『有職植物図鑑』刊行記念 著者インタビュー

カルチャー|2022.12.1
八條忠基

今年の夏まで「WEB太陽」で連載された「有職覚え書き」で好評だった有職植物の解説が、大幅に書下ろしを加えて『有職植物図鑑』として一冊になり、発売されました。
その著者である八條忠基(はちじょうただもと)先生に、本書の特色についてとっておきのお話をしていただきます。

——まずは、書名の「有職植物」について、本書の巻頭言で先生は「千年前の祖先たちが見た植物を、いまを生きる私たちが見ることができるというのも、また素敵なことです」と綴っておられますね。

八條 そうですね。『有職故実(ゆうそくこじつ)』というのは平安時代以来の貴族社会の約束事のことですけど、植物というのはこの有職故実に深く関わっています。わかりやすいものでは3月3日は桃の節供で、5月5日の端午の節供は菖蒲を飾りますし、9月9日の重陽は菊の節供です。そのように四季折々の植物を愛でるというような形でも、植物は年中行事で重要な役割をしています。『源氏物語』や『枕草子』にも植物はいろいろ出てきますが、文字を読むだけではピンとこないかと思います。そこで写真で植物を紹介することは大きな意味があるだろうと思ったのです。そうした古典文学や有職故実の世界に登場する植物を「有職植物」としました。

——日本の古典の中でも植物は重要な役割を担っているのですね。

八條 “有職故実”とは根拠・前例を引いて物事を考えることです。有職と銘打つからにはその植物が「何の本に書かれているか」という典拠を示すことが重要です。ただ、当時の植物と現代の植物が100%イコールかというと、それはわかりません。やはり品種改良がありますからね。たとえば桜というと現代ではソメイヨシノですが、平安時代にはソメイヨシノという品種はありませんでした。相当するのは山桜なのですが、当時と同じかどうかというとわかりません。そこで絵巻物に描かれている植物の図をみますと、桜の葉が赤っぽい色で、本書の山桜の写真とほぼ同じですね。できるだけ絵巻などの絵画による情報も補いましたので参考にしていただければと思います。

——本書の植物名「ヤマザクラ」の上に、「観」「器」「儀」などのアイコンがありますが、これは?

八條 植物はただ鑑賞するものではなくて、さまざまな用途もあります。薬になったり、染料として使ったり、材木として工芸品になったり、儀式に用いられたりしています。私は植物たちが千年の間、日本人とどう関わってきたのかを紹介したいと思い、こういう表示を加えました。ですから古典愛好家の方だけでなく、植物愛好家の方にも役立つ本にしたいと思っています。

——なるほど、たとえば「食」のアイコンがある「サルナシ」が気になりました。

八條 サルナシは、人気の漫画『ゴールデンカムイ』にも、アイヌ語で「クッチ」という名で出てきます。キウイフルーツのような見た目と味で、甘くてたいへん美味しいものです。平安時代もご馳走として宴会に欠かせない「菓子」でした。

——もう一つ、「クサイチゴ」も人気のフルーツだったようですね。

八條 『枕草子』にもイチゴが子どもたちに好まれた描写があります。ところで鎌倉中期の説話集『古今著聞集』に、源頼朝と北条時政の興味深い「いちご連歌」が載っています。頼朝一行の狩りの際、時政がイチゴを見て
「もる山に いちごさかしくなりにけり」
と、北条氏がお守りをした頼朝が大成したことを上の句に詠むと、すかさず頼朝が、
「むばらがいかに うれしかるらん」
と、イチゴと同じようにトゲのある茨と「乳母ら」にかけて、頼朝の乳母であった比企尼らを下の句に詠んで時政をけん制するのですが、比企と北条を天秤にかけている話です。美味なるイチゴとトゲが対比されています。こうしたことへの理解を深めるために本書ではイチゴのトゲの写真も載せています。

——本書の写真はすべて八條先生が撮影されていますが、特に大変だったものはどれでしょうか?

八條 それはマクワウリとテングサですねぇ。
マクワウリは今ほとんど栽培されていないので、細々とした情報をもとに、ある地域でレンタカーを走らせていました。目にした畑で似たような野菜を見つけたので、農家の方に声をかけたところ、それはカボチャだったのですが、「マクワやったら何軒か先の〇〇さんの所や」という情報をいただき、その農家の辺りへ行ったらおばあちゃんと偶然目が合いました。なんとその家でマクワウリを作っていたのです。車道からは全然見えない場所でした。

——奇跡的にマクワウリに巡り合えてよかったです。そしてテングサはどうだったのですか?

八條 城ヶ島で撮影したのですが、普段テングサが生えているのは海の底なのです。大潮の干潮時でないとだめなのです。行ったまではいいのですが、浅瀬のテングサを撮ろうとしたら岩で滑って尾てい骨をひどく打ちました。痛む腰をかばいつつ何とか帰還したのですが、そのままいたら満潮になっておぼれてしまう場所でしたから、危ないところでした(笑)。

——危機一髪でした。そのテングサで先生はトコロテンを作って本書に掲載されました。

八條 このトコロテンは普通の寒天と比べて、色が赤っぽいでしょう。これは日にさらしていないからです。まさにテングサのままの色が見事に出ています。

——色という点では、本書の中で代表的な植物はどれでしょうか?

八條 古来の染料に「アカネ」があります。日本古来の「赤」というのは紅よりも茜系なのです。アカネはアルミニウムと反応すると濃い緋色になります。でも掘り出したときは黄色みが強いのです。今回も偶然、アルミの雪平鍋でゆがいたら、パーッと真っ赤になったのです。平安時代はアルミニウムを含んでいる椿の木灰が用いられていました。
今回撮影したアカネは、八王子の山里の道端で撮影しました。まさに雑草的に自生する野草です。

——日本の植物が古来から用いられてきた由来を知って、それを現代のくらしにも取り入れてみたいと思います。

八條 四季折々の植物に親しんで、年中行事に生かして楽しんでみてはいかがでしょうか。しかも身近な場所でかなりの種類の植物を撮影することができますし、今はカメラの性能も優れていますから、狙った構図で撮れます。植物は1年中ありますが、本書では私が考える「見頃」を季節順に挙げています。植物の観察に役立てていただいて、意外な発見を楽しんでくだされば幸いです。

——本書に登場する植物の写真はどれもきれいで、眺めているだけで楽しめます。いろいろと貴重なお話をありがとうございました。

『有職植物図鑑』

四季折々の日本古来の植物は平安時代の貴族が愛で、文学や絵巻で描写されてきた。本書は200種におよぶ植物を写真で紹介し文献資料における描写や事例を挙げて解説した決定版。
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