第1回 陶芸家・神農しんのういわお
宋代の青磁に憧れ、
追い求めた先にあった
独創的な陶芸

アート|2022.10.28
文=新川貴詩 写真=濱田晋
PR:セイコーウオッチ株式会社

 圧倒的なハンドワークで腕時計の中に新しい美を追求してきた<クレドール>。web太陽は、<クレドール>が掲げるブランドコンセプト『Allure of Luxury』をテーマに、日本が世界に誇る“工芸”に注目した。
 日々、素材と向き合い、手を働かせ、究極の“贅”を生み出す日本の匠たちを取材し、彼らにその創作技術や作品のルーツについて話をうかがった。

 第1回は青磁に魅せられ、独創的な青の世界を生み出す陶芸家の神農巌氏が、その作品づくりの背景を語る。

琵琶湖のほとりで生まれる
イマジネーション

自宅兼アトリエから見える琵琶湖の風景。天候や季節などで日々変わる琵琶湖の色彩が神農の創作に大きな影響を与えてきた。

 滋賀県大津市、琵琶湖の近くに神農巌の仕事場と住まいがある。
 京都で生まれ、京都で陶磁を学んだ神農は、なぜこの地を選んだのか。湖を眺めながら、ゆったりと彼は語る。

「ここには、自分が求める色があるからです。晴れると真っ青になり、時にはモスグリーンにもなる。空の青と湖の碧が、自分の求める青磁の色合いと重なるんですよ」

 神農が主に手がけるのは青磁と白磁である。幼い頃から絵が好きで、美術系大学への入学を望んだものの、父親がまったく首を縦に振らない。しぶしぶ入った大学で友人に誘われて陶芸の部活を始めた。講義にはまったく身が入らないが、陶芸には夢中になった。日本各地の焼きものの産地で合宿をするうち、器づくりに次第にのめり込んでいく。山口で萩焼の工房を訪ねた際には、卒業後に仕事として陶芸に取り組もうかと考え始めたほどだ。

「おだやかな風景にふさわしい、とても素朴な器でしてね。陶工さんも素朴で朴訥な感じが素敵で。そんなさまに接して、まだぼんやりとですが、陶芸を仕事にするのも悪くないなと思いましたね」

中国・宋代の
青磁の青を目指して

アトリエの棚には、窯で素焼きした制作中の作品が整然と並べられている。

 そんな折、転機となる大きな出合いが神農に訪れる。
 京都国立博物館で「安宅コレクション 東洋陶磁展」(1978年)を見た時である。展示されていた青磁に衝撃を受けたのだ。中国の宋代の汝官窯(じょかんよう)や韓国の高麗時代の青磁に、すっかり心を奪われた。

「もう声も出なかった。言いようのない感動が体全体に走りましたね」

 そして大学を卒業した後、京都市立工業試験場や京都府立陶工職業訓練校で改めて基礎から陶磁を学ぶ。

「その頃、安宅コレクションで見た青磁の模作もしましたね。薬剤師みたいに釉薬の原料を組み合わせて似たような色に調合するんですよ。それで窯から焼き上がったものを出すと『来たで来たで、来た〜』って」
 
 すぐさま、安宅コレクションが収蔵された大阪市立東洋陶磁美術館に足を運び、模作と展示品を見比べる。

「模作はもう全然、ダメ。色はくすんでるし、鮮やかさも深みもない。自分の記憶と実物とは大違いもいいところ。悔しいからもう一度模作して『今度こそは近づいた』と思ったのに、また違っていて、それが何度も続いて滅入りましたね。そもそも当時と今とでは陶工の精神性が違いますし、物理的に原料も今では手に入らない。それならば、現代にふさわしい“神農青磁”をつくろうと頭を切り替えました。すると楽になりましたね」

自宅ギャラリーの一角に飾られている『祈り』という作品シリーズ。観音様をイメージした柔らかな曲線の青磁モニュメントを中心に、白磁の香炉が左右に並ぶ。

自分なりの創作を突き詰めた
先にある、気づき

 試験場や職業訓練校を終えた後は、就職した窯元で陶芸に取り組み続ける。5年を経て、やがて独立。オリジナリティを求めるうち、磁土をやわらかな泥状態にした泥漿(でいしょう)を筆で塗り重ねて装飾を施す「堆磁(ついじ)」という独自の技法を生み出すに至った。だが、神農はみずからの作品制作に満足したことはない。

「つねに新しいことに取り組みたいからです」

香炉には接着剤を使わず、陶器一枚一枚を研磨し、接地面をなめらかにして、泥漿を塗り焼成することで接着していく。

 たとえば、「祈り」と題する白磁の香炉。これまでの磁器づくりとは異なる土をあえて選んでみた。さらに、釉薬を使わずに仕上げた。

「無釉だからこそのシャープな線が出せるし、表現の域が広がりましたね」

 この作品を着想したのは、自身の母親が亡くなったことと東日本大震災が重なった時期である。

「人が祈る場面にたびたび出くわしました。ですから手を合わせるイメージがまずあって、それを蓮の形にしてみようと思いました。蓮は浄土の花でもありますから。そして実際につくってみると、蓮は手を合わせた形なんだと気づいて自分でもびっくりしました」

人が祈る手から着想を得た『祈り』シリーズの香炉。釉薬を使わずに作られた無垢な白い陶器からは、祈りという名の通りシンとした静かな時間が感じられる。

磁器ならではの
こだわりの色合いを実感

 そんな制作活動を続ける神農は、<クレドール>をどう見るか。セイコーの創業140周年記念モデルである「叡智Ⅱ」を手にした神農は、文字盤の瑠璃色に着目した。

光の強さによって色味が変わる深い瑠璃色の盤面に、「こういう見え方は磁器ならではでいいですね」と神農。<クレドール>の手仕事は、匠の目にも魅力的に映った。

「群青というか、静かな、あたかも深海のような深い藍が特徴的ですね。これはペイントではできません。釉薬をかけて焼くことでしか実現できない色合いにこだわりを感じます。時計は精密機械で、工芸とは分野こそ違いますが、手仕事という点では共通すると思います」

時計として余計なものを削ぎ落とした洗練された「叡智Ⅱ」のデザインには、日本人としての美意識の追求が感じられる。

さらに付け加えれば、伝統的な技法に敬意を抱きつつ、新しい表現を切り拓いていく点においても、神農巌と<クレドール>は共通する。


<クレドール>
マスターピースコレクション
叡智Ⅱ 瑠璃青ダイヤルモデル
<クレドール>が長年にわたり培ってきた高度な技能と先進技術、日本人の感性に訴える繊細な美しさを融合した、「究極のシンプル」を体現したマスターピース。磁器ダイヤルは表面の釉薬を高温で焼成するため、溶けたガラスの表面張力で自然に表面がカーブし、手作りの風合いが楽しめる。

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