンは人気を博した。

 デザインが重視されるのは、ここ10年でSNSが浸透し、素敵なキッチンの情報が一気に増えたことも大きいと塩田さんはいう。「以前は雑誌を持ってきて『こんな感じ』と相談されることが多かったのですが、今はお客様がお持ちになる画像資料のほとんどが、インスタです。しかも、皆さん海外の画像を持ってくる。日本に欲しいキッチンはないのかな、と思います。システムキッチンメーカーを5、6社回ったけど、欲しいのが全然なかったとおっしゃる方が目立ちますね。その方たちが欲しいのは、別に特別なキッチンではなく、シンプルで洗練され、空間に合っているという普通のものなんですよ。電動で動くといった高機能なものはいらない、という人もいるのかなと思います」と塩田さん。
 オーダーキッチンを選ぶのは、要望が細かい、あるいはリノベなどで空間に制約があり、ミリ単位の設定が必要な人かと思っていたが、実はそういうケースは最近減っているそうで、「逆に『ミリ単位で決めないといけないの?』というお客様が多いです。サイズより、必要な設備、形状、素材を自由に選びたいようです」と塩田さんは言う。

2012年のショールームリニューアルから現在に至るまで人気のあるI型キッチン。背面収納を備え、使いやすくしまいやすい、その実用性が魅力。

 確かに、サイズ以外にも自分らしい暮らしを求める要素はたくさんある。暮らしのイメージを、よりはっきり持つ人が増えたのかもしれない。あるいは、ライフスタイルの多様化に、効率を重視せざるを得ないシステムキッチンメーカーがついていけなくなっているのか。日本のシステムキッチンは、他メーカーのパーツを選べないなど本場ヨーロッパに比べて制約が大きい、とはよく言われる問題である。
 デザイン面で言うと、色の好みもある。2000年頃は赤色の扉が流行ったが、最近は黒系の扉や水栓が登場して流行しているという。欧米のキッチンに憧れる、というと黄色やブルーなど、もっとカラフルなイメージがあったが、意外とシンプル。もともと東京は、ファッションの好みもモノトーン系が中心で地味な傾向があるので、そうした土地柄もあるかもしれない。長年使っても飽きないように、と無難な色を選ぶ人も多いだろう。「皆さん、インテリアのセンスはすごくよくなっていると思います。北欧と和をミックスしたスタイルも人気です」と塩田さん。

北欧と和のテイストをミックスしたアースカラーのキッチン。日本の住宅事情に合わせ、小間口ながら収納量を確保しつつ、シンクはオープンスペース側に、コンロは壁側へ配置した実用的なプラン。

 ワークトップ(天板)の素材は、昔は6割の人がステンレスを選んだが、最近は新しく出てきたクォーツストーン(粉砕した水晶を樹脂で結合した人造石)が、質感や立体感、手触りがよいと人気が高く、半数を占めるほどになった。傷つきにくくお手入れしやすいこともポイントだ。ただし固いため、食器を落とすと割れやすい。
 アイランドキッチンの最大の魅力は、台所の担い手が作業中も孤立しにくいこと。
  1980年代から流行が始まり1990年代に市場を席捲した対面式カウンターキッチンも、アイランドほど空間が広くなくても入れられる、片方が壁付けのペニンシュラキッチンも、作業中にリビングダイニングを向くことができる。それは、家事シェアを促すレイアウトでもある。塩田さんは「独立型だと、キッチンにいる人が必然的に全部やらなければならなくなりますが、オープンだと横切った人が、何となく大変そう、と手伝ったりできます」と言う。
 最近はテーブルをキッチンの横に置くレイアウトも増えた。「10年ほど前の雑誌の特集が、流行のきっかけではないでしょうか」と塩田さん。この流行には、作ることと食べることをつなげ料理回り全般をシェアしやすくなることに加え、スペースの節約という意味もある。オープンキッチンの場合、背面に家電や食器を収納する棚を設けることも多く、キッチンが大きくなる分、リビングダイニングのスペースが狭くなりやすい。

L型のキッチンからダイニングテーブルが一体につながるプラン。コンクリート調のクォーツカウンターとグレーの扉材でコーディネートされており、インテリアにも馴染む。

「見られる」「見える」ことへの配慮から 食洗機やパントリーが一般的に

 設備面でも変化があった。「昔は食洗機を入れるのは罪悪感がある、という人が多かったのですが、今は食洗機ありきで話が進むことが多く、ほとんどの方が入れます」と塩田さんがおっしゃるので、共働きが増えたからかと思っていたら、実はそれだけでなく「オープンキッチンで、シンクに食器を置きっぱなしにすると美しくないので、とりあえず食器を入れられるよさもあって、10年ぐらい前からほぼ食洗機を入れるようになりました」と塩田さん。食洗機にも流行があり、かつてはヨーロッパ製は乾きがよくないから国産が一番、と考える顧客が多かったが、国産品はビルトインタイプが上から食器を入れるタイプ一辺倒になって入れにくいから、と収納力があるヨーロッパ製を求める人も多いらしい。最近のヨーロッパ製は乾きもよくなったそう。ちなみに、近年はリンナイがヨーロッパ製と同じフロントオープンタイプの食洗機をまた作り始めている。

 また、オープンキッチンにし袋戸棚もなくす、となると収納力が弱くなるので、隠す収納としてパントリーを設ける人が増えたという。家電類もパントリーに入れてしまえば生活感が丸出しにならずに済む。ゴミ箱置き場については、シンク下に扉をつけずゴミ箱置き場にする人が増えたという。壁付けのダイニングキッチンは、シンク下がオープンだと丸見えになるが、ダイニング側を向いたアイランドキッチンは、逆にシンク下が見えないということもあるのだろうか。シンク下の湿気を気にする人もいる。
 このように、オーダーキッチンの世界を通して、アイランドキッチンの流行が、リビングやダイニングから「見える」という一点のために、キッチンのあり方を大きく変え始めたことがわかった。もしかすると、戦後のキッチンの革命的変化は、第1回のUR都市機構の記事で紹介したダイニングキッチンの登場、第2回のクリナップとシステムキッチンの登場に続いて、アイランドキッチンの流行にあったと言えるかもしれない。

エクレアのショールームでは、実際の生活空間に近いかたちでオーダーキッチンに触れることができる。現在は、写真のカウンターにクォーツを採用したアイランドキッチンのほか、水栓や各種パーツの展示なども行っている。

ショールーム情報
エクレア ショールーム
東京都文京区大塚3-1-10
ラ・ネージュ小石川1F
Tel. 03-5940-4450
営業時間:11:00〜17:00
定休日:水曜日・祝日・第3・5日曜日

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