芹沢銈介 美しき日本の色と形を求めて

アート|2021.10.11

型絵染の人間国宝・芹沢銈介は、「染色で日本のくらしをつくった人」といえる先駆的なデザイナーだ。生涯の師である柳宗悦が進めた民藝運動に共鳴し、新鮮で高い品格がある模様の染物を膨大に生み出し、日本を斬新な意匠で彩った。
常に好奇心に満ちあふれていた芹沢は、漂泊にあこがれ、日本各地を旅して回った。
「僕の夢はネ、コモを背負ってネ、ズタ袋を背負って、いろんな仕事の道具をみいんな入れてネ、ほうぼう旅してまわりたい」と最晩年まで一人で旅に出たいと語っていた。

「沖縄は全く私の竜宮です」
 昭和14年(1939)、柳宗悦ら民藝協会の一行と、はじめて沖縄を旅した芹沢は、目に映る沖縄の風物やくらしに感嘆しどおしだった。毎日描き続けた大量のスケッチから、帰京後に傑作が次々と生まれた。この沖縄の旅は、芹沢の88年にわたる人生の中でも格別の体験となった。

右:沖縄笠団扇文部屋着 1960年 麻に型染
左:芭蕉文着物 1961年 麻に型染

芹沢は型絵染の作業をすべて一人で行った。見て感じたものをスケッチしておき、構図をまとめると、下絵を描く。それを型に起こして彫る。型を生地の上に置き、糊でならし、色付けする。
「どんどん染物を染めていって、自分というものなどは、品物のかげにかくれてしまうような仕事をしたい」

ポップアートのように、独創的で躍動している「文字文」の意匠を見てほしい。これらは芹沢が60代頃からさかんに制作した作品群だ。日本語の漢字、ひらがな、カタカナを絵画的にその意味まで見事に表現している。
「風の字」のれんは、昭和51年(1976)から翌年にかけてパリのフランス国立グラン・パレ美術館で開催された「Serizawa」展でポスターの意匠になり、パリのいたるところで「風」の字が人々の注目を集めた。
 「デザインは流動するものだ」と話した芹沢は当時81歳、まさに風のごとく颯爽と人生を駆け抜けたモダン・ボーイの面目躍如となった。


静岡市立芹沢銈介美術館 開館40周年記念展~秋編~
特別展「芹沢銈介の日本」 2021年12月12日まで開催中。

別冊太陽『芹沢銈介の日本』


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