第3回 木工藝作家・須田賢司
木工藝の歴史をひもとき、未来へ継承する

カルチャー|2022.12.27
文=新川貴詩 写真=濱田晋
PR:セイコーウオッチ株式会社

 圧倒的なハンドワークで腕時計の中に新しい美を追求してきた〈クレドール〉。web太陽は、〈クレドール〉が掲げるブランドコンセプト「Allure of Luxury」をテーマに、日本が世界に誇る“工芸”に注目した。
日々、素材と向き合い、手を働かせ、究極の“贅”を生み出す日本の匠たちを取材し、彼らにその創作技術や作品のルーツについて話をうかがった。
 第3回は“清雅”を標(しるべ)に精緻な木工藝作品を手がけ、さらに未開だった木工の歴史を編纂し、学術的価値を見出した人間国宝・須田賢司氏にインタビュー。幼い頃から身近だった木工への思い、創作技術の後世への継承について聞いた。

木工の命、材木を補完できる理想の場所を求めて

 住み慣れた東京を離れたのは、木工藝作家の須田賢司が30代後半の時である。そして、群馬県の高崎にほど近い甘楽(かんら)町に移り住んで今年でちょうど30年の節目を迎えた。

必要なものがすぐ手に取れるように、作業台の後ろにはずらりと道具が並ぶ。道具を作る職人も減ってきて、今ある物はどれも替えの利かない道具だという。

 だが、きょとんとした顔つきで須田は語る。
「いやあ、質問されるまで今年で30年とは気づきませんでした。子どもが4歳の時だったことは覚えてますけど、あっという間でしたね。ただ、30代のうちに移住したいと思ったことは覚えています」

 東京の仕事場には木を置く場所がない──当時の須田はそんな不満を抱えていた。かつての材木屋は顧客のニーズや好みをよく把握し、各地から木を取り寄せては求めに備えていた。祖父や父が仕事をしていた日本橋から隅田川をはさんだ深川には木場があり、数多くの材木関係の業者で賑わっていた。

須田桑翆(そうすい)(1976年撮影)。須田は木工芸作家だった父・桑翆の仕事場を唯一の遊び場とし、その手先だけを見て育ったという。

「ですから自分の倉庫がなくても、材木屋が倉庫代わりだったんです。でも、もはやそのような材木屋は存在しなくなった。すでに私が高校生の頃には父親が信頼していた深川の材木屋もなくなりましたから」

繊細な調整が必要となる須田の作品作りには、手鉋(てがんな)による削りが重要だという。「自分の意図した箇所を意図したように削れる鉋が欠かせないんです」

 そこで須田は広い仕事場と木材倉庫を求め、東京を去ろうと考えた。というのも、数々の材木を自分で持つことは木工家の第一歩だ、というのが須田の持論だからである。

「自分が気に入った木を用意しておきたいんです。使い道を決めていなくても持っていたい。材木は10年、20年、いやもっと長い間、寝かせる場合もあるんですよ」

 須田は今年、テーブルを仕立てた。35年前に手に入れた木が、ようやく陽の目を見たのである。

「ワインと同じ。安物のワインは寝かせてもただ古くなるだけですけど、いいワインだと風味が増す。木も寝かせることで味わいが深まる。酸化して色が変わって、なんともいえない趣(おもむき)となるんですよ」

楓拭漆鋲装長手箱「五大陸」 W27×D9.6×H8.5
写真:田中俊司

自身のルーツを振り返ることが、
木工の歴史を考えるきっかけに

 代々木工を手がける父方と、蒔絵の作家だった母方との間に須田は生まれた。そして2014年、重要無形文化財「木工芸」保持者となった。つまり、人間国宝である。

「誤解している人が多いようですが、人間国宝の方で代々作家の家に生まれた人はむしろ少ない。他の仕事から転職した人もいますし、普通の家庭で生まれ育ち大学で学んだ人も多くいます。でも私は気が付けば自然にこの世界に入っていた。工芸を目指したきっかけがとくにないんですよ」

材木の端に当て、一定の寸法を取る道具罫引。材木の寸法が創作の要となるため、須田は罫引自体を自身の手で作るという。

 須田には著書『木工藝 ––清雅を標に』(里文出版)がある。前半は自身の作品をはじめ、父や祖父、祖母らによる作品を紹介するが、後半はがらりと様相を変える。太古から現代に至る日本の木工藝の歴史を整理整頓し、自身と家系の仕事と作品を歴史の中に位置づける。自らの移住30周年に無頓着なのは、歴史の観点からは些細なことだからなのかもしれない。ではなぜ、須田は歴史に目を向けるのか?

「はっきりとしたきっかけがなかったぶん、なぜ自分が木工藝の仕事をしているのか、つねに自分に問うているからです。その意識化と言語化をちゃんとしておきたい」

木工藝の歴史を体系化することで
技術・文化を後世へ継承していく

 また、歴史に関心を寄せるのは日本の工芸を取り巻く状況への疑問によるところも大きい。

「陶芸と金工、染色、漆芸、この4つが日本の工芸の代表選手みたいに扱われていますが、それは明治時代に日本の博物館がこの4つに分類したから。よって、この4つは学ぶ場所がある。美術大学や研修所など各種の教育施設がある。でも、これら以外の工芸分野は教育機会がありません。つまり、木工藝は学べるところがないんです。
 しかも美術大学では陶芸史や金工史などの講義はあっても木工藝史はありません。ですから、木工藝に携わる人の中にも歴史について無知な人もいる。でも、歴史を知るべき。だから、木工藝史を手がける研究者がいないなら自分で調べ、伝えるしかないんですよ」

須田のもとに研修に来た、木工藝作家の課題として出された枡。写真は須田が作成したもの。釘などは一切使わず、材木同士がうまく組み合わさるように設計されている。

 このように、状況への批判に終始せず、須田は自らの手で歴史を繙くのである。また、この眼差しは後継者への指導にも向けられる。人間国宝として、若い木工藝作家の卵たちに技法の指導を須田は行う。文化庁の事業だがカリキュラム編成も自ら手がけ、シラバスも用意するほどで、担当者に「そんなことをする方は他にいません」と驚かれたほどの熱心ぶりだ。

シンプルでありながら優美
漆黒の漆ダイヤルに
日本の美意識と技術を感じる逸品

「シンプルだけど、品がある。文字盤の細かい部分まで手が込んでいて頭が下がります。私の作品の箱に入れてもとてもマッチすると思います」

 そんな須田の目に、〈クレドール〉はどう映るのか。「アートピースコレクション」の「漆ダイヤル限定モデル」を手にした須田がまず目をとめたのはどこか?

「薄い時計が好きなので、この薄さがいいですね。それに黒と金の組み合わせはゴージャスでありながらエレガント。文字盤の高蒔絵の盛り上がりの感じもいいですね」

 セイコーには機械式時計の技能や技術の伝承のため、社内マイスター制度がある。だが、自社向けのみならず、広く日本の時計産業の未来に向け、機械式時計士の育成事業にも取り組む。このように、歴史と技術を重んじ、未来を拓こうとする点において、須田賢司と〈クレドール〉の仕事観は底のあたりで通じ合う。


<クレドール>
アートピース コレクション
漆ダイヤル限定モデル
加賀蒔絵の達人、田村一舟氏によって丁寧に作り込まれた漆ダイヤルが、シンプルでありながら優美さを放つ。ケースには、U.T.D.(ウルトラ シン ドレス)と呼ばれるキャリバー6870の特徴を生かした薄型構造を採用。厚さ5.6mmと、ドレスウォッチらしいエレガントな仕上がりとなっている。

GBAQ956
メカニカル(手巻)
18Kイエローゴールドケース・クロコダイルストラップ(黒)
2,860,000円(税込)
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