猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第15回は、観音正寺で幸運にも出会えた、「巡礼をする」猫ちゃんが登場。
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滋賀県の湖東、近江八幡市にある繖(きぬがさ)山。西国三十三所の第三十二番札所、観音正寺は、標高約433mというこの山の山頂近くにある。
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寺伝によれば、この寺の開創は1400年ほど前。当時仏法の興隆を目指し近江国を遍歴していた聖徳太子が、古来神々が宿ると崇められてきたこの霊山を有縁の勝地と感じ、山頂で千手観音を彫ったことに始まると伝わる。
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裏参道沿いの奥之院には、太子が巨岩の上で天人の舞う姿を見たと伝わる「天楽石」もあり、内部には太子の手彫りとされる妙見菩薩など、五躰の磨崖仏も祀られている。
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そんな磐座(いわくら)信仰も感じさせるこの聖地に、かつて何度か訪れたことがある。というのも、この寺にたびたび巡礼(?)に出る猫がいると聞いたから。
名は栗太郎。栗の季節に居つくようになったことから名付けられたというその猫は、2日出かけて1日寺で休み、ときには3、4日いなくなることもあるらしい。
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以前山の麓に住む寺の職員が、自宅の庭で栗太郎を目撃したこともあるそうで、おそらく麓と境内を足繁く巡礼しているのだろうと、みなで話しているとのことだった。
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簡単に会えないと、会いたいという想いはいっそう募る。こうしていつ戻るかわからない猫会いたさに、ときに表参道の1200段もの石段を登って、この寺に足を運ぶようになったのだ。
その日もいつものように、真っ先にご本尊にお参り。ご住職の岡村遍導さんが朝のお勤めをされていた。
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この寺のご本尊は、千手千眼観世音菩薩坐像。1993年、火災でご本堂とともに焼失した観音様に代わり、インドから特別に輸入が許されたという香木、白檀でこの仏像が造られ、2004年に開帳されたという。
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人々を救うため、そのときに一番ふさわしい33通りの姿になって顕れる観音様。この「33」という数字が西国三十三所の由縁であり、無限を表すとか。
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ご本堂を出ると、すでに顔見知りになった職員が「栗ちゃん、戻ってますよ!」と教えてくれた。胸をときめかせ、庫裡(くり)に入らせてもらうと……。
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いた!!
2日ぶりのご帰還で、少しお疲れの様子の栗ちゃんは、ご住職が毎朝座禅するという座布団を陣取り、寝起きの顔で「どちらさん?」とこちらを見る。
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まさに「栗大僧正(=僧の最高の位)」と呼ばれるだけある、肝っ玉の座り具合である。しかも、女性職員が手づくりしたというポケット付きの笈摺(おいづる=巡礼の際に着用する白い上着)まで身につけている!
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同行二人は、西国巡礼では観音様とともに巡るという意味を持つ。栗ちゃん、今回はどんな巡礼をしてきたの?
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お勤めを終え、ご住職が戻ってきた。
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すぐに着替えて栗ちゃんのそばに。
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言葉はなくとも、濃密な時間。
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自身も巡礼の経験があるというご住職。「巡礼は歩いて回る道中が大事です。距離は考える時間ですから」。
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栗ちゃんにとってこの寺は、巡礼という思索(?)の日々で唯一ほっとできる場所なのだろう。
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「観音様はあらゆるものに変化します。猫も観音様が変化した姿かもしれませんよ」。ご住職の言葉が甦る。
あれから数年。風の便りで、栗ちゃんは長い長い巡礼に旅立ったと聞いた。
今ごろ、どこを歩いているのだろう。また会いたい。
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繖山 観音正寺
滋賀県近江八幡市安土町石寺2
TEL:0748-46-2549
拝観時間 午前8時〜午後5時
拝観料 500円
(現在、聖徳太子1400年御遠忌にちなんで、ご本堂焼失前の秘仏の御前立像、千手観世音菩薩立像と脇侍の毘沙門天像が43年ぶりに御開帳。2023年3月からは、脇侍の不動明王像も加わる。2023年7月10日まで。)
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。