『福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧』 千葉市美術館

アート|2021.11.30
坂本裕子(アートライター)

日本美術を読み解く愉しみ、
現代美術に触れる楽しみ

いま、千葉市美術館で福田美蘭の大規模個展が開催中だ。

 大学卒業後、新人洋画家の登竜門とされる安井賞を最年少で受賞、以後、独自の作風を展開させながら国内外で活躍する現代美術家・福田美蘭が一貫してこだわっているのが、「絵画」の新しい可能性と「みる」ことへの問いかけである。

身近な日常の素材や、多くの人が見慣れた事物をモチーフにしながら構成される画面は、どこか非日常的な要素をはらみ、わたしたちに視覚的な衝撃を与えるとともに、「あたりまえ」と思っていた固定概念に揺さぶりをかける。

そこには、福田の、二次元の絵画ができることへのあくなき追求と、多くの鑑賞者へのアプローチの模索、そして固定化されているかに見える社会や制度、ものごとのとらえ方への批判的なまなざしがある。

1990年代に入ると、福田は誰もがよく知る東西の名品といわれる美術作品を独自の視点で改変し、イメージを拡げる作品を多く生み出すようになった。
 それらは、元となる絵に描き加える、あるいは変形させることであったり、タイトルからまったく異なる図像にしてみたり、拡大してみたり、異なる素材や技法を使ったり、とさまざまな手法が駆使される。

特に近年は日本美術をもとにした作品も多く発表されているが、本展では、千葉市美術館の浮世絵を含む日本美術のコレクションから、作家自身が選んだ美術をきっかけに新たに創作された新作16点を中心に、1996年から2021年までの作品38点が紹介される。

同館の企画展示室をフルに活用した内容は、2013年の東京都美術館における個展以来の大規模なもの。
 菱川師宣、鈴木春信から、葛飾北斎、月岡芳年、曾我蕭白に鈴木其一まで、その発想源となった同館コレクションも同時に並ぶ。
 展示もさまざまなしつらえで見せ方の工夫が凝らされて、コラボレーションがみごとに共鳴する空間になっている。
 その中で、福田の作品は、だまし絵や、描き表装、3D画像など、過去から現在までの多様な技法を使い、「視覚」への意識をうながしていく。

第一会場展示風景から
作品に合わせて展示方法も大胆な工夫がなされている。一つ一つに付された作家本人の解説とともに楽しもう。
福田美蘭《見返り美人 鏡面群像図》パネルにアクリル絵具 2016年 平塚市美術館蔵
切手にもなっている菱川師宣の《見返り美人図》に、福田は「当時流行の装いをしながらも実在しない女性像の理想形」を見いだし、金地の無背景を6枚の鏡面に見立てて、そこに映る像を描いた。永遠の理想美を象徴していた美女は、肉体というボリューム感を獲得して、画面の中でくるくると舞っているかのようだ。見慣れた図が二次元であることを改めて感じさせ、象徴としてのあり方が解体されてゆく。

すべての作品解説が作家本人のことばでつづられているのも注目だ。
 決して声高ではなく、淡々としていながらも、作品に至る過程や作品に込めた意図が丁寧に語られる。
 それは、もとの作品についても、福田の作品についても「どうみるべきか」ではなく、彼女がどんなところに惹かれたのか、そこからどんなヴィジョンを紡いだのか、に終始する。
 だからわたしたちも改めて作品をみなおすきっかけをもらい、新しい魅力に気づかされる。
 さらには、従来の「あたり前」と思っていた認識への問いかけの契機をももらう。
 「鑑賞」も「解釈」も「想像」も固定されたものではないのだと。

菱川師宣《酒呑童子 褒賞》大判墨摺筆彩 延宝(1673ー81)末期 千葉市美術館蔵
鬼退治で知られる「酒呑童子」の物語のシーンを墨摺に着色した組物の一枚。右下の刻版から少なくとも19図あることが知られている。こちらは源頼光らが退治した鬼の首を摂政・関白らが実見し、恩賞を下している最終図。
福田美蘭《大江山の酒吞童子退治》パネルにアクリル絵具 2019年
上記の一枚に注目した福田は、唯一全図を所蔵するハンブルク美術工芸博物館のデータにあたり、大江山へ鬼退治に向かう10枚の摺物から大きな一枚の画を構成した。墨摺を踏襲したモノクロームの画面は声や音が聞こえてきそうなほど躍動感にあふれ、元図にはないあら筋の詞書の文字の配列もそれをより高めている。実際に拡大して描き写すことで、原図の持つ人々や鬼たちの顔立ちや表情、生き生きとした力強さなどの魅力を実感したそうだ。中央⑥の巨大な鬼の頭の角は、福田の連想から描き加えられた。
福田美蘭《青楼七小町 玉屋内花紫 見立て花びら餅》(展示から)
喜多川歌麿の代表的な美人大首絵「青楼七小町」にも福田のまなざしは、当時最先端の髪型に花びら餅というかわいく楽しい要素を見いだす。「見立」という江戸時代にさかんに行われた遊び心は、ネガポジ反転という現代ならではの制作方法で表される。花びら餅の見本とともに、なにやら幸せな気持ちになってくる。

同時に、福田がいかに丁寧に対象とした作品をみているか、いかにその作品が成立した時代や描かれている世界、その技法などについて調べたのか、そしていかに自由で豊かな発想に基づいているのかを読み取れるだろう。
 その眼、リサーチの入念さ、あざやかな展開には、圧倒されると同時に、それぞれの作品について、彼女が何を踏襲し、何を新たに創造したのかを楽しい驚きとともに味わえる。

伊藤若冲《雷神図》紙本墨画 宝暦・明和期(1751ー72)頃 千葉市美術館蔵
わんぱく小僧のような雷神がさかさまに。落ちているのか、逆立ちして宙に浮いているのか……。力強くも軽やかで楽しい水墨画は人気の若冲によるもの。江戸時代に大津周辺で流行した「大津絵」の画題を参照したものとされる。安価で旅人の土産品として人気を博し、大量生産された大津絵は、元祖「へたうま」としていま再注目されている。
福田美蘭《大津絵−雷公》パネルにアクリル絵具 2014年 群馬県立館林美術館蔵
大津絵の自由で素朴な造形にあやかりたい、と福田も定番の図柄「雷公」に倣い、叩いていた太鼓を落とし、雲の上から乗り出して、錨をつけたひもで必死に吊り上げようとする姿を描いた。ここでは、なんとか釣り上げた太鼓を膝に抱えて一安心するまでの経過が、日本画の特徴的な描法である「異時同図法」で一枚の中に収められている。波間にただよう太鼓を追う雷公の形相が笑みを誘う。

何よりもすばらしいのは、そこから改めて作品をみなおしたくなること、作品を身近に感じられることだ。

通常、作家は引用される図はできるだけ本人の作品の中に溶け込ませるものだが、彼女は敢えてその「本歌」ともいえる、元の作品を明示する。
 わたしたちは、自身の記憶の中にある、あるいはよく知られる言説の中で、元のイメージを喚起させ、その時の体験の記憶とともに福田の作品に向かい合うことになる。
 その差異や違和感、みているつもりで見過ごしていたものへの気づきが、楽しく、発見に満ちたアプローチになるのだ。

第二会場展示風景から
福田による、水墨画の名品をモチーフにした作品。左は雪舟の代表作から、 右は宋代の《四季山水図》から生み出された。名品を「名品」という意識で漫然とみていた自分に改めて気づかされ、作品へのアプローチの可能性や楽しさが広がる。失われた春景図の連想を加え、原寸大に出力したプリントを活用した《四季山水図》(高松市美術館蔵)は、ぜひ少し下からのぞいてみて。季節を感じさせる「隠し」が見つかるはず。
左:曾我蕭白《獅子虎図屏風》紙本墨画2曲1双 宝暦期(1751ー64)頃 千葉市美術館蔵
右:月岡芳年《雪月花の内 雪(岩倉の宗玄 尾上梅幸)、月(毛剃九右衛門 市川三升)、花(御所五郎蔵 市川左団次)》 千葉市美術館蔵(ともに展示から)
この2作から創られた福田の作品はおすすめ。唐獅子とは対として描かれる蝶とそれを追う(はずの)獅子の表情に注目。思いもかけない発想から、原画も楽しく愛おしいものにみえてくる。芳年が歌舞伎役者に雪月花を見立てた作品は、現代の雪月花へと変換される。わたしたちにも身近なイメージが巧みに使用され、浮世絵が持つ江戸時代の現代性と呼応する。ぜひ会場で!

そこに福田の現代性が活きてくる。

 絵画という二次元の平面が持つ可能性には、「オリジナリティ」という神話に対する疑義を呈示する。 
 社会も人間もコミュニケーションのかたちも多様化する現代において、その受容のかたちもさまざまに変わっていることに注目した福田が選んだのが、現代ならではの多様な技法や素材も使いつつ、版画などの複製芸術も含めた「名画」を新たな枠組みで解釈してみせることだ。

こうした多くの鑑賞者へのアプローチとして、よく知られた作品を元にすることはもちろん、現代美術家にはめずらしく解説も付与する。
 また、その「場」との共鳴を重視する。作品が置かれる空間だけではなく、描かれた風景や情景も含め、人々が共有する記憶や歴史という時間を織り込んで、それを自身の表現で異化してみせる。

さらに、現代芸術家として、時代や社会の出来事を作品のテーマに、同じ時代を生きるわたしたちにメッセージする。
 そのメッセージは、とても鋭く繊細だ。

左:鳥居清倍《二代目市川団十郎の虎退治》大々判丹絵 正徳3年(1713)頃 千葉市美術館蔵
右:福田美蘭《二代目市川団十郎の虎退治》パネルにアクリル絵具 2020年
芝居絵で知られる鳥居清倍(きよます)の力あふれる虎退治の図には、感染拡大が止まらない新型コロナウイルスとの攻防が重ねられる。鳥居派の独自描法である「瓢箪足蚯蚓描(ひょうたんあしみみずがき)」と丹絵の特徴を活かし、感染症の撲滅ではなく、共生、共存のヴィジョンに仕立てた。
右:月岡芳年《風俗三十二相 けむさう 享和年間内室之風俗》大判錦絵 明治21年(1888) 千葉市美術館蔵
左:福田美蘭《風俗三十二相 けむさう 享和年間内室之風俗》印刷物にアクリル絵具、ミクストメディア 2020年
芳年の晩年の代表作のひとつである、女性のさまざまなシーンにおける表情をとらえた「風俗三十二相」のうち、煙を厭う美人がえがかれた「けむさう」(煙そう)。芳年の師・国芳ゆずりの反骨精神に寄せて福田が制作した作品は、煙に注目! オリンピックの東京招致が決まってから、このマークに象徴される威圧感など、複数の人が感じている「なんとなくいやだな」という心情を表している。思わずうなずいてしまう、楽しくも皮肉な一作。

ユーモアあり、ウィットあり、シニカルであり、切なくもある福田の作品は、元とする作品への限りない敬意と真摯さから発し、大きな想像/創造を経て、既存の価値観への鋭い問いかけになっている。

ときには、「うんうん」とうなずき、ときには「プッ」と吹き出してしまうような楽しい空間の中で、気づくとその重層的な問いかけに向かい合っている自分を発見するだろう。
 日本美術はハードルが高いと思っている人にも、現代アートはわからないと感じている人にも、嬉しい体験が待っているはず。
 現代ならではの絵画鑑賞の愉しみをぜひ。

福田美蘭《十三代目市川団十郎白猿襲名披露口上》パネルにアクリル絵具 2021年(展示から)
会場の最後に見送ってくれるのは、疫病退散の祈りがこもっているとされる「にらみ」を代々伝えてきた歌舞伎の市川團十郎にちなんだ福田のコロナ終息の祈り。江戸時代の「疱瘡絵」に倣い、魔除けの赤と、市川一門の裃の柿色に込められる荒事の超人的な力を視覚化した。その「にらみ」を切り取った護符も用意され、持ち帰ることができる。

展覧会概要

『福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧』 千葉市美術館

新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に美術館ホームページでご確認ください。

会  期:2021年10月2日(土)~12月19日(日)
開館時間:10:00-18:00 金・土曜日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休 館 日:12月6日(月)
入 館 料:一般1,200円、大学生700円
     小・中学生、高校生無料、障害者手帳提示者とその介護者1名は無料
      ※ナイトミュージアム割引:金・土曜日の18:00以降は観覧料半額
     本展チケットで5階常設展示室「千葉市美術館コレクション選」も観覧可能
問 合 せ:043-221-2311(代表)

展覧会サイト https://www.ccma-net.jp

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